表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月亮の輝きを……【破鏡の世に……第二章】  作者: 刹那玻璃
進む道は楽なものではないと誰もが知っているのです。
62/84

ある少年との出会い……。

 一人の少年がいた。


 彼はじゅんと同じ年の少年である。

 循は美貌の母に良く似た顔立ちだが、浅黒く彫りの深い綺麗な顔立ちの少年である。

 姓はきょうあざなは幼い頃に父が死んだ為与えられておらず、名前はと言う。

 背丈や体格は金剛ダイヤモンドに敵わないが、それでもひょろっとした体を動かし、素早く気配を殺し滑り込んだ。


 今日の仕事は先日、五斗米教ごとべいどうの小飼のいぬである馬孟起ばもうきが、ずいぶんとくたびれていたが身元不明の一団を迎え入れていた。


 五斗米道の現在の教祖の張公祺ちょうこうきいみなが、元々馬を多く育て、騎馬部隊を操る孟起を警戒し、父を失った後信心深い母と共に、漢中かんちゅうに移り住み、こつこつと働きつつ裏で教祖の命令を遂行する任務についていた彼に、顔見知りの兵士を通じて奥に入り込み何があるか調べてこいと言われたのである。




 姜維は、はっきり言えば疲れていた。


 昼間は母は内職、自分は何とか職を得たが下っ端……その上裏の仕事……。

 母は信心深い為、そんなに収入のないと言うのに寄進し、そして何かがあると大騒ぎをして、教祖に診て貰うと多額のお金を近所に借金をしたり、姜維の隠していた何かの時のお金を見つけ出しては使い果たす。

 近所の人に何度も頭を下げ、今度返すと言って返すと、又借りていると言う……。

 はっきり言えば追い詰められていた……それよりも、生きることに疲れていた。


 気配を殺しつつ、頭をよぎるのは借金。

 そして、母の愚痴。


「旦那さまが亡くなっていなければ、このような貧乏な暮らしをせずとも良かったのに……」

「お前が生まれていなければ、実家に戻り再婚できたのに……私が何故こんなみすぼらしい姿で……」


 仕事に疲れて帰ってくれば、自分の分の食事は済ませたと、ほんの少しのおかずを示す。


「又これから、外で遊んでくるんでしょう?そこで食べておいでよ」

「……」


 遊びじゃない‼

 命を奪う事だ。


 何度喉まで出かかっただろう。

 でも、人の話を聞かない母に何を言っても意味はないと、着替えをして出ていこうとする。

 と、


「母さんに紹介する前に、子供ができたなんて承知しませんよ‼遊ぶのもいい加減にしなさい‼」


と言う言葉に、母はこういう人だった……と諦めた。




 今日は街で情報収集をしていたのだが、知人の孟起の軍の兵士が城に一泊するとお酒を飲んでいた。


 当時の城は、日本の城のように城の外に町が、その外に田畑ではない。

 一応田畑は外にあることは多いが、高い城壁に四方は覆われ、その中に町があり、奥に城主の住まいがある。

 日が上ってから城門が開かれ、日が落ちると閉ざされる。

 出入り口には兵がおり、身分証を見せないと入れないようになっている。


 で、馬孟起は多数の馬と大勢の兵士が入ると人々が驚く上に、毎日馬たちの手入れや訓練もあると敢えて外に敷地を貰い住んでいた。

 兵たちも目の前の彼のように、休みの日には街で一晩飲み明かしたり、自分達で調達したお酒を敷地で飲む。


「あれ?こんばんは。おじさん。今日はここで?」

「ん?あぁ、お前さんか、坊主」

「坊主って、良い年なんだよ。15なんだから」

「アハハ‼ウチの殿のご長子よりも、ちびだちび」


 大笑いする。

 孟起の軍の兵士は、五斗米道の血走った瞳の狂信者よりも優しくからかう。

 その為、


「酷いよ……って、長子ってしょうさま?」

「いいや、孔雀くじゃくさまは次男坊だ。金剛さまと言って、16だよ」

「金剛さま?お会いしたことないなぁ……」

「ん?あぁ、昔、危険なことがあって、奥方さまも金剛さまも殺されかかって……孟起さまは怒り狂ってあらゆる所に攻撃を仕掛けて、余りにもやり過ぎだと龐令明ほうれいめいさまが怒って、金剛さまを連れて、奥方になられた孟起さまの妹君と共に旅に出てたんだ。16になったことと、二人が仲直りして欲しいと来られたんだ」

「へぇ……」


チクリッ……胸が痛むのを堪え、それがイライラに変わる。


「良い所の……お坊っちゃんか」

「ん?それだけじゃないぞ?丁度、成都に向かいかけた劉備軍りゅうびぐんが襲われて、劉備は逃げられたが、何か参謀の……えーと……」

「『伏竜鳳雛ふくりゅうほうすう』の諸葛しょかつ参謀か?もしくは、龐参謀か?」

「あ、龐参謀は殺されたらしいんだ。で、途中で遭遇した金剛さま方が、怪我をおった兵士たちを治す為に連れてきたんだ。なぁ?兄さん」


 振り返ったのは、細身でのんきそうな顔をしたからっとした性格の青年。


「あぁうん、そうなんだよ。私は医者の真似をすると言うか、嫁が薬草を育ててるから手伝っていたんだけど……残念だね。戦いは……弱者を苦しめることしか出来ないんだね。幸福を探して導いてくれる者はいない」

「おいっ、兄さん‼ここで言うなよ⁉」

「酒の上での冗談だよ。ね?君も内緒だよ?」


 端正な青年ではないのだが、仕草が洗練されている上に、パチッと片目をつぶる姿はどことなく色気があふれる。


「は、はい‼」

「それに、こっちこっち。お酒よりも美味しいもの食べちゃいな。おかみさん‼よろしくー!孟起将軍につけちゃって‼」

「えぇぇ‼」

「良いんだよ良いんだよ。よーっしゃ‼君の名前は?」


 きんと名乗った彼は、色々と事情があり旅を続けたらしく、


「貧乏旅行と言うか、あちこち行ってたけど、ここには来たことなかったよ」

「そうなんですか?じゃぁ、許都きょととか……」

「言ったことはあるけど、良く行っているのは、江東かな?義理の姉の実家が商家で、色々とね」

「江東ですか……海……見たことないなぁ……」


ぼそっ……と呟く。


「私は天水郡冀県てんすいぐんきけん出身だから……」

「へぇ……。ここから北だね。私は、アハハー!ここより東だよ。徐州じょしゅうの辺りだからね」

「徐州?えっと、そう言えば『伏竜』殿も……」

「あぁ、孔明こうめいどのね。そうそう。同じ州生まれ。35才だったかな?私は4才下だよ」


 青年は、食事を姜維に押し出す。


「ちゃんと食べな。顔色悪いよ。目の下にもくまがある」

「いえ、お金を……」

「さっき言ったじゃん。将軍におごらせるって。ほら、ちゃんと食べな」


 多少躊躇うが良い匂いに、とうとう頬張るように食べ始めた。

 甘辛いたれのついた肉や、野菜の炒め物など、勧められるまま食べていくと、その食欲に周囲はビックリする。


「良く食べるねぇ……うんうん、美味しそうに食べるのは良いよ」

「いえ、美味しいです‼すみません‼お腹すきすぎてて……」

「食べれないの?仕事はしてるでしょ?」


 姜維は振り返り、苦笑する。


「幼い頃に父が戦死しました。母に育てられましたが信仰にのめり込んでしまって……母は内職のお金だけではなく私が何かあった時の為に隠しておいたお金や、近所にお金を借りてまで……つぎ込むんです。食事も事欠いて……母の残り物の食事じゃお腹が空いて……実はここに来るようになったのも、おじさんたちが食べさせてくれるので……」

「それは、大変だね……」

「い、いえ……育ててくれたので……」


 諦めともつかぬ呟きを漏らす。

 何度言っても、持ち出していくのを止めようとしても、叫び怒鳴り散らし、


「お前を生むんじゃなかった‼親の言うことを聞かない、母がこれ程言っているのに‼」


と暴れるのを止めるのも、それ以上の罵詈雑言を聞くことはできなかった。


「……まぁ、ちゃーんとお食べ。今日位は、お兄さんがお父さんがわりに、愚痴でも聞いてあげるよ」


 最近余り眠れなかったこともあり、均の言葉にもりもりと食べて、そして、お酒ではなく果物を絞った飲み物を貰い、ごくごくと飲み干した姜維は、そのまますやすやと寝入ってしまった。


 店の店主に布を借りて、背中にかけると、


「この子、誰?」

「姜維だよ。15才。賢いし働き者の子なんだが、お袋さんがなぁ……」


 店主が首を竦める。


「本当に子供を何だと思ってるんだか。まぁ……わしらは、この城壁に守られるからここに逃げ込んだが、姜維の母は熱心な……」

「狂信的な信者ってことかな……でも、子供を不幸にするなんて……駄目だね」


 よしよしと頭を撫でた。




 翌朝目を覚めると均はおらず、店主が、


「おい、坊主。あの兄ちゃんがこれだって」

「え?」


咄嗟に手を差し出すと、数枚の銭。


「えっ?」

「隠して持ってな、だって。何かある時に必要だろ?ほら、仕事に行きな」

「は、はい‼ありがとう‼」


 懐に大切そうに納め、思い出したように振り返る。


「おじさんに支払わないと……いつもいつも……」

「良いんだよ。今度貰うさ。いっといで」

「ありがとうございます‼」


 頭を下げて姜維は走っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ