滄珠ちゃんもお父さんと喬ちゃんと同じ星見でした。
滄珠は、テコテコと母親の琉璃の後ろを着いて歩く。
琉璃は表向きは武将だが、ほっそりとした華奢で優しげな女性である。
その立ち居振舞いは優雅で、それでいて少しだけ表情は哀しげである。
憂いを帯びたその美貌は、『白牡丹の将軍』とも呼ばれている。
その美しさは、伯父様の公祐の奥方である木蘭と並ぶと呼ばれている。
木蘭は、『白木蓮の君』と呼ばれているらしい。
琉璃は、じっと自分を見つめてニコニコしている娘に、フワッと花がほころぶように笑う。
「どうしたの? 滄珠ちゃん?」
「おかあしゃま、綺麗だなぁって思ったのでしゅ。しょうしゅもおかあしゃまみたいになれましゅか?」
「あら……」
クスクスと笑った琉璃は、
「滄珠ちゃんは、お母さんよりもきっともっと綺麗になるわよ? これは本当」
「でも、おとうしゃまは『琉璃は一番です!』って」
「あらあら」
プッと吹き出した琉璃は、滄珠の頭を撫でる。
琉璃と同じふわふわとした金色の髪になるかと思いきや、夫と同じまっすぐな髪に育った。
色は琉璃と同じ金色で、瞳も同じ。
顔立ちは暗い表情の自分よりも明るく、辛い状況に置かれていると言うのに、元気で笑顔が愛らしい。
一度、益徳は、
「う~ん……麗月姉貴はどっちかと言えば琉璃に似ているし、滄珠のその明るい所は、孔明の姉上方に似たんだろう。あのおっかねぇって言うよりも、本当にあの姉にして孔明ありだもんな。昔の孔明は、もしかしたら滄珠に似ていたんだろう」
と言っていた。
義弟になる均も、
「うーん……僕はあんまり覚えてないけど、母上が兄様を庇って、珠樹が生まれてから父上と棟を別にしてね、僕たち兄弟と母上が一緒に住んでたんだけど、その頃はものすごく快活と言うか、兄上や姉上たちに振り回されて、母上が3人に説教して、ぐったりする兄様の手を引いて、四阿に連れていってたよ。僕たちがいる横で並んで座ってね。お菓子を寄せていた母上に頬を真っ赤にして『僕、僕は……母上大好きです……僕のこと嫌いですか?』って聞いたら、もう母上が『自分の子供を愛さない親がいますか! 貴方は私の息子ですよ! 嫌いなんて言わないで頂戴! 良いわね?』って言いながらぎゅっと抱きしめてたよ。その時の笑顔が物凄く滄珠にそっくり。琉璃は美人だけど、滄珠は兄様にも似てるから可愛いね」
と笑っていた。
そうか、孔明は自分に似て欲しくないと言っていたが、二人に似ているのか……。
そう、凄く嬉しかったのを覚えている。
そして下の娘は、夫が嘆く程、
「孔明に似てるな」
「あぁ、あの眉といい、切れ長の目といい、喬よりも凛々しい!」
と、士元や益徳に言われるように、滄珠の美少女顔とは違い、キリッとした顔である。
しかし、顔立ちは整っていて、そして笑顔が可愛い娘である。
名前の桃花は、兄である5人の息子が決めた。
『神聖な聖木である桃の木、その花は優しい色で、春を呼ぶ。
悲しく冷たい冬を乗り越えて、皆で頑張ろう』
とそう決めたのだとか。
その優しい息子たちがいてくれるだけでも励まされたが、夫には感謝と、そしてそれ以上の愛情を持ち続けられる自分が嬉しい。
孔明は、琉璃がどれ程自分を愛しているのか解らない。
孔明は、自分は愛情をあちらこちらに振り撒くのだが、返されることに慣れていない……いや、あれ程愛されているのに、どうして分からないのだろう? と不思議に思うこともある。
そういう琉璃も、孔明の深すぎる愛を受け止めるのに抵抗はない。
逆に嬉しい……。
こういう所が似た者夫婦なのだが、それが分からないのだろう。
クスッと笑った母に、
「おかあしゃま? どうしまちたか?」
首をかしげる娘に、微笑む。
「……あのね? 滄珠位の頃に……もう少し大きい頃かしら? お母様は、お父様に助けられたのよ? お父様は、お母様の命の恩人であり、一番一番大切な人なの」
「しょうしゅ位のお年でしゅか? おとうしゃまはしゅごいでしゅ! やっぱり、おとうしゃまはかっこいいでしゅ!」
「そうね! お父様はかっこいいの。滄珠にとって苞君みたいな存在かしら?」
顔を覗き込むと、滄珠は珍しく頬を膨らませる。
「苞おにいしゃまはしりましぇん! いちゅも、しょうしゅをあかちゃんっていうでしゅ!」
「あらあら、そうなの?」
「しょうなのれしゅ。しょうしゅだってもうしゅぐ8しゃいでしゅ。おねえしゃんでしゅ!」
『8才』その言葉に、切ない思いが溢れてくるのはどうしてだろう……。
琉璃は顔を背けるが、伝う涙は一滴二滴と娘に降り注いだ。
「おかあしゃま……? 悲しいのでしゅか? おかあしゃま……しょうしゅ……」
「違うのよ」
泣きそうになった娘を抱き締め、囁く。
「お母様は……滄珠を愛しているわ。それだけは信じてね? お母様が泣いているのは……滄珠をお兄ちゃんたちと一緒に過ごすことが出来なかった……お母様の傍でお父様と笑って、笑っていて欲しかったの。お母様の……」
ハラハラと牡丹から降り注ぐ夜露のように、肩を震わせる母親を、背後からそっと抱き寄せるのは父孔明。
「どうしたの? お父様の大事なお姫様たちが悲しい顔をすると、お父様も悲しいよ」
「おとーしゃま……ごめんなしゃい……しょうしゅ……」
「違うのよ。滄珠が悪くないの。お母様は、滄珠と一緒にいられなかった事が悲しいだけ……今はここにいてくれて嬉しいの……」
よしよしと琉璃をなだめるように頭をなで、そして滄珠に、
「滄珠? お空を見よう」
「おしょら?」
父に抱き上げられた滄珠は、ぶわっと総毛立つ。
いや、父から流れ込む……それとも眠っていた能力が父に抱かれることで開化したのだ。
空が……変化して見える。
空から星の言葉が次々飛び込んでくる。
そして……。
「おとうしゃま……士元おじしゃまが危ないでしゅ……」
「えっ!」
空を見ると、星の位置が変化している。
「こ、これは!! 駄目だ!! 士元が!! 危険だ!! 何とかして!!」
焦る孔明に滄珠が、
「おとうしゃま。しょうしゅが囲碁を教えてくらしゃいといってききましぇん、なのれ、戻ってきてくらしゃいとお願いしてくらしゃい!! 早くでしゅ!!」
「わ、分かった!! ありがとう!! 滄珠の方がすぐに冷静になるなんて……お父様も駄目だね……」
「大丈夫れしゅよ。おとうしゃまはしょうしゅの一番かっこいい、だいしゅきなおとうしゃまでしゅ!!」
その言葉に微笑んだ孔明は、琉璃に、
「滄珠を頼むね!! 琉璃。いいかい? 二人とも、関平どのが来ないうちに、裏から一旦公祐どののお屋敷に行きなさい。良いね?」
「は、はい!! 旦那様。お気を付けて!!」
「琉璃も滄珠も、大丈夫。士元が何かあるわけがない。安心しなさい。行ってくるよ」
滄珠をおろし、全速力で厩に向かう孔明を、二人は祈るように見つめていた。