おかえりなさい……
均が一応礼儀正しく頭を下げ入っていった屋敷の中で、あれこれと指示をしていた女性が振り返る。
「あら、均どのね?お帰りなさい」
「あれぇ?お母さん。殿はやめて下さいよ~‼呼び捨てでいいですって」
手を振る均。
「お久しぶりです。珊瑚母上。それと、ただいま帰りました……とお伝えしたいのですが、怪我人が多く……」
「大丈夫よ。ある程度なら対応できるわ」
微笑む美貌の女性は、後ろから現れた大柄な男に支えられ現れた孔明に驚く。
「孔明?孔明⁉」
「あ、珊瑚さま……お久しぶりです」
「何があったの?」
「いえ、旅は元気なつもりだったのですが、到着したと思った途端……」
「申し訳ございませぬ。私は参謀の側近、趙子龍と申します。孔明参謀が、体調を崩されて……」
「それは大変だわ。こちらに」
珊瑚は案内する。
「孔明どのは……」
「私の姪の夫なのよ。妹の娘が、雲母と琉璃なのですわ」
微笑む。
「一番下の妹は、曹子脩殿の妻になっているわ。私は閻珊瑚と申します」
「申し訳ございませぬ。あの『紅の女神』閻珊瑚さまとは……失礼を」
「あら、夫を捨てた鬼妻と言われているからかしら……」
頬に手を当てる美女に、子龍は、
「いえ、暁の女神。地域に光を招く美貌の女人と、お伺いしております」
「まぁ……孫もいる私に、大袈裟ですわ」
「いえ、本当に……」
趙子龍は、珊瑚が苦笑する意味を知っている。
4年前に夫と息子二人が、曹孟徳に反逆し命を奪われた。
夫と息子と共に許都に向かわず、長男と共に涼州に残っていたが、哀しむことはなかった。
噂によるとすでに夫婦の関係は悪くなっており、長男とも仲が悪くなっていた。
歩くと、
「こちらですわ。孔明?休んでいなさい。良いわね?しばらくして医師を連れてくるわ」
「すみません」
「では、私は……」
優雅に戻っていこうとする珊瑚に、孔明は子龍に、
「今日はきちんと大人しくしていますので、兵達のことを。それと、珊瑚さまと……よろしくお願い致します」
「解りました。では」
二人を見送り、珍しく孔明は、
「本当に……一日だけでいいから、少し休ませて貰おう……ごめんなさい、皆」
牀に横になった孔明は、呟きつつ目を閉じたのだった。
そのすぐ近くに、士元も休んでおり、
「令明」
「義母上。お久しぶりにございます‼」
「こちらは……」
「龐士元……いえ、『鳳雛』です」
横になっている青年は、
「申し訳ありません。私は……」
「お休みなさい。……鳳雛……の立場も、伺っているわ。貴方の事も、私たちに任せて頂戴。まずはお休みなさい……孔明は眠ったようよ」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します。それと……私には妻と子供たちが……私は構いませんが家族を……」
不安げな声色に、
「大丈夫よ。安心して頂戴」
「ありがとうございます……しばらく、よろしくお願い致します」
士元も横たわる。
「令明?よろしくね?」
「はい。解っております」
珊瑚は子龍と共に、兵舎に向かうと、
「皆様。ようこそ、お帰りなさい」
傷の手当てや、分配された食料、空いている兵舎に別れて休む為に全体で動いていた兵士は、美貌の珊瑚に頭を下げる。
「も、申し訳ございませぬ‼奥方様」
「突然、押し掛けてしまい……」
「本当に……」
ボロボロの武具、衣、汚れ疲労しきった顔……。
珊瑚は、近くの兵士に手を差し出し、
「何を言っているの。ようこそ。待っていましたよ。無事で良かった。すぐに食事を届けますからね。本当に辛いとか傷がと、遠慮は要りませんからね?すぐに伝えて頂戴ね?頑張られて……良かったわ」
「お、奥方様……‼」
「有難い……本当に、ありがとうございます」
涙を流すもの、隣同士で肩を叩く者。
「安心なさい。私たちは同士、家族です。共に参りましょう‼」
珊瑚の一言に、趙子龍もホッとしたのだった。
ここは一時ではあるものの、楽園……休息の地であるのだと……。




