息子たちの成長を嬉しく、そして寂しく思う孔明さんです。
「嬢よ! おるかの~?」
庭から現れた、白髪に艶やかな髭の渋いおじさま……お祖父様と言ってはいけない……に、孔明が、
「こんにちは、漢升さま。ようこそ」
と挨拶をする。
黄漢升(諱は忠)は先年の戦いにおいて軍に入ったのだが、好好爺とした印象とは異なり、猛将の部類に入る。
関雲長との戦いにおいても強弓を扱い、甲の紐を切った判断力に即した実力の持ち主である。
「おぉ! 孔明どのもおられたか。うんうん、元気そうで何より。それよりも、嬢よ!」
と抱き上げたのは、琉璃の腕の中の桃花である。
「おぉおぉ……この可愛い笑顔は、滄珠さまと良く似ておられる。可愛いのぉ……」
きゃっきゃっとはしゃぐ桃花に、漢升は寂しげに、
「ワシの所は……ばあさんと二人きりじゃ。息子の叙はもうおらんし……嫁も、わしらの面倒を見て貰うのも申し訳ない程、出来た嫁じゃったゆえに……」
「漢升さま」
上司の前に立った金剛は、示す。
「漢升さま。この二人を養子に迎えては、如何ですか?」
「はぁ? ちょ、ちょっと待て! 金剛!」
索の言葉に、
「何でさ。どうせ、あの髭じゃない髯親父の策略で出仕させて貰えないんだろう? お前の力は本当にもっともっと強くなれる。俺たちの足りない部分を補えるはずだ! なのに、いまだに益徳叔父さんの家の力仕事なんて、勿体無いだろう!」
「でも……だが……」
躊躇う索に、近づいた漢升は自分と余り変わらない背丈の少年に、ひげを撫でながら、
「のう、索じゃったの? お前は何をしたい?」
「……統にあれだけ約束したのに、軽はずみな行動をしてしまって……だから、赦しと……そして、世界をめちゃくちゃにしようとしてる……殿と、父親とも思っていないけど、気位の高いおっさんを止めたいです!」
「僕、許すも許さないも、もう気にしてないし」
統はあっさり告げる。
「再会した後の索兄さんの努力。ずっと応援してたんだよ。突拍子もないことはするし、そそっかしいし、金剛お兄ちゃんと喬お兄ちゃんと広を足して一人分にした感じ?」
「ガーン!……統は、僕のことそんな風に思ってたんだ!」
ショックを受ける喬に、統はにっこり笑って、
「でも、お兄ちゃんは優しいし、努力家で賢いところが大好きだよ。僕」
「統……僕も大好きだよ!」
一番父親譲りの兄のギュッと抱き締め攻撃に、統は索を見る。
「索兄さん。前に進もうよ。16だよ? 自分で何が出来るか考えても分からないなら、僕たちに相談してよ。僕たちは兄弟で仲間だよ! 違う?」
「……か、漢升さま!」
索は、丁寧な拝礼をする。
野性児に近かった少年の立ち居振舞いについて徹底的に叩き込んだのは、子仲と、公祐である。
「お、私は、このまま年下の統や喬、循、金剛が出仕をして、腕を磨いているのに、このまま、あの親父とも呼びたくない男のせいで、興と二人くすぶり続けるのは嫌です!」
叫ぶように訴える。
「俺は、滄珠に謝っても許して貰えないようなことをして、このまま生きるのは嫌なんです! 俺の手で、必要のないしがらみを絶ちきって、滄珠に幸せになってほしい! そして、孔明兄さんたちに……笑顔が続いてほしい! 益徳叔父さんの家では本当にお世話になっているけれど、それでも興に幸せになってほしい! お願い致します! 俺は構いません! 興だけでも、お願い致します!」
「う~ん……」
髭を撫でながら、考え込んだ漢升は、
「つまらん!」
「はぁ?」
とっさに聞き返す。
「だからつまらんのだ! お前は、自分の事はどうでも良いと言ったな?」
「は、はい!」
返事をした少年に近づいた漢升は、手を振り上げ平手打ちをする。
「馬鹿もんが!」
怒号に索は頬を押さえるより、目を見開き見つめる。
漢升は、ぎっとした眼差しで睨み付ける。
「自分よりも他人を頼む? 小僧どころかひよっこが大言を吐くな! この大馬鹿もんが! お前は、そこまで自分の実力を大袈裟にみとるのか? 何処をどうみても、お前は一般兵よりも下じゃ! そんな役立たずがほざくな!」
「っ……!」
「このガキを一から叩き直す! 益徳どの。貰い受ける!」
襟首を捕まれ引きずられながら、
「あのっ! 興は?」
「着いてこい! お前たちは今日より、ワシの馬鹿息子じゃ! 徹底的に鍛え直してやろう!」
「じゃぁ、益徳おじさん、皆。僕はお兄ちゃんと行ってきます!」
漢升に引きずられていく兄を追って、興は出ていった。
「……漢升さま強いね。お歳、お幾つだっけ?」
循の一言に孔明は、
「人の……上司の年齢よりも、金剛は苦手な武器の稽古は? 循も武術の訓練は怠らないように。喬は転んだら大怪我になるからやめようね。統は参謀に寄りかかっていることがある。もう少し自分の判断力を信じなさい。広はもっと勉強をしなさい。どうするの」
父親の忠告は、第二次成長期に入りつつある息子たちには鬱陶しいらしい。
「はい! 何とか頑張りますね!」
「何とかじゃなく、頑張りなさい」
息子たちにも信念が生まれ始めている。
その成長を嬉しく、そして寂しいと思う孔明であった。