季常さんは混乱しています。ついでに方向音痴です。しかし‼
所で、亮花……名前は知らない……親子にお金を突っ返されたものの、突っ返してきた存在に季常は混乱していた。
「あの子、誰?えっと、姉上に似てた‼姉上の子?いや、えーっと……索の弟の興よりも大きくて、敬兄の広位?姉上、結婚してたけど、仲悪かった頃で……」
うんうんと考え込む。
完全に長考に入っている季常だが、7年の間に努力の末、二頭の馬を扱えるようになっていた。
荷物用と自分の騎乗用である。
しかし、季常が扱えるのは穏和でのんびりとしている馬であり、考え込む主を尻目に勝手に道を逸れ、季常のお腹がなった頃には、完全にどこにいるのか解らなくなっていた。
こういう場合旅慣れた孔明達ならば、方角を確認して時間帯を考え動く、もしくは待機しているべきなのだが、季常ははっきり言って旅慣れておらず、道案内とも別れていた為、それからは日々、迷路のような土地の移動を繰り返すようになっていった。
「うー‼何で、ここはどこ?私は一応、荊州南部に一旦戻って、それから姉上に~‼何で~‼この地図、間違ってるよ~‼絶対‼」
普段は周囲にフーフーと毛を逆立てる子犬だが、実際の所、お子様オヤジの為、地図に八つ当たりをする。
もう一つ失策なのは、季常の持っている地図が曖昧なことと、上下反対に見ているのを本人が気づいていないことである。
「もう、もうやだ……何なの?この険しい崖に沿うように道が続いて……しかも、霧雨‼何で~‼」
「どこの者がキャンキャンと‼犬か‼」
怒声に季常は振り返る。
もう、かなりの日数人と行き交っていない……それほどの方向音痴でよく、参謀をやれたものである……久しぶりの人の声に、
「あの、ここ、どこですか?」
と聞いてしまった季常に、
「お主は何者だ‼」
「あ、はい‼一応、えーとえーと、荊州出身の馬季常と申します。ここはどこでしょう?」
「……暫し待たれよ」
そのまま、大人しく待っていると、
「おりゃぁぁ‼このアホ男‼仕事ほっぽりだして、とんずらかぁぁ‼ここ、どこだと思ってんの‼」
と、怒鳴りながら姿を見せたのは均である。
「えっ?均がいるなら、荊州……じゃないの?」
「はぁ?ここは、荊州から益州方向に向かってる道だよ?季常、どこにいっていると思ったの?」
均に問い返され、首を捻りながら、
「えっと、有る所に行って、そこから帰ろうとしたら、その日のうちに方向が解らなくなって、家もないし、街にもたどり着けないしどうしよう……と思って」
「普通、道に迷ったら一時その場に待機、そして、日の位置で解るよ?それとか、切られた樹の切り株を見て、年輪が狭まっているのが北‼」
「だって、この地図を見ながら……」
差し出した地図を見て、
「これ、どの方向に見てたの?」
「え?こっちが下」
「ど阿呆~‼逆だよ逆‼どんだけ、旅行初心者なの‼お金とか取られなかった?」
「だから、誰も会わなかったんだって……」
情けない顔をする季常に、均も情けない顔になる。
どれだけ金持ちのボンボンのままでいるのか……。
「何してるの?そのままじゃ、どうしようもない。おいで」
孔明の声に、均が一頭を引き連れていく。
そこには、孔明と息子の金剛、季常の知らない男と令明、そして姉の家族がいた。
「あ、あああ、姉上‼わーん‼いたぁぁ‼」
「子供みたいに泣くんじゃない‼全く情けない‼幾つだ‼」
「えっと……31?」
「数えるな‼と言うか、違ってるだろ‼」
均が殴る。
ちなみに、季常は正史上生まれた年の記載はなく、亡くなった年が223年である。
「だって、許都を出てからずっと道に迷ってて誰にも会わないし、生き物にも出会わなかったし、街もなくて……適度に河とか泉とか……で、そのままここまで来たんです‼」
「……誰にも、何にも会わなかったの?」
均の問いかけに、うんうんと頷く。
周囲は思った……この、季常の底知れぬ強運を何処かで生かせる筈なのに、全く生かしきれていない不運……。
「あ、一日目だけは考え事をしてて、そうしたら場所がわからなくなっちゃって……案内人雇わずに一人でと思って、これだけ頼りに‼」
「逆じゃん‼上下逆‼」
「だって、知らなかったし……」
「何で、一人で?季常なら道案内に護衛はいるだろう?」
孔明の問いかけに、
「あの……全財産実家に返したんです。で一応、仲常兄上に貸して頂いたお金で移動してます。それと劉備軍には帰らないつもりです」
「はぁ‼お前が、兄様と士元兄さんを劉備軍に入れたんだろうがぁぁ‼」
均がグイグイと首を絞める。
「ちょっと待って‼絶対帰らないんじゃなくて、きちんとしてから帰りたいの‼くるじい……」
「おい、均。説明させてやれよ」
士元の声に振り返った季常は、愕然とする。
目を包帯で覆い隠した義兄……。
「そ、それは……士元兄さん?」
「ん?益州に向かう途中でな?髭親父に斬られて遅れている兵と置き去りだ。片方の目は完全にやられて、片方の目はまだ夜から慣らしてる所だ」
「……ご、ごめんなさい……ご、ごめんなさい‼私の、私の甘さで、弱さで……」
頭を下げる。
周囲は唖然とする。
「あーえー……お前、大丈夫か?」
「じ、自分が情けなくて……それに索と約束をして……努力しようと。実家に迷惑をかけたことを謝って聞いて回って、麗朱のいる所を探して謝りに行って、そして士元兄さんや姉上、敬兄達に……謝っても許して貰えないことは解っているけれど、それでも、踏ん切りがついたら参謀として、皆の死なない戦いをって……そうすれば思い残すことはないと……」
鼻をすすりつつ、必死に告げる。
「私が巻き込んだ人に謝るだけでは駄目だって解っていても……それでも、伝えなければって……」
「で、許都で会えたのか?」
球琳の問いかけに、顔をあげて、
「あ、姉上‼浮気とかしてませんよね‼」
その一言に、球琳の拳が弟のみぞおちにめり込む。
「グハァァ……あ、あでうえ……いだい‼」
「当然痛いようにしている‼私が、何をしたと?士元ならまだしも‼」
「あーうー、それは、聞くな」
士元は顔を背ける。
「後で、キッチリ問い詰める……が、どう言うことだ?」
「あの……じゃぁ姉上が男説も消えて……」
ゴッ‼
凄まじい音に、孔明と均と金剛は3人の子供たちの目を覆う。
「誰が男だ‼本当に、絞めてくれる‼」
「待ってぇぇ‼姉上‼じゃぁ、じゃぁ、麗朱の所にいた子供って誰の子供ですか‼姉上に似てたし、麗朱にも似てました‼」
「はぁ?お前の子供だろう?」
「へっ?」
ピタリと動かなくなる。
それを見て、趙子龍は、
「彼は、本当に『白眉』なのか?」
と、令明に問いかける。
令明も、
「一応。参謀の一人ですよ」
「……かなり、年齢のわりには抜けている気がするが……」
「……それは否定しません」
と痛烈に返す。
その間に我に返った青年は、
「えっ?えっ?私の子供?似てませんでしたよ‼姉上に似てました‼男の子で亮って呼ばれてました‼」
「違う‼女の子だ‼亮花とつけたと麗朱は手紙を送ってくれた‼『季常さまに似て、とても顔が整っていて、可愛らしいと言われます。何かあったらいけないので男の子の格好をさせてます』って書いてあったぞ」
「お、女の子……って、駄目だ‼麗朱とその娘に何かあったら‼わーん‼戻って、もう一回頭下げて戻ってきてってお願いに行ってきます‼」
飛び出そうとした季常を、球琳は捕まえる。
「お前の方向音痴で行き着けるか‼馬鹿者‼それよりも、お前は秘密を知ったんだ、こっちについて来て貰う」
「な、ななな、何でぇぇ!娘‼それに麗朱に戻ってきて貰わないと‼」
「こら‼季常。ここがどこか解らない人間が、元の場所に戻れると思わないように」
「ですが、敬兄‼だ、だだだ、大嫌いって、大嫌いって、わーん‼娘に嫌われた~‼そりゃ、そりゃ……最低の父親ですけど、嫁に離縁状に、実家に返して、実家からも追い出された嫁は、姉上を通じて許都にいて……女手一つで娘を育ててて……最低な父親ですけど、実家に嫁をおいておいたら、絶対に母上にいびられて苦しむと思って……でも、嫁の性格ならそれでも必死に……何でぇぇ……やっぱり、私が私の中途半端な所が駄目なんだ……私は努力が足りなかった。もっと、敬兄のように優しくて強くて、賢くて……羨ましくて……妬ましくて……自分のこの感情が嫌で……誰も、本当は傷つけたくなかったのに……‼」
ワァァァ……‼
泣きじゃくる季常に、孔明が声をかけようとするが、均が止め首を振る。
「泣いた所で、お主の起こした火種は、一つ一つ、炎をあげ始めておる‼それを、必死に皆が消していこうとしておる‼」
低い男の声に、季常は顔をあげる。
「お前は泣き続け逃げ続けるか?その情けない姿を娘に見せるのか?それとも、孔明殿や士元殿、荊州に残る人々と共に、逃げずに炎を消す術を、足で踏み消すなり、水をかけるなり、他にも炎をあげる寸前で、止めることも出来よう‼そなたはどれを選ぶ‼言ってみよ‼」
責めるのではなく選ばせるその強い声に、鼻をすすり涙をぬぐうと季常は叫ぶ。
「わ、私は弱い‼一人では何も出来ない馬鹿な子供だ‼でも、知識の量は負けない‼叩き込んだだけの知恵は、敬兄のようにすぐに実践に移せない。でも、実践を行う将軍に幾つもの提案をして、今までのような情けない姿ではなく、参謀として火種を移る前に取り上げてみせる‼」
「それならやってみられよ。泣いても笑っても、今はまさしく火急の時。やって貰わねば困る‼歴戦の武将である私、趙子龍を唸らせる策を講じてみられるが良い‼無様な策は笑ってやろう」
季常は目を見開く。
そして、にぃっと笑う。
「あぁ、趙子龍殿や令明殿が驚くような策略を、作り上げてみせる‼見ているが良い‼」
馬季常は甘えを捨て、戦い抜く宣言をしたのだった。




