漢字がないです!!蒋琬さんの字に、費イさんの『い』がないです!!
喬は、妹を抱き締めたまま座り、微笑む。
「滄珠? じゃぁ、循お兄ちゃんに黒い石を渡そうね?」
「あい! じゅんおにーしゃま」
「あ、ありがとう」
座る前に手を伸ばし、青ざめた顔のまま腰を下ろす。
そして、叔父の均が綺麗に精製している紙を持ち、統が間に座る。
当時、囲碁の本などもあり、自分達の盤上遊戯を神聖なものとして、譜面に残すことがあった。
孫伯符(諱は策)が打ったと言う譜面が残っているが、これが彼が打ったかは怪しいとされている。
しかし、曹孟徳(諱は操)は、有名な囲碁の名手であったと言う。
「じゃぁ、お兄ちゃん。僕が、滄珠の代わりに一目置かせて貰うよ」
「良いよ」
表向きは焦っている様子もないが、統には解る。
循は警戒しているのだ、喬の一目を。
喬は、細い指でスッと白い石を滄珠に見せて、
「滄珠? 今日お兄ちゃんは、お父さんの囲碁の動かし方を教えるからね? 覚えて帰ろうね?」
「あ、あい!」
「偉いね。さぁ、まずはここからだよ?」
そっと置いた石を示し、
「滄珠? この囲碁は占いを兼ねているし、戦術も考えられるよ。いいかい? この盤を宇宙と言う。そして、石は天と地を示し、白と黒は陰と陽を示す。この盤上で行われるのは戦いだよ」
「戦い……? おおけがしましゅか?」
「違うよ」
黒い石を置いた循は微笑む。
「盤上で戦うのは知略。自分達が学んできた学問や技術、能力を最大限に用いるんだ。死者が出る訳ではないよ。それどころか、考えてご覧? お兄ちゃんは滄珠のことが大好きなのに、滄珠を泣かせたりしないよ?」
「その代わり、月季お姉ちゃんは泣かせてるけどね?」
「喬! 言うなよ!」
頬を膨らませる兄をみつつ、
「滄珠? この石をどこに置く? 置いてごらん?」
「あ、あい!……んーっと、えっと……ここでしゅ!」
妹が置いた場所に、3人の年子の兄たちは驚き顔を見合わせる。
その配置は、父、孔明の戦略を練る際に置く場所である。
統は問いかける。
「滄珠? そこでいいの?」
「んと、んと……見えるでしゅ」
「見える?」
「あい」
滄珠は、立ち上がり循の石と、自分の石を次々動かし始める。
組み上がっていく策略に喬は目を瞠り、循は寒気を覚える。
まだ幼い妹が作り上げていく宇宙に、その完成度に統は感動をする。
「……んと、おかしいでしゅが、ここまでは考えたでしゅ……でも、この後は、ダメでしゅ……向こうのおとうしゃまが怖い顔をしてぐーでバーンって……何時も。その時に、公祐おじしゃまたちがいたらかばってくれるのでしゅ」
「何だって?」
「滄珠に!」
3人は顔色を変え、互いを見つめ、頷く。
滄珠の前では言えないが、心の中では諸葛家の家訓を呟く。
『お礼は二倍、恨みは百倍返し!』
喬はよしよしと、半泣きの妹を撫でて、
「じゃぁ、滄珠? お兄ちゃんたちがこの続きをするからね? 見てて?」
「あぁ、劣勢はかわりないか……でも、これをひっくり返したら、本当に天地逆転だね」
「循お兄ちゃん。芸術的な滄珠の作品を潰さないで下さいね」
統は突っ込み、兄弟は戦いを繰り広げる。
余裕を見せているのは循。
一手一手が早い。
しかし、喬は長考だが、かなり優勢らしい。
そして、兄の置いた一手に、喬は、
「お兄ちゃん負け! 滄珠の勝ち!」
と言いながら石を置いた。
「あぁぁ! やっぱり! どこに置いても返せないんだ。その上に次の一手に巻き込まれて追い詰められる。本当に喬と滄珠が組むと最強だよ!」
「でも、循お兄ちゃん。一度だけ本当は勝つ機会あったんだよ?」
「な、何? どこで? 統」
弟の指摘に、
「滄珠が一回だけ『あっ!』って小さく声をあげたでしょ? ここ」
統が示す。
「ここがこうなっていた時に、こっちを指せばこう変わって、喬お兄ちゃんが劣勢になりかかったんだよ」
「……ガーン! こんな簡単なところを失敗するなんて……」
「……おやおや、循もお間抜けだね」
その声に、循は顔をあげる。
「父上! 来られてたんですか?」
「えぇ、様子を見てましたよ」
「うそこけ! 余りのお間抜けぶりが面白いと、声と気配を殺して笑ってただろうが」
公祐のやっていたことを暴露した憲和に、孔明に疲れをとる薬湯を受け取った子仲は一口飲み、
「ここに来ると本当にホッとする。ありがとう。孔明どの。薬湯は良いね」
「これは、金剛が広と薬草を取りに行った特別なものです。子仲どのには何時もお世話になっているからと、探したんですよ」
「そうなのか! ありがとう、二人とも。そして、多分そういう情報を公祐に聞いた循と、効能を調べてくれた喬に統もありがとう。本当に嬉しいよ。滄珠のお兄ちゃんたちは本当に優しい良い子だね。自慢のお兄ちゃんだね?」
子仲の言葉に、滄珠は嬉しそうに頬を赤くして、
「あい、しょうしゅは、おとうしゃまにおかあしゃま、おにいしゃまたちと桃花ちゃんがだいしゅきでしゅ! それに、子仲おじしゃまに公祐おじしゃま、憲和おじしゃまもだいしゅきでしゅ!」
「おぉ? おじちゃんもか?」
憲和に滄珠は頷く。
「しょうしゅは、みんなみんなだいしゅきでしゅ!……で、でも、おじしゃまたちがこられたのは……」
「違いますよ? 今日は、殿が髭親父と酒飲みをしてましたからね。ぐでんぐでんに酔わせて、こちらの言うことを了承して貰いましたよ」
「公祐は、余りあのやり方は……」
言いかけた子仲に、公祐と憲和は、
「滄珠は可愛い孫同然! と言ったのはどなたでしたっけ?」
「それに、お前知ってるぞ? 一回、あの髭の大事な髯を切ったんだって?」
「ふんっ!! あの気位の高いだけのアホの赤い顔を、一回真っ青にしたかっただけだ」
子仲はそっぽを向く。
物凄く腹が立ったことがあったらしい。
が、すぐに笑顔で滄珠に、
「滄珠? おじちゃまたちが、しばらくこのお家に居ても良いと許可を貰ってきたからね? 今日からここでいるんだよ? 良いね?」
「本当でしゅか?」
「本当だよ。ちゃんと面倒を見ない守役ほど邪魔なものはないね。孔明どの、しばらく出仕も良いから。良いね?」
その言葉に、
「構わないんですか?」
「内政は落ち着いているし、だいぶん若手が育っているからね」
「あぁ、蒋公琰(諱は琬)どのですか?」
孔明の一言に、子仲は微笑む。
小柄な孔明の10才下の青年は、書簡を読みながら部下に決済したものを渡し、あれこれ的確に命じる。
その的確さのわりに、かなりのボケぶりに最初戸惑った。
孔明は今でも書簡で交流のあるボケ体質の江東の陸伯言程、ボケ体質の天才気質かと思いきや……。
「……あいつってさぁ、本気でボケだよな」
心底から呟く憲和に、孔明が、
「ボケと言うよりも、考え方が深いんだと思いますよ? 彼、本当に幾つものことを考えられる知識の深さもあるんでしょう。それに、考え込むと他の人間の問いかけが聞こえないんだと思いますよ?」
「……あのー。孔明どの」
姿を見せる小柄な……敬弟の馬季常とさほど変わらない背丈の、童顔の少年にしかみえない彼は、
「僕は、夜寝るのが面倒なので、昼間寝てるんです~。お酒は取り上げられたので~」
「……荊州の人間は、酒好きばかりなのか!?」
突っ込みを入れる本人も酒豪の憲和に、公琰は、
「いえ~……私は、夢見なんです。私の祖母が東の蓬莱出身だと言う人間で、そう言う才能があったらしくて。夢を見ると同じことを後日真実になります。見たくないんですよ。又戦乱なんて……嫌でしょう?」
「見えるのか?」
「……孔明どのも良く空を見つめていますよね? 有名ですよ。星読みですよね?」
首をすくめ、
「夢見……それも大変ですね」
「いいえ、費文偉(諱は禕)の方が酒飲みです!」
「いえいえ、そうじゃなく……」
どう突っ込んでいいのか解らない孔明の困り果てた顔に、公祐はブッと吹き出しアハハと笑い始める。
「こ、孔明どのもそんな顔をするんですか?」
「うーん。と、言うより……家の兄に似ているような気がして……ずれているところとか……」
「大丈夫です! 一応、季常どのや幼常どのより危険度は低いです!」
手をあげて、訴える少年に公祐は涙を流しながら笑い転げ、憲和は、
「今度、俺と士元、益徳と飲むか?」
「美味しいお酒でお願いします!」
「アハハハハ! し、子仲! お酒準備してあげたらどうです? それに、童顔で幼そうですけど、抜け目がなく、しかし才能を隠してますね? 逸材ですよ。味方に引き込みましょう」
公祐の提案に、子仲はにっこりと、
「じゃぁ、六礼をしようかな? いい日を選ぼうね」
「六礼? はぁ?」
「うちに娘がいるんだけど、何人嫁に欲しい?」
子仲の言葉に、
「嫁? ななな、何人って、普通一人でしょう?」
「あぁ、そう? じゃぁ、公祐は置いて帰るから、憲和。いくぞ」
「だな。琬。お前は取っ捕まったんだ。頑張れよ?」
「えっ?えぇぇ? 意味解りません! えっと、でも、孔明どのに子竜どの、又明日よろしくお願い致します!」
ずりずりと引きずられつつ、挨拶をする。
「では、良く眠れるように祈ってるよ。公琰どの」
手を振った孔明一家であった。