仲常さんがメロメロになった存在と、子供たちの成長について。
翌日、妻に手を引かれて、母屋に向かう。
質素な母屋で、男の子が5人もいればボロボロかと思いきや、手入れが行き届き上品な屋敷である。
回廊から見える広大な土地には、畑と竹林に……、
「ねえ?紅瑩?あれ何?」
「あれ?」
「うん、竹林にチラチラする白と黒の……」
「あれは、白熊おかあしゃまと、紅熊ちゃんでしゅ。おはようごじゃいましゅ。おじしゃま、おばしゃま、おにいしゃま」
庭の隅で、遊んでいた少女がたたたっと走ってくる。
金髪と青い瞳、愛らしい7才の少女である。
「うわっ‼うわぁ‼か、か、可愛い!こ、紅瑩。この子、もしかして‼」
「亮の娘の滄珠よ。滄珠。おはようございます。お母さんたちは?」
「あい、おかあしゃまは繕い物をしてましゅ。広おにいしゃまが、まだひどい骨折でねんねしてます。循おにいしゃまと統おにいしゃまはお仕事でしゅ。喬おにいしゃまは、熱が出てねんねでしゅ。桃花ちゃんは、広おにいしゃまとキャァキャァしてましゅよ」
ニコッと笑う。
「おじしゃま、おにいしゃま、初めましゅて、しょうしゅ……滄珠でしゅ。よろしくおねがいいたしゅましゅ」
丁寧に頭を下げる姪と従妹に3人は……、
「ウッハァァ~‼可愛い‼紅瑩のお腹の子が女の子なら、こんなに可愛いかも‼」
「俺も‼『お兄様』って呼ばれたい‼」
「僕も‼」
「うるさいでしょ‼」
ぽんぽんっと3人を殴り、
「ごめんなさいね?滄珠。夫と息子達が、お母さんやお兄さんたちとお話ししたいんですって。大丈夫かしら?」
「大丈夫でしゅ‼おかあしゃま、いっぱいよろこみましゅ‼」
「それと、さっきの白熊、紅熊って?」
「あの子達でしゅ。ここから西で、広おにいしゃまが仲良くなったのでしゅ。えっと、大熊猫と言うそうです。おかあしゃん大熊猫が白熊おかあしゃま、子供が紅熊ちゃんって言うのでしゅ」
説明する姪に、
「あれって熊だよね?」
「とっても珍しいのでしゅ。あ、しょうでした。白熊おかあしゃま、紅熊ちゃん。おやちゅでしゅよ~‼」
の声に、姿を見せる親子。
母親は熊だが、愛嬌のある色使いである。
「あーい‼たべましょね。御菓子はなくなったので、色々かんがえてましゅよ」
と、言いつつ、お手とお代わりをさせて、お利口と撫でてから何か、器をおいて食べさせている。
熊にお手とお代わり……大丈夫か?
「紅熊ちゃん。おかあしゃんの食べちゃダメでしゅよ。自分の食べましょう」
と引きずっていくのも、普通は危険じゃないのか?
3人はチラッと母を見るが、
「まぁ……素敵‼可愛いわぁ‼おばちゃんもダメかしら?」
「んっと、慣れてからの方がいいって、おにいしゃまたちが言ってましゅ」
「そうなの。聞いてみようかしら。どのおにいちゃんが一番なついているの?」
「喬おにいしゃまでしゅ」
「まぁ、やっぱり。喬は、優しくていい子だから」
にこにこと頬笑む。
「邪魔しちゃいけないわね。おばちゃんたちは行ってくるわね?滄珠も来る?」
「あーい‼いきましゅ。えっとえっと……」
「瑛と、聡と言うのよ」
「えいおにいしゃま、しょ、そうおにいしゃまでしゅね。綺麗なおにゃ前でしゅ」
大きな従兄を見上げる。
「お兄ちゃんがだっこしてもいい?聡お兄ちゃんが、せかせか歩くからね?」
「だっこしてくれるでしゅか‼」
わーい‼
無邪気な愛らしい従妹に、兄弟は一瞬で堕ちた。
「滄珠のお兄ちゃん5人いるけど、お兄ちゃんたち、喬以外は会ったことがないんだ。どんなお兄ちゃん?」
ちなみに聡と喬は同じ年で、のんびりしていて、少々とろくさかった。
「金剛お兄しゃまは、しょうしゅとおんなじ金の髪と、青い瞳なのでしゅ。お年は15しゃいでしゅよ。ちゅよいおにいしゃまです。でも、やしゃしいでしゅ。循おにいしゃまはとても綺麗なおにいしゃまでしゅ。でも、お口がわゆいので、おとうしゃまと公祐おとうしゃまとでペーン‼でしゅよ」
滄珠のペーン‼が、母の攻撃に近いのであれば、悲惨……かもしれない。
「統おにいしゃまは、凛々しくて丁寧なお話方をするのでしゅ。えっと、お仕事の時には表情もほとんど変わらないのと。ほとんどおしゃべりしないのでしゅ。人が苦手ってゆってましゅた‼でも、喬おにいしゃまと一緒の時はにこにこでしゅ。あ、循おにいしゃまと統おにいしゃま‼」
指で示す先には、綺麗な二人の少年が喧嘩?らしきものをしていた。
「だからって、お前なぁ!幾ら喬が寝込んでるからって、あのアホ幼常叔父と、関平叔母さんを残して『後は、ご自由にどうぞ』はないだろう‼常識考えろ‼」
「私の常識は『お兄ちゃんが元気になることなら、何でもします‼』です。あ、そう言えば、ここから西のずっと向こうに、体を癒す水が湧き出る泉があるとか。兄上‼休暇届出しますからどうぞよろしくお願い致します‼」
「行くか‼んな、眉唾物‼本気でお前、俺をこき使いやがって……」
「あれー?あ、滄珠。叔母さん、叔父さんにお兄さんたちも、只今帰りました」
完全に兄無視の統に、4人は統と循の位置関係を理解する。
「おかえりなしゃい‼おにいしゃま‼」
駆け寄ってきたのは、聡よりも年下だが背の高い美男子。
固いけれど整いすぎた顔をしている。
そして追ってきたのは、こちらは美少年。
実母の木蘭に顔だけは似ている。
「只今帰りました。叔母さん……お加減は如何ですか?それに、叔父さんやお兄さんたちも、不都合とかはありませんか?家は家族だけで、時々近所からお手伝いに来て貰う位なので……」
「いいえ大丈夫よ。ありがとう。循。一応この息子たちには、自分で自分のことを最低限出来るようにしつけてはいるのよ」
「叔母さんの最低限……私はできますか?」
循の軽口に紅瑩は、
「武器は何でもいいから、狩りをしてきなさい。かしら?」
「あぁ、良かった。一応、兄弟で良く狩りに行くんです。兄が強弓、私は連弩、統は矛、広は刀で」
「まぁ、連弩?かなり重いでしょう?」
「据え付けるようにしています。後はさばくのも。でも、収穫もさばくのも、統には敵わないです」
「私はお兄ちゃんとお父さん、お母さんと滄珠と桃花の分だけなので早いんです。それにいぶしておいたり、色々しておけば非常食にもなりますからね。あ、そうだ。叔母さんたちの分、狩りに行ってきますね。兄さんいると逆に邪魔なので、お兄ちゃんに只今をしてから行ってきます。では」
ぺこんと頭を下げると、立ち去る少年。
見送り、紅瑩は呟いた。
「あれだけ潔く『喬お兄ちゃん、大好き‼』を言い切られると、引くよりも、頑張りなさいって言いたくなるわねぇ。それに、あの重苦しい愛を受け止める喬が凄いわ……」
「えぇ?そう?可愛いと思うけど?うちの息子たちに、もっと仲良くなって欲しいと思うんだけど?」
仲常の一言に、瑛は、
「無理です‼喬のように弟を可愛がれません‼それに、可愛くないです‼」
「僕も、あの統のように、お兄ちゃん大好き‼出来ません‼気持ち悪い‼」
「……あの。統と喬の関係を、気持ち悪いって言うのだけはやめて下さい」
循は真剣に従兄弟を見上げる。
「私も父の養子になる前は、子瑜伯父上のいる江東におりました。私は実の父に馬鹿にされ、統と同じ年の弟にも苛められていました。母や双子の姉が庇ってくれたけれど。それすら『軟弱』と父に……。統は5つの時に戦場を逃げ惑いたどり着いた先で、探していた祖父の死を知り、絶望したんです。統のその絶望を救ってくれたのが両親で、兄である喬です。統はよちよち歩きの広の手を引いて旅をしていました。『お兄ちゃん』をずっと続けていたんです。解放してくれた喬に甘えてはいけないと、本人も今戦っているんです」
「……」
「統も、何度も喬から離れなくてはと泣いていたり、雨の中訓練をしたり……必死なんです。でも、統にとって喬が特別なように、喬にとっても統は大切なんです。喬は体が弱くて体も小さいし、武術も上達しませんでした。本人は必死に統に追い付きたくても追い付けない。それに喬は軍略よりも内政に強い。出仕する時に本人は父さんや母さん、兄さんに私が所属する軍を志願しましたが、命じられたのは……あの日、喬は泣き叫び、自分を責めました。同じ部屋だった統が抑え込んで、抱き締めて『ごめんね、ごめんね‼僕が戦わなきゃ、戦いを収めなきゃいけないのに……出来ないなんて‼もう、統たちのような苦しい思いをして欲しくないのに‼』って泣き続ける喬を慰める姿を……見たいですか?」
4人は黙り込む。
「私は、喬や統のような強さはありません。でも、二人の父のお陰である程度の能力があり、参謀として動いています。でも時々思います。喬のようなやりとげると言い切る強さ、統のような武器を持ち、周囲を見て兵士を鼓舞し戦う強さが欲しかったと……そう思います。では、母さんのいる部屋に……」
循が案内すると、入り口で、
「私は着替えて参ります。では後で」
と去っていった。
その背中を追い、
「……瑛、聡?」
「後で。ちゃんと謝ります。母上」
「僕も……あんな風に言うんじゃなかった……」
「そうね。もっと考えなさい」
紅瑩は中に声をかけたのだった。