孔明さんは、夢の中で楽しそうです。
周囲が心配する中、孔明はのんびりと実はしていた。
いや、考えていた。
彼にしては真剣に熱心に……後で目が覚めた時には、均や金剛、子龍達が呆れる程に。
考えていたのは、まず最初は琉璃と子供たち、家族。
その後はもちろん、国や周囲の人々のこと。
特に投降した張任の身の安全の確保は急務かもしれない……ちなみに、孔明は張任が名前を捨て、趙子龍を名乗っていることを知らない。
だが、本当に考えていたのは未来……。
しかし、何時もなら暗く重苦しい行く手が、もやのかかったような道の先が、スッキリとしている。
「うーん。金剛が梅花どのをお嫁に貰うなら、家の増築した方がいいかもしれないな……それとも、循は公祐殿の邸で、喬が玉蘭どのを迎えて、あ、統は……あの子はねぇ……本当に甘えん坊だから、喬と一緒‼って絶対言うし……」
ブツブツ呟く。
しかし……、
「広も来年、もう11か……大きくなったなぁ」
フフフッと笑う。
「皆、皆……成長してるんだよね。悲しいと言うか、寂しい……のかな?」
少し考え、
「違うね……嬉しい……嬉しいことなんだ。早く滄珠を取り戻して、そして……見届けて送り出す。桃花も大きくなるし、うん。父親として……見守って……送り出す。いつものこと」
何時もなら、孔明はこの時に苦しく空しくなるのだが、今は違う。
「でも、琉璃は傍にいてくれる。今は離れているけれど、ずっと一緒にと約束したんだ。手を繋いで歩こうって……昔は、私が道を切り開くからって言ってたけど、あれでいて琉璃も頑固だもんね。誰の影響だろう……一緒に行くって……」
自分の手をふと、見つめた。
血に染まった両手……。
昔は、この手を憎んだけれど、苦しみ抜いたけれど……。
それでも家族は、琉璃も子供たちも、血に染まった孔明から後ずさることなく、逆に、
「旦那様‼」
「お父さん‼」
「わぁぁん‼お父さんだぁぁ‼」
と抱きついて、
「怪我は?」
「お父さん、痛くない?」
「あ、お父さん。一緒に井戸に行こう‼広も水浴びする~‼」
それぞれが口々に話しかけ、それはそれは元気一杯‼のやんちゃぶりだったのだが、最近は成長と共に悩むことも、我慢して言い出せないと言いたげに、声を殺して泣くようになった。
時々は口喧嘩が高じて殴り合いの喧嘩もあり、心配で……しかし、逆に口を挟むのは良くないと琉璃や特に循の父、公祐と話していたのだが……。
「金剛は……本当に強い子に育ったなぁ……おっとりしてると思ったけれどしっかりしてきて、武器も用いるけれど、ちゃんと勉強も怠らない」
成長と共に実力はぐんぐん延びていき、最近は『金の若獅子』と言う風に呼ばれていることを本人は知らない。
「循はもうちょっと落ち着いて、悪巧みを考えているのを表情に出さないようにならないとね……あれじゃ、公祐どのに『特訓‼』って言われるよね。だけど、表情がくるくる変わってうん。良い子に育った」
昔は、暗くてオドオドとしていた。
躊躇いがちにおずおずと発言し、どうしようどうしよう‼と混乱していた。
その為孔明も公祐も循の話を聞く、そして聞いた話を丁寧に返すことを心がけた。
問いかけるのも恐れていた息子に、話してごらん?と促して、誉めてあげる。
そう心がけ、安心しなさい、ちゃんと聞いているよ?と伝えることで、嬉しいことなんだと理解させたのだ。
「喬は優しい子になったなぁ……本当に可愛い。でも、最近よく熱を出すんだよね……それが心配だよ。無茶だけはして欲しくないんだけど……平和になったら、昔のように笑ってくれると嬉しいな」
親馬鹿ではあるが、一番傍にいた喬には甘くなる孔明である。
兄弟が増え『お兄ちゃん』を頑張っていたが、元々は甘えん坊である。
夜泣きもあり、良く琉璃と二人をだっこにおんぶであやしたこともあった。
最近は、統に甘えているようでいて甘やかしている。
苦笑する。
「統はぐんぐん大きくなったけど、代わりに喬に甘えるようになって、お父さんは寂しいです。でも、あの子の笑顔が見られるようになって嬉しい」
荒んだ瞳で、痩せこけたまま姿を見せた統は、本当に怯えて絶望感にさいなまれ泣きじゃくった。
抱き寄せても逃げようとするのを、抱き上げてお湯に入れて体を洗う。
そしてさっぱりした衣を着せて、お菓子を食べさせた。
最初はビクビクしていたものの、弟の広はきゃっきゃとはしゃいでいて、
「おいしー!にーちゃ。おいしーよ‼」
「た、食べたの?あんなにお兄ちゃんが毒味するって‼」
「お姉ちゃんが、いっしょにたべよって、だいじょぶよーって」
琉璃を示す広に、統は一瞬泣きそうになった。
自分達がどうなるのか、不安でたまらなかったのだろう。
すると、一緒にいた喬が近づいて手を握った。
「統?僕がお兄ちゃんだからね‼大丈夫。お兄ちゃんが毒味するから、はんぶんこしよ‼それにね、お兄ちゃんもう一個持ってるから、それもはんぶんこだよ‼兄弟だもん‼一緒だよ‼」
「お、兄ちゃん……?」
「そうだよ。僕がお兄ちゃん‼統は僕の弟‼それにね?お父さんとお母さんはとっても優しいよ‼だっこして、高い高いしてくれるんだ‼遊ぼうね‼それにご飯も美味しいの‼」
目の前ではんぶんこされた菓子を、パクンっと食べて見せた喬は、もぐもぐと口を動かす。
統は不安げにそして、美味しそうな甘い香りのする菓子を見ると、思いきったように口に入れる。
固いと思っていたのか、力一杯噛んだ統が、あれ?と言う顔になり、やがて目を輝かせる。
小さい半分はすぐになくなり残念そうな統を見て、喬はニッコリと、
「はい。もう一つは統が食べて。お兄ちゃん、お腹一杯‼お兄ちゃんの分も」
手の上に乗せられた菓子を見て、統はボロボロ涙をこぼした。
「と、統?い、嫌だった?」
おろおろする喬に、泣きながら笑う。
「あ、ありがとう、お兄ちゃん。嬉しい……」
「良かったぁ‼あのね‼そのお菓子は木の実を干したんだよ。お家で作ってたんだ‼一杯僕もお手伝いしてたの‼今度その木があったら一緒に作ろうね‼で、一杯食べよう‼」
「うん、うん……お兄ちゃん、おいしい……」
喬は涙をぬぐい、必死に話しているが、喬には解らなかっただろう。
統は、ずっと『お兄ちゃん』をしていた。
それに幼い弟はやんちゃで手が離せず、その上一緒に行くと着いてきた4才上の少年も、統のように強い責任感はなく、自分勝手な所があり、統が我慢するしかない。
ずっと旅を続けて、たどり着いた先では目的の祖父はおらず、信じて良いのか解らない夫婦。
弟は懐いてしまったと言うのも衝撃で、どうすれば良いのか解らなかったのだ。
動揺し警戒し固まった統に、喬はすんなりと入り込み、ニッコリと笑い、
「僕がお兄ちゃんだからね?一緒だよ‼」
と言い、いつもは毒味をしていたのに、先に味を確認してくれた。
その上、いつも広に言っていたのだろう。
お腹が空いていても、
「お兄ちゃんはお腹一杯‼全部食べて?」
そう言って差し出してきたのだ。
抱き上げた時も、広は少し痩せてはいるが健康的だった。
しかし、統は身長の割りには軽く、体を洗うとガリガリに痩せていた。
飢えて死ぬ寸前に近い程、頬はこけて顔色も悪かったのだ。
甘えることは許されない時の終わりに、祖父の代わりに手をさしのべてくれた『お兄ちゃん』に、統は『お兄ちゃん』から解放されたのだ。
だから統は『お兄ちゃん』に執着する。
甘える……けれど、本人も解っている。
だから時々、部屋の外で声を殺して泣いているのだ。
自分は離れなくてはいけないのだと……。
統は賢い子なのだから、解るはずではあるのだが、あえて言わない。
父親が言ってもきっと解らない。
あの頃の『孔明』ならば伝えられただろうが……。
「まぁ、成長してるんだよね、統も。この間は循と殴り合いしたし。循は本当に本音を突くと言うのか……無意識に人の気に触るようなことを、しかもあの毒舌で言うものだから、普段は冷静さを装ってる統を怒らせちゃったんだよね……」
あの時は琉璃が駆け込んできて、行ってみると、喧嘩した二人だけでなく、喬が傷だらけでしかも倒れていた。
「お兄ちゃん‼」
「統‼揺するな‼」
金剛は怒鳴り、そしてまず、循に近づき平手打ちをした。
パーン、と良い音がして、
「循‼お前は兄貴だろ‼弟いじめてからかうんじゃない‼自分が失敗して癪に触ったからって、統に八つ当たりするな‼」
「……ッ!」
「統に謝れ‼それと、失敗するってことは、次は失敗しないと思え‼必死で人間はやればできる‼それ位生きてきて解ってるだろ‼」
うなだれた循は、弟を見て、
「ごめん……統。宮廷で……上手くいかなくて。怒られてるのは良いんだ……父さんと母さん、父上と母上の事を……ねちねち言われて、ムカついたんだ。殴れないし……」
「殴れない?上司?」
「……お前の馬鹿上司。関平殿‼ムカついた……アイツ、自分は何にも出来ないのに‼母さんと母上を侮辱した‼父さんと父上も‼男だったらアイツ殴ってた……敵だったら、殺してやったのに‼」
キョトン?
統は首を傾げ、
「あのオバさん一応武将だから、そのまま訓練場に引きずっていって、叩きのめしたら良いんですよ?兄さん」
「はぁ?だ、だって父さんと約束……」
「え?父さんと約束したのは普通の、華奢で小さな女性でしょう?でもあのオバさん、普通じゃないし、可愛くないしブサイク‼女性じゃないです‼私は嫌いなので、お兄ちゃんと父さんとお母さんの事を言ったので5、6回殴り飛ばしましたよ?」
「……そ、そんなに⁉」
ア然とする気絶した喬以外の3兄弟と、それを窺っていた孔明と琉璃である。
「えぇ。兄さんでも一撃で伸せる、余り気にならないやり方教えますよ?それに、お願いして訓練場で訓練してましたー‼で、ある程度融通利くんですよ?ね?金剛兄上?」
「あ、うん……まぁ、俺の上司は強いから無理だろうが、何だかんだ言うのなら、お前を見くびっている証拠。訓練しましょうでよし‼」
「ほら、ね?兄さん。悪賢いのに、何でその点は融通効かないんでしょうね?それは、月季姉上にしてあげて下さい」
「ぐぅぅ……やっぱり統は、私を馬鹿にしてる‼」
悔しがる循の横に統は立って、長兄を見上げる。
「兄上、喧嘩は駄目って約束したのに破ったので、私も……」
「ダメェェェ‼」
気絶していたはずの喬が起き上がって、統の前に両手を広げて立ちふさがる。
「統を叩くなら僕を叩いて‼僕がもっともっと強かったら、統を馬鹿にしない‼僕は統のお兄ちゃん‼仕返しは今度するから‼それで、僕が統に叱るから‼統は叩かないで‼」
その時、孔明は頭を抱えた事は言うまでもなく、仕方なく慌てて出てきた振りをして、
「喧嘩をした理由を説明して。で、ある程度内容によっては反省会‼もしくは父さんの書簡を写す作業の手伝い‼」
に、5人は……特に金剛と循はホッとした。
ちなみに、一番弱い頭脳派の喬が、兄弟の中で一番愛されていて、叩くのは絶対に困る‼らしい。
が孔明は、喬の頬が腫れ唇が切れているのを見て、
「……その前に、この喬の頬の傷は誰がやったの?」
怒る父に、金剛と統と広は犯人を差し出した。
「循‼おいで‼喬と統の手当ては頼んだよ‼」
「「「はい‼」」」
と言う風に引っ張っていき、手当てをしながら、
「循?父さんと公祐殿、それに琉璃を見くびらないで欲しいね?」
「えっ?な、何かなぁ?」
視線をそらそうとした息子に、爆弾を投下する。
「父さん。益徳殿に言われてるんだけど、あの髭親父より強いんだけど?」
「えっ‼ひ、髭って……」
「漢升殿とは、引き分けたって言うけれど、実際は漢升殿が手を抜いたんだよ?あの程度で将軍名乗るなって笑ってるんだけど?」
「……ごめんなさい。次からは相談して、そしてもっと力をつけたら自力で……」
半べそにしかみえない、しょげぎみの息子に、
「そうしなさい。出仕してから5年は半人前だよ。まだまだ」
そう言ったことを、思いだし孔明はクスクス笑ったのだった。




