梅花ちゃんの破壊力に圧倒されている士元さんです。
広により、馬車に引き返した士元は、見えない目で必死に、
「やめろ‼広‼俺は軍師‼参謀だ‼皆の元に‼」
「治療先‼ほら、梅花姉ちゃん‼士元おっちゃんが怪我したんだ‼」
「士元さま?はい、こっちにお願いしまーす‼」
戦場とはそぐわぬ気の抜けるような声に、『梅花』の名前を士元は悟り、
「糜子仲どののご令嬢じゃねえか‼な、何であんたのようなお嬢ちゃんが‼」
「大丈夫だよ~?おっちゃん。姉ちゃん、俺の強弓の師匠だから安全安全‼はい、おっちゃんよろしく‼俺も行ってきます‼」
「行ってらっしゃい‼気を付けて仕留めてきてね‼」
「はーい‼戦場の後で食料調達してきまーす‼」
二人の会話と出血に、気が遠くなった士元はよろめくが、誰かに担がれる。
周囲の護衛だと思いきや、
「あらぁ……叔父様、お父様よりも痩せてますよ~?筋肉つけないと駄目ですよ?」
耳の横で聞こえた声に、
「か、かつ……‼」
「これ位軽いですよ~‼だって叔父様。私は、父様直伝の強弓使いですもの‼他は不器用でも、勉強と強弓の特訓は欠かしたことはありません‼それより怪力なので、医師にお願いしまーす‼」
そりゃ怪力だ……、でかくはないが大の男を担いでけろっとしているお嬢様など、自分の嫁や、均の嫁の玉音位だろう。
ちなみに琉璃は、痩せすぎで重いものは武器まで、何とか現在の三男の喬は支えられるが担ぐのは無理である。
「それにしても……嫁に会いてぇなぁ……」
と、弱音を漏らす。
最近忙しい士元は、子育てに、親族とこれからについて話し合う妻の球琳とはすれ違いが多い。
特にお転婆ではなく、何故かどちらに似たのかおっとりとしていて可愛らしいが、ドジで同時に転んでは泣く二人の娘に、口が達者でムカつく息子と言う3人の子育てに関われないのが辛い。
娘たちは本当に‼顔は球琳に似て可愛らしい上に、無邪気に、
「「お父様~‼」」
と甘えてくるのが可愛くて仕方がなく、逆に、可愛いげのない息子の宏を、いかにして舌戦で黙らせるか、いたずらを考えて実行し、姉たちを泣かせるのを叱りつけるより、今度こそ孔明に投げてやると思っていたと言うのに……。
「琳瓊、玉葉に顔を忘れられたら困る‼宏は、構わん‼」
「何、言っているんだ?お前は?」
耳元で聞こえる声に、はっとする。
この、口調はきついが、安堵感を与えてくれる……自分だけに……声は……。
「……きゅ、球琳……?」
確かめるように問いかける。
「私だが?悪いか?琉璃が良かったか?玉音や、益徳将軍や、奥方の……」
「いや、他は遠慮する。あ、えーと、嫌いではないぞ‼妹よりも嫁が良い‼」
「……本当に、馬鹿か‼」
涙声と共に降り注ぐのは温かい滴……。
「……大丈夫とは……いいがてぇ。すまん。お前の顔が見えなくなっちまった……それに、見えねえと戦場を見通せねぇ……ははは……。空をかける竜と対に呼ばれた鳳雛が、目が見えねえとはな……」
「治してみせる‼私が‼絶対に‼」
「無理だろ……さっき、簡単に見て貰った」
妻の膝に頭をのせているらしく、丁寧に目を覆う布が外され、はっとする息に苦笑する。
「な?無理だろう?」
「あーのー?叔父様?」
気の抜けた声に、
「えっと、嬢ちゃんは……」
「その目片方なら治りますよ。確かに、片目は完全に失明すると思いますが、見て下さい」
痛みと共に、まぶたが開かれうっすらと見える。
「み、える?」
「骨に当たっただけです。でも、上のまぶたが斬れてますので、その治療をしてしばらく静養したらどうでしょう?」
ぽややんと笑う少女。
「確か、西域には珍しいものがあると聞きます。叔父様、お姉さま。私は、金剛お兄様と、孔明さまと漢中に向かうのです。そちらには……」
「……金剛のオヤジがいるよな?いっつぅぅ‼」
「こちらで出来うるだけの治療をして、叔父様も向かいましょう」
「だ、だが……俺は参謀だ‼」
叫ぶ。
「戦場を去るのは死ぬ時だ‼」
「ならば、死ね‼」
妻の声に息を飲む。
その気迫にその凄みに……哀しげな滴……。
「お前は、戦場で一度死んだことにすれば良い‼お前は戦場で死に、戦いから一旦身を引く。目を癒して、そして生まれ変わって戦場に戻れ‼その目を‼お前の体を傷つけた人間の命を奪う為に、お前は孔明兄上と違い、まだ『鳳雛』なのだろう?一旦巣に戻り、もう一度鳳凰として飛び立てば良い‼違うか?」
「……球琳……」
「お願いだから……まずは体を癒してくれ。お願いだから、お願いだから……。孔明兄上に伺った時には本当に、死んでしまうのではないかと……」
声が震え、涙が降る。
「……す、すまん……すまん。球琳……。お前のことを考えず……すまん……最低の亭主だ」
「その上、ダメオヤジもつけてやろう。琳瓊、玉葉、宏。出てきなさい」
ゴゾゴゾと物音がする。
「お、おとうさぁぁん‼」
「しんじゃやだぁぁ‼」
「もう死んでる」
最後の一言に、
「宏‼勝手に父親を殺すな‼俺は死なん‼琳瓊、玉葉を可愛がるのと、宏のそのひねくれた性格を何とかしてやるわ‼」
「父上に似てますので、ご自分からどうぞ?」
殴るか?
一瞬本気で思ったが、その前に凄まじい、
ボコ‼
の音に、つい、
「おい、お前がやったのか?球琳?」
「いや。この馬車に無理を言って子供たちを乗せて頂いた時に、余りにも横柄な態度の宏を叱ろうとしたら、豪快に投げてくれたのだ。梅花どのが。で」
「必死に国の民のために戦い、大怪我を負われたお父様に、お父様に対しての言葉ではありません‼教育的指導ですの‼」
再び、同様の音がして、
「宏ちゃん?貴方は、お父様のように戦いに赴いてませんよね?その時点で、お父様と比べる?恥を知りましょう‼良いですか?次に失礼を言ったら、孔明様のお家の広くんに教えている、強弓を共にお教えしますね」
ぶっとんだらしく、どこかにぶつかって声がない。
気絶したらしい。
唖然とし、言葉もない士元に、悟りきった球琳は、
「あれでも梅花どのは遊んでいるらしいんだ。孔明兄上の所の喬以外の4人と、武器対決に力自慢と日々めきめきと実力を増しているそうだ。その上、昔から喬とは学問仲間で賢い方だ。ただ……私には解らない、怪力だ……しかし、それを見て」
「お姉さまスゴーイ‼」
「もっとやって~‼」
娘たちがはしゃぎ、
「あ、後でグルグル‼」
「それに、だっこでブーンも‼」
「良いですよ~?二人とも、良い子でじっとしていたので、後で安全な所で遊びましょうね?」
の声に、士元は、冷静沈着上司である子仲が、娘をどんな風に育てたのか聞いてみたくなったのだった。