金剛君がいつも思うのは、孔明さんのすごさです。
金剛は先にと思う気持ちを押さえつつ、婚約者となる梅花を守り進む。
たとえ、周囲の者が信用に足るものとはいえ、女性を守れぬ男は男ではないと、祖母の珊瑚にコンコンと言われ続けて育った人間である。
と、
「金剛‼無事だね‼」
背後からやって来るのは、父、孔明の弟の均と、実父、孟起の妹の瑪瑙の夫で、ほう令明。
令明は、自分の父親代わりである。
その後ろから手を振り、
「兄ちゃーん‼」
「広‼」
「行って‼俺が、姉ちゃん守るから‼」
その言葉に、
「頼んだ‼……えっ?均叔父さんも行くの‼」
「この私に勝てると思うな?」
長距離を走らせてもけろっとしている叔父が、文官とはいまだに到底信じられないが、金剛は、
「じゃぁ令明叔父さん……ではなくて、将軍‼広は頼りない‼将軍が上になり、指示をよろしくお願い致します‼」
「解った‼気を付けなさい‼」
猛将ではあるが冷静沈着で、年長の黄漢升の側近として指示を与えている叔父に、にっこり笑い、
「はい‼」
と、速度を早め先を急ぐ。
しばらくすると道が狭まり、上から矢が降り注ぐのを、楯の代わりに荷車を壊し、必死で移動している軍に迫る。
「ヒィィ‼背後から敵が‼」
と叫ぶ声に、
「私は、諸葛孔明の弟の均‼参謀の士元兄上はおられるか‼急使である‼」
均は叫ぶ。
そして、金剛も声をあげ、
「安心して下さい‼皆さん‼私は諸葛孔明の息子、金剛‼上司のほう令明将軍の命により、後から味方が追い付く旨、先触れとして告げに参りました‼父、孔明は‼」
近づき、矢をなぎ倒す均とは違い、強弓を構え次々と上に射返していく。
「こ、孔明は……多分、あっちだ……」
細い声に、馬から飛び降りた均が安全な陰に置き、走り込む。
数本の矢が刺さった士元が、庇う部下の仮の楯の隙間から這うように手をうごめかせる。
「士元兄さん‼」
均が、腕をつかみ引きずり出す。
「……わ、りぃ……しくじっちまった……。目を……やられたぜ」
「目を‼見えないの⁉」
「……あはは……あの、髭が、俺の目を斬ったんだ。『裏切り者だ』とな。で、捨てられた。だが……」
血を流す顔で見回し、
「皆が……俺を助けてくれた‼それに、孔明が‼」
「まずは、兄さん‼この後ろに馬車がある‼引き返そう‼」
「駄目だ‼俺の命を救ってくれた皆を、孔明を置いていけない‼俺は……‼」
仮の手当てを受け、顔を覆った布を剥がそうとする士元に、
「士元さま‼」
「参謀‼お止め下さい‼」
自らも怪我をした兵士たちが泣きながら叫ぶ。
「捨てられた私たちを何度も庇ってくれた、守ってくれたのは、士元さまです‼」
「そうです‼士元さまと孔明さま‼皆様が私たちを‼」
「お願いです‼諸葛さま‼士元さまを‼」
均は頷く……が、
「均叔父さん‼皆さん‼後続が着ました‼味方です‼」
金剛の声に、令明の、
「この、ほう令明‼お前たちのやわな矢に負けると思うな‼皆も安心しろ‼後続に援軍がある‼黄漢升将軍が援護に来られるぞ‼行くぞ‼」
の声に、
「おぉ‼令明将軍が‼」
「漢升将軍も来られるとは‼」
「まさに、天の助け‼」
泣きくれて、士気の落ちかけていた傷だらけの軍が奮起する。
「行くぞ‼金剛……諸葛士官‼脇を固めよ‼」
「はっ!将軍‼」
弓を構え、敵を射ようと崖を見て、金剛は愕然とする。
「と……」
「何やってんの‼兄ちゃん‼弓を射ないと‼」
「広……あ、あれ……」
顎で方向を示すと、広も真っ青になる。
「ととと、叔父さん……」
「何‼ほら、広‼士元兄さんを馬車に‼」
「わ、解ってるけど、あれ‼ギャァァ‼」
指を指し悲鳴をあげる。
士元を押し付け馬を引きずって、方向を変え蹴り飛ばした均は、指差していた場所を見て、
「……あぁぁ……やると思ったよ‼金剛‼弓兵に命じて、私と兄様を射ぬかないように、矢を放ち続けよと命令を‼足りなかったら、そこらの板に刺さってるの抜いて射返せ‼」
「はっ……って、叔父さん‼何やってんの~‼」
「叫んでる間にやれ‼」
均は、崖をスルスルと登っていく。
そしてその反対の崖の上には、矢を何本も受けているというのに、敵から奪ったらしい矛を振るい、暴れている巨漢……ではなく、自分達よりも身軽な格好で……途中で邪魔で防御用の武具を脱いだらしい……細身の父。
遠い目をなりそうになりつつ、一応、応援がわりに、
「皆‼あちらの崖の上には諸葛参謀が、自ら武器をもって戦っている‼皆を守る為に‼気持ちだけで良い‼強く持て‼参謀が我らにはいる‼我らを守るのは諸葛参謀、士元参謀‼まさしく竜と鳳凰‼負ける訳がない‼」
と叫び、示された崖を見上げた兵士が、目を輝かせる。
「おぉ‼参謀が‼あのように我らを‼」
「共に戦ってくれているとは‼」
甥と共に遠い目をしつつ、令明は何とか立ち直り、
「そ、そうだ!我らには、敗けはない‼生きて生きて、二人の参謀と共に進むのだ‼死にに行くのではない‼生きるのだ‼見よ‼竜の軍師が着いている‼」
と鼓舞し、ますます士気は高まり、そして、反対側を攻撃していた弓兵たちが、
「あぁぁ‼あの細身は、諸葛参謀の弟の、諸葛文官‼あの方も‼」
そちらを見た甥と叔父は悟る。
『あの兄弟二人で、敵は壊滅間違いない。自分達は、矢を避けつつ落ちてくる兵士を捕獲するか、怪我人収容のみに力を注ごう……』
『じゃぁ、俺は一応弓兵を指揮し、叔父上は前後を注意しつつ‼お願いします‼』
『解っている‼行くぞ‼……私たちは、あそこまでの破壊力はない‼』
『そうだね、叔父さん……今さら思うよ……』
視線で会話した二人は、それぞれの仕事に移ったのだった。
ちなみに、梅花に士元を預け戻ってきた広は、ワクワクと、
「父ちゃんに叔父さんができるんだ‼俺も~‼」
と登り始めたのを、金剛が捕獲し、叔父に投げ飛ばし、
「広……怪我人の手当て……出来るな?いや、やれ‼」
と、令明に低い声で命じられたのは言うまでもなかったのだった。