第80ページ 召喚契約
「キュ?」
「ん?」
目が覚めると、俺の顔を覗き込むように仔竜の姿があった。
「キュ!」
「ぐはっ」
首を傾げて俺が目覚めているのを確認した仔竜は、何を思ったのかそのまま俺にアタックしていきた。
いや、これはあれか?
犬とかがよくやるスキンシップ的なあれなのか!?
「キュゥキュウ!」
「いたたたたっ!?」
子どもとは言え竜。
鱗が硬いし、何より額にあるまだ小さな角が的確に肩をえぐってくる。
俺の悲鳴を聞いても、仔竜は離れようとしない。
「わかった!わかったから離れろっ!」
『む?おお、起きたか』
「起きたかじゃない!こいつどうにかしてくれっ!」
俺と行動を共にしてくれていた火竜。
もうめんどくさいな。
こいつには名前あるのだろうか?
火竜は仔竜の首元を優しく咥え、俺の上からどけてくれる。
犬みたいだったり猫みたいだったりする仔竜だな、とどうでもいい感想を抱いた。
「助かった」
『お主を心配しておったのだ、許してやってくれ』
「別に怒ってはいない」
どこか落ち込んだ様子だった仔竜が、俺の言葉に顔を輝かせる。
そのままこちらにもう一度突っ込んでこようとして、その前に俺と仔竜の間を遮る影があった。
「グルッ」
「アステール?ぐほっ」
仔竜に向かって威嚇したアステールを呼んでやると、今度はアステールが突っ込んでくる。
アステールの頭突きが見事にみぞおちにはまった。
「ア、アステール!?どうした!?」
『あまり心配かけるな、と言いたいのであろうよ』
「クル!」
その通りだ、とばかりに頷く。
苦笑いしながらアステールを撫でてやっても、誤魔化されないぞという感じでプイッ顔を背けられてしまった。
「悪かったよ」
「クルゥ」
謝ると、正に渋々という感じで顔をこちらに向けてくる。
その目が本当に心配の色を見せていることで、俺は申し訳なくなりディメンションキーから取っておいた魔物の肉を取り出して与えると、機嫌よく鳴いて食べ始めた。
変わり身が早い。
え?俺の心配してくれてたんだよな?
その光景を見て火竜も苦笑している。
仔竜は、アステールが食べている肉に物欲しそうな視線を送っているが、さっきのでアステールを怖がったのか近寄ろうとはしない。
仕方なく仔竜にも肉を放ってやる。
『すまんな』
「いいさ」
嬉しそうに肉に齧り付く仔竜を見ながら言う火竜。
この火竜もどこか苦労人のように感じる。
『起きたようじゃな』
「ああ、迷惑かけたな」
『いや、礼を言うのはこちらじゃろう』
俺がいたのは、最初に紅焔竜と会った窖とは別の場所のようで、あそこよりも少し小さめだ。
人間からしたら大きいのだがな。
そこに、紅焔竜が二頭の火竜を率いて現れた。
『大変な役割をさせたようじゃの。礼を言う』
「俺がやりたくてやったことだ。礼を言われることじゃない」
『それでもじゃ』
そこまで言われると、固辞するのも悪い。
俺は素直に礼を受け取る。
『お主には借りができたな』
「気にしなくていい。魔神は俺の敵でもある」
俺が魔神の名を出すと、竜たちの顔が険しくなる。
元々険しくはあるが。
それから俺は、倒れてから今までのことを聞いた。
俺が魔神を斬ってから既に一日が経ち、仔竜たちは順調に快復。
既に万全と言ってもいい程らしい。
逆に俺は魔力を使い切り、生命力まで使ったことにより一時危なかったらしいが、火竜たちが魔力を補充してくれたことでどうにか持ち直した。
その段階で、俺の魔力に変質があったとか恐ろしいことを言ってくれたが、確認はまた今度だな。
魔神の欠片は、火竜が消滅を確認。
それに伴い、魔力の流れも正常化。
海も元に戻った。
「魔神の欠片が海底にあること、あんたは気づかなかったのか?」
『我は力には自信があるが、それ以外はまったくなのだ』
胸を張って言うようなことか?
炎竜王なんだよな?
『さて、お主への礼を考えねばならんか』
「いや、だからいいて」
『ふむ…何にするか。おお、そうじゃ。アレがあったのぉ』
『アレですか?』
『しかし人にアレは…』
『この者なら大丈夫じゃろう』
紅焔竜が言うと、紅焔竜と一緒に来た竜が、どこかに行った。
アレってなんだ?
『さて、すまぬが我からもう一つ願いがある。できれば聞き届けて欲しい』
「願い?」
『左様。我の眷属と契約を結んではくれまいか?』
「契約?」
『お主、召喚術が使えるじゃろう?』
そう言えば使える。
使ったことはないが。
やり方なんかは一応わかっている。
調べたからな。
『召喚契約を我の眷属と結んで欲しい。我と契約するにはお主はまだ力不足じゃからな』
「それは俺にとっても有難いから構わないが、何故そんなことを?」
『魔神の胎動。邪神教徒どもの思想。魔族の暗躍。我らとて寛容できるものではない。お主は魔神に敵と認定されたと聞く。お主の側にいれば情報も集まるじゃろう』
いや、その理由はかなり嫌だな。
紅焔竜にもトラブルメーカー扱いされているだと?
『我の眷属は強い。お主の力にもなるじゃろう』
「まぁわかった。契約は誰とすればいい?」
「キュ!!」
仔竜が勢いよく返事をした。
だが、俺と紅焔竜は同時に目を逸らす。
『お主がせい』
『我でございますか?』
『既に一定の信頼関係が生まれておるようじゃからな。容易であろうよ』
『では』
『お主もそれでよいな?』
「構わない」
俺と海の中にまで入ってくれたんだ。
その性格も好きな部類だしな。
「我ここに汝との契約を求める。我の呼びかけに応え、我が下に来ることを是とするか?」
『我と我が王の名に於いて約する。我が力、其方の力となるよう』
「ここに契約はなった。汝の名を我が魂に刻みつけん」
頭に名前が浮かんできた。
これが、この火竜の名前なのだろう。
召喚術には様々なやり方がある。
種族を指定し媒介を利用することで、召喚する方法。
サメドラがやっていたのはこの方法。
それぞれの意思は関係なく、無理やり呼び出す術。
無差別に何かを召喚する方法。
召喚術の基礎陣と、媒介、己の魔力を利用し、自分の望む条件に合致する者を呼び出す術。
これも双方の意思は関係ない。
一体一体と契約し、召喚する方法。
今回行うのはこれだ。
名を示し、名を受け、名で縛る。
双方対等な立場として契約して、欲しい時に力を貸してもらう。
頭の中に浮かんできた名前を言い、俺の名前を示せば契約は完了となる。
「汝の名はエリュトロス。我が名は黒葉周。魂の結びと成せ」
光が輝き、俺とエリュトロスの間に繋がりが生まれたことを示した。




