第72ページ 見張り小屋
「まったく、ほんとに俺たちだけで行かせるとはなぁ、アステール」
「クル」
伯爵から依頼があった次の日、俺はギルド経由できちんとした指名依頼として依頼を受注した。
ギルドの受付の人もその内容に心配そうにしていたのが印象に残っている。
ギラヴェイア火山島はアキホから5日といった所にある。
山を歩いて越えようと思えばもっとかかるのだが、俺の場合はアステールに乗って超える為、その程度で済んでいる。
問題は山を越えた後だ。
陸地からキラヴェイア火山島までは船で一日程の距離があるらしい。
さすがに、アステールに一日中空を駆けろとは言えないし、言いたくない。
通常の海ならば海水を凍らせて足場としてもいいのだが、今回は場所が場所なので凍らせようと思ったらかなりの魔力を消費するだろう。
できれば魔力は温存していたい。
視るだけでいいならばアキホからでも解決するのだが、どうやらそれはやめておいた方がいいらしい。
竜は気配に敏感であり、前に「千里眼」というスキル持ちが島の中を見ようとしたらどういうわけか目が合い、恐怖に震えたそうだ。
さて、どうするか。
だが、結論を言えばその懸念は何の問題もなく解消された。
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「シュウさんですね。お話は聞いております。船の準備はできておりますが、今日の所はこちらでお休みください。出発は明朝ということで」
「え?あ?はぁ…?」
山を超えて海岸へと出た俺たちが、どうしようかと悩んでいると、20歳半ばくらいの女性が近づいてきて口早に言ってきた。
彼女が指す方を見ると、そこには粗末な小屋があり、見張り台も付いている。
その様相から、海、もしくは海から来る何かを見張る為の物だということがわかる。
「申し遅れました、私ここで監視の任についております、アタミ領忍部隊所属クイナと申します。以後お見知りおきを」
「あ、ああ。シュウだ。よろしく」
案内された小屋は、いくつかの部屋に分かれており、外から見るよりも明らかに広く、意外にちゃんとした造りだった。
これも何か魔法技術によるものなのかもしれない。
「ここはどういう場所なんだ?」
「…何も聞いていないのですか?」
「ああ」
俺がそう答えると、クイナは頭を押さえて思いため息を一つ。
「申し訳ありません。伝達ミスなのか、故意なのかはわかりませんがこちらの手違いがあったようです。それではまずここのことからご説明します」
ここは俺が思ったように海から来るモノ。
具体的に言えば、火山島にいる竜たちを監視する為の場所らしい。
竜たちが、あの山々を越えることは未だかつてないらしいが、万が一越えるようなことがあればそれをいち早く伝える必要があるからだ。
その為に、希少な通信用の魔道具が置いてある。
普段、竜たちはあの火山島で過ごしているが、若い個体を引き連れた成体がここらの山で狩りをすることもあるらしい。
だが、それは月に一度あるかないかという程で、あそこにいる竜全てをそれで賄えているとは思えないため、あくまで遊びのような物なのではないかと言われている。
現在ここに常駐しているのはクイナを含めて3人。
一人は見張り台にいて、もう一人は仮眠中。
後から紹介してくれるとのことだ。
「今回のようにもしもあの島に行く用事が出来た場合の為に、一応船も用意してあります。過去使われたことはないのですが」
「ん?初代アタミ伯爵達が行ったんじゃなかったのか?」
「それが…どうやらその時は船を使わなかったようで」
ふーん。
どうやって行ったのか気になるところだな。
参考にできるならしたいのだが。
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「地震?」
「はい。二月程前になります。変わったことと言えばそれくらいでしょうか」
ここ最近で変わったことはなかったか、という俺の問いにクイナはこう答えた。
二ヶ月前と言えば丁度あの事件があった頃。
無関係とは言えないだろうな。
ここでの食事は自給自足らしく、海で魚を獲るか、山で狩りをするか。
あの山には山菜なども多くあり困ってはいないらしい。
ご相伴に預かりながら、俺はひとまず情報収集をしてみようと考えたわけだ。
「そういえば地震は火山島の方からしたような気がしますなぁ」
そう言ったのは、仮眠から起きて見張りの交代までにと飯を食べているイザーク。
壮年の男で、所属は王国騎士団だそうだ。
この場所での見張りは、アキホ忍部隊から一人、王国騎士団から一人、宮廷魔法士から一人の編成でなっているそう。
「シュウさんがこちらへ調査に来ることは伝達が来ておりました。ですが、我々が一緒に行くことは許可されませんでした。本当にお一人で行かれるのですか?」
「アステールがいるさ」
「クル!」
アステールは小屋の中まで入れてもらったのが嬉しいのか、上機嫌で肉を食べている。
最近わかってきたのだが、生肉の方がお好みのようだ。
「そろそろ交代の時間でさぁ。それじゃ俺はこれで」
「ああ」
イザークは田舎から上京しその腕っぷしだけで王国騎士団になれたはいいものの、言葉づかいがなかなか治らず、傍から見ると飛ばされたように見えるが、この仕事につけてよかったと思っているそうだ。
「私はまだ納得しておりませんが」
そう言ったのは、イザークと交代して見張り台から降りてきた宮廷魔法師のシリカだ。
彼女は挨拶だけ済ませると、睡眠をとると、奥へ行ってしまった。
「シリカさんは、今の宮廷魔導師長のお弟子さんでもある優秀な魔法師です。派遣されてきたのは、ここ最近なのですが、なぜ私がといつもおっしゃっています」
困ったようにクイナが言う。
彼女はわかっているのだろう。
ここに派遣されている三人は三人ともかなりの力の持ち主だ。
やり方次第では三人で竜を倒すことも不可能ではないだろう。
派遣されている理由はだからこそ、なのだろう。
ここでの任務は監視であるが、もし変事があった時には時間稼ぎをしなくてはならないこともある。
もし実力のないものが任にあたっていたら、やれることの選択肢は狭まってしまうだろう。
難しいところだろうな。
ここに派遣することで宝の持ち腐れにもなりそうだ。
そこらへん、彼女らの上司はちゃんと考えているというべきか。
力がありながら王国騎士団に馴染めずにいたイザーク。
おそらくは肥大したプライドを落ち着かせるという意味も含んだ派遣であるシリカ。
そして、
俺はチラリとクイナを確認する。
彼女の力量を計る。
まず間違いない。
ダスカスよりも実力が上だ。
おそらくはあの町でクイナに勝てる者はいない。
隊長よりも実力が上の者がいては、それが直接問題となることはないが、ここまで実力差があればやりずらいことは確かだろう。
ダスカスはそんなこと気にしないだろうし、クイナも気にしないだろうが、周りがそうはいかない。
経験のあるダスカスに隊を任せ、実力のあるクイナにここを任せるのはいい采配だといえる。
クイナとイザークはそのことをわかっているようだが、シリカはわかっていないのかね。
それでも投げ出さずにきちんと任務はこなしているからいいとは言えるが、任期終了までに気づかなければ意味はないぞ。
とは言え、それは自分で気づくことだ。
ここで部外者の俺が何か言うべきではないし、クイナ達もそれがわかっているから言わないのだろうな。
俺はクイナに声をかけ、明日に備えて寝ることにした。
明日はいよいよ火山島に乗り込むのだ。
おそらく今までで一番大変な仕事になるだろう。




