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とある冒険者の漫遊記  作者: 安芸紅葉
第三章 休暇中の大騒動「燃ゆる温泉街」編
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閑話 カリア

「カリア、いますか?」

「ここに」


私の名前はカリア。

アタミ伯爵家に仕える誇り高い忍部隊の一人。

現在は特別なことがない限りアタミ伯爵のご息女、リリアン・フォン・アタミ様の護衛を任されています。


「今、シュウ様がいらしているそうです。挨拶をしてもよろしいでしょうか?」


何故お嬢様があのような奴に!

口には出しませんが胸の内は不満で一杯です。


「お心のままに」


そう答えると、お嬢様がとても嬉しそうに微笑みになります。

その表情に私の心はまた苛立ちを募らせます。


あの男は、どうしてこうも私を苛立たせるのでしょう。

初めて会った時からそうでした。


お嬢様は部屋を出ると、小走りに応接室へと行きます。

私も早足でその後を追います。


コンコン

「入りなさい」

「失礼します」


応接室の中には、私の主であるアタミ伯爵と、伯爵夫人メープル様、執事長のディラン殿がいらっしゃいました。

私もお嬢様に続いて中に入ります。


本来、護衛の立場の私は一緒に入ったりはしないはずなのですが、お嬢様は歳が近いこともあり私のことを友人の様に扱って下さり、側近くに控えることを許されております。

幸い私には料理スキルがありましたのでお嬢様のお茶の世話などある程度はできます。

礼儀作法も忍としてある程度は教わっておりますのでまるで近衛侍女のような役割となっております。


「こんにちは、シュウ様」

「ええ、こんにちは、リリアン嬢」


冒険者であるこの男が、リリアン様を嬢呼ばわりなど以ての外なのですが、お嬢様が直々に許可なされたので私は何も言えません。


「シュウ様、本日はどのよった御用で?」


心なしかお嬢様の頬が赤くなっている気がします。

まさかとは思いますが…


「先日の一件での報酬を受け取りに」


そこでアタミ伯爵の方に視線を向けると、アタミ伯爵は笑顔で頷いています。

この男は確か、前国王陛下からも報酬を貰っていたはずなのですが。


「私からの気持ちだ。大した物はあげれなかったが」

「いえ、大変素晴らしい物をいただきました」

「どんな物なのですか?」


その言葉に興味を抱いたのか、興味を抱いたことは別のものなのか、お嬢様が話しかけられます。

どうやらこの男は、報酬にアタミ伯爵家が所有する魔道具(マジックアイテム)を頂いたそうです。

なんとうらやま…いえ、腹立たしい。


私は、それから笑顔で話しを聞くお嬢様の姿を、男が帰るまで見続けなければいけませんでした。

苦痛です。


---


「今日はありがとうございました!」

「いえこちらこそ」


男が帰っていきます。

その横には黒い魔物の影。

夕日を浴びてきらめく姿が、美しいです。

隣を歩くのがあの男なのが勿体無い。


「カリア、あなたは何故そんなにシュウ様のことを嫌うのですか?」

「っ!?」


お嬢様が男の後ろ姿を見ながら問いかけてきます。

いつの間にかアタミ伯爵は屋敷の中へ戻っていたみたいです。


「お気づきになられていたのですか」

「当たり前ですわ。何年一緒にいると思っているんですの」


何故、その答えはわかっています。

ですが、認めてしまうのは嫌でした。


無難に受け流そうと目を向けると、お嬢様と目が合います。

その目は、初めて見る程静かな瞳で、偶にアタミ伯爵がする眼差しと同じです。

上に立つ人間の、下の人間の本心を引き出す目。

吸い込まれそうなその瞳を前に、私は気づけば心を露わにしていました。


「私は忍部隊でも、優秀だと言われてきました」

「知っています」

「ですが、あの男には敵わない」

「…」

「私が貴女に拾っていただけてから、どれほどの努力を、修練を積んできたか、あの男は私より努力を重ねてきたのかもしれません。修練をしてきたのかもしれません。才能というのもあるでしょう。ですが、年下のあの男に私は負けています。僅差ではなく、一生勝てない程に」


あの男と初めて会ったとき、前国王陛下に媚びへつらい贔屓されているだけの男だと思っていた。

ランクBの冒険者だと聞いていたが、あの歳でランクBなんて者は滅多にいない。

どうせコネでのし上がった実力の無い者だと思っていた。


だが、冒険者ギルド協会はどの国とも深い関わりは持たない完全独立組織だ。

前国王と何れ程親しかろうと、その査定に口が出されることはない。


あいつ自身の実力だったのだ。

私たちの全力の走りにも余裕で付いてきた。

気配を消すのも完璧であった。

それどころか、どちらも私を上回っているようであった。


その戦闘能力には、もはや疑うことはできなかった。

あの魔物の襲来時、私はあの男に助けられた。

私が苦戦していた魔物を一刀の元に切り捨てて、「大丈夫か?」と言ってきた。


あの時、敵わないと思ってしまった。

この男には一生、絶対敵わないと。


私は孤児だった。

6歳の時に、餓死寸前で倒れている所を、たまたまお嬢様が見つけてくれた。

お嬢様に食事を与えてもらった私は、お嬢様に忠誠を誓った。

お嬢様を守れるようにと。


そこからの訓練は大変だった。

盗みの経験くらいしかない、6歳の女子に、戦闘の訓練は地獄でしかなかった。

だが、前任の忍部隊長も、アタミ伯爵も、とても良くしてくれた。

気持ちが挫けることはなかった。


幸いにも私にはそれなりの才能があったようで、めきめきと実力を付け、何人かの先輩を圧倒言う間に追い越した。

ダスカス隊長は私が敵わない存在であったが、いつかは私の方が力を付けると信じていた。


自分が一生かかっても敵わない相手などいない、と。

お嬢様は私が守ってみせる、と。


しかし、今回のことで自分がかなり思い上がっていたことを知った。

あの男は絶対的な強者であった。

あの魔神には本能的に恐怖した。

その魔神さえも、屠ったあの男に決定的な敗北感を植えつけられた。


その癖、あの男は、それだけの力を持ちながら、あれだけの力を持ちながら、報酬を貰って力を振るう、冒険者なんて職業についている。


冒険者なんていうのは報酬が無ければ動かない奴ばかりだ。

前に一緒に仕事をした冒険者は、私を女だと侮り、更には報酬が低いと、文句を言った。

それほどの働きをした訳でもないくせに。

冒険者なんていう輩は、そんな奴らばかりだ。


「…報酬を貰うのは悪いことですか?」

「報酬しか頭に無いような奴は嫌いです」

「シュウ様は、今回報酬を貰わなくてもいいとおっしゃったそうです」

「え?」

「俺に払う金があるならアキホの修復に使え、と」

「…」

「前国王陛下が説得し、ようやく報酬を受け取ってもらいました。しかし、その報酬はアキホでの入浴料全面免除特権というものです」

「は?」

「ふふ、よほど温泉が好きなのでしょうね。今日呼ばれたのは、流石にそれだけでは、と思った父が私財より出すと言ったからです。それでも渋っておられたそうですよ」

「…知っておられたのですか?」


さっきは何故今日来たのか聞いていたような気がするが。


「シュウ様が来ていることを知っているのに、何故来たのか知らぬ筈がないでしょう?」


お嬢様が悪戯っぽく笑う。

言われてみればその通りで、返す言葉がない。

では何故聞いたのだろうか?


「あ、あれは!他に言うことが思いつかなかったからですわ!」


お嬢様の頬が赤くなっている。

私はそれを夕焼けのせいだと思うことにした。


「あの方は、あなたが思っているような冒険者とは違います。冒険者にも様々な方がいますわ」


お嬢様が微笑んだ。

私はそれを眩しく思った。


---


「あ」

「お?」


珍しく休暇を与えられた一日。

無くなりかけていた消耗品類を買い足す為に、買い物をしていると、あの男に会った。


「よぉ」

「あ、ああ」


まるで気心の知れた友人であるかのように声をかけてくる。

その態度に、私はまた器の違いを感じてしまう。

この男に対する私の態度が良い物ではなかったのは、私が一番知っている。


「買い物か?」

「そうだ」

「ふーん」


男は私が買った物をチラッと見て、興味を無くしたようだ。


「ん」

「ん?」


気づけば男は手に握った串焼きをこちらに向けている。

意味も分からず私はそれを受け取る。


「うまいぞ」


男が言ってから串焼きにかぶりつく。

とても美味しそうに笑う。


それはよく見る魔物の串焼き。

何の変哲もなく、伯爵家で出るような料理とは雲泥の差がある。


私はその串焼きをジッと見てから、同じように口に入れる。


「美味しい…」

「だろ?」


男が自分のことのように嬉しそうに笑った。

思えばこれは男が買った物だ、私が貰ってよかったのだろうか。

だが、そんなことなんとも思っていないようだった。

隣の魔物にも与えて、魔物が器用に串焼きを食べるのを笑顔で見ている。


「…ありがとう」

「どういたしまして」


聞き取れないくらい小さい声で言ったのに、男には聞こえていたようだ。

答えられて顔が熱くなる。


だが、こんな休日もいいかもしれない。

友人と過ごす休日なんて今までなかった。

たまには、いいのかもしれない。


私は食べ慣れている筈の串焼きをとても美味しく感じながら、そう思った。

明日から4章スタートです。

サブタイトルは考えてあるのですが、少し進むまでは伏せておきますのでご了承ください。

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