閑話 ある日、森の中
季節は初秋。
深淵の森でのゴタゴタが終わり、ランクBになった俺は、魔物の討伐依頼を受けようと思っていたが、見つからない。
他の依頼も目に付くような物はなく、今日は宿でゆっくりしようと思い直し、俺は「牡牛の角亭」へと戻ってきた。
「キノコ?」
宿で食事を摂っていると、丁度暇だったのか、女将のマーサさんが腰かけて話相手になってくれている。
いや、もちろんこの場合逆なのだが、そんなことは言えない。
「そうなのよ。この時期、ガイデン森林で採れるキノコ料理はうちの名物料理でもあるんだけどね。今年はいいキノコがあまり手に入らなくてねー」
なんでもいつもキノコを採ってきてくれる人が足を怪我して、今年は採取に行けなかったらしい。
その代わりに別の人に行ってもらったのだが、上質なキノコを多くは採取できなかったようだ。
「ふーん…キノコねぇ」
「キノコなのよ」
そこでマーサさんが俺の方をジッと見ていることに気付く。
笑みを浮かべながらも何かを期待する強い目だ。
「…俺に採りに行けと?」
「採ってきてくれるのかい!?」
「なぜ俺に?」
「あんたが最初の依頼で高品質の薬草ばかりを持ち込んだのは話題になってるからね!薬草がわかるならキノコもわかるだろうさ!」
どんな理由だ。
「…条件次第だな」
「…なんだい?」
伺うようにこちらを見る目はとても強く、頼む態度には全く見えないが、悪い人ではない。
こういう交渉の時には強く出た方がいいとわかっているのだろう。
「ファーザさんのキノコ料理食べ放題」
「採ってきた量によってどうだい?」
「…アステールもいいんだろうな?」
「あんた次第さね」
「…乗った!」
「交渉成立だね!」
がっちりと握手し、俺は立ち上がり、ガイデン森林へと向かう。
ふと立ち止まり、振り向く。
「ガイデン森林ってどこだ?」
マーサさんがきれいにこけた。
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「さぁアステール、キノコ狩りだ!」
「クル!」
食べ物だからか、アステールもやる気十分だ。
俺も、うまい飯のために頑張るぞ!
キノコを採ってきてくれと言われ、俺たちはガイデン森林に来ていた。
ガイデン森林は、最初に俺がいたあの森の名前で、南門を抜け少し行った所にある。
奥に行けば魔物と遭遇することもあるそうだが、被害は滅多に出ないらしい。
ララたちは運が悪かったのかね?
ところでキノコなのだが、なんでもいいと言われた。
ガイデン森林には多種多様なキノコが生えているそうなのだが、そのどれも美味しく調理できるということ。
毒キノコはいらないけれど、それも売れないことはないから採って来いとのことだ。
毒キノコをどこに売るのかは聞かなかった。
そういうわけで、俺たちは、絶賛キノコ狩り中だ。
アステールは森に棲んでいたこともあり、キノコを見つけるのがうまかった。
俺はそれを鑑定し、上質な物だけを採る。
マーサさんから借りた背負い籠はあっという間に埋まっていく。
これなら俺たちはキノコ狩りのプロと名乗ってもいいかもしれない。
「えーっと次は…」
キノコ狩りに夢中になった俺たちは、気づけば森林の奥まで来ていた。
普段誰も来ないのか、奥に行けば行くほど、上質な物が見つかるのだ。
魔物も見かけたが、なぜか襲っては来ず、何やら忙しそうにしていた。
アステールがいるというのもあるのだろうが、どうにも様子がおかしい。
最近討伐依頼が減ってきていることに関わりがあるのだろうか?
「よし!けっこう採れたな、アステール」
「クルゥ」
いつの間にか籠は完全に埋まっている。
これだけあれば大丈夫なのではないだろうか。
ディメンションキーの中に入れて、もう少し採ってもいいのだが、どうするかな?
そんなことを考えていると、森の奥から何やら大きな影がこちらに向かってのそのそと歩いてきているのが見えた。
どうやら熊のようだ。
だが、その大きさはその熊がふつうの熊ではないことを物語っていた。
「でか…」
見上げるほど近くまで近づいた大熊。
その姿は、ツキノワグマの毛色を黒にして、倍以上の大きさにした感じだった。
愛嬌はなく、歴戦の猛者であると語るような大きな怪我が、肩から胸にかけてついている。
四足歩行で近づいてきた熊は、後ろ足で立ち上がると、おもむろに口を開いた。
『何用でここまで来た人間』
「熊がしゃべった!?」
大熊は、ダンディーで渋めなかなりかっこいい声で流暢に言葉を話す。
『言葉を解するは人だけだとでも思うていたか、愚かな』
「す、すまない」
熊に説教されている…
なんだこの状況は。
『それで、何用で来たのだ』
「あ、ああ。キノコだ」
『……キノコ?』
「ああ、キノコだ」
俺は背負い籠の中身を見ながら答える。
と、熊はキョトンとしてから声を上げて笑い始めた。
俺が不思議な顔でそれを見ていると、やがて落ち着き話し始める。
『すまんすまん。この時期とは言えまさかそのような理由でここまで来る者がいるとは思わなんだ』
「この時期?」
『そうだ。魔物たちが小僧たちを襲わなかっただろう?変だとは思わなかったのか?』
「ああ!そうそう。変だと思ったんだよ」
『この時期は越冬に向け準備をしているからな。人を襲い討伐に人が来られても困るし、万が一やり返されて怪我などしようものなら冬が越せなくなる。少しでも考える力のある者は人を襲ったりせぬよ』
なるほど確かに。
人の肉を手に入れるリスクを考えたら、襲わずに別の食糧を探した方がいいということか。
「じゃあ、なんであんたは出てきたんだ?」
『ここは我の縄張りであるからな。だが、最奥まで来るような人間はなかなかおらぬ。力的にも我が出るしかあるまいて』
この大熊はAランクの上位ほどの力だろうか。
Sに届くは微妙そうだが、少なくても今のアステールよりは強い。
「最奥…いつの間にかそんなとこまで来てたんだな」
『この先には我らの秘密が存在する。人に知られてはいけない秘密がな。今はまだその時期ではない、帰ってはくれぬか』
返答次第によっては容赦はしない。
そんな威圧感を出しながら大熊が言う。
気になりはするが、今日の目的はあくまでキノコだ。
ここで無駄な争いをするのは本意ではない。
「俺はキノコが取れたからもう帰るさ。それよりそんな簡単に秘密だなんて言っていいのか?」
『構わぬ。お主からはあの子と同じ臭いがする』
「あの子?」
『3年ほど前か、この森にやって来た。妙に他者を惹きつける不思議な子だった。我を見て、可愛いなどと抜かしおったわ』
それはとても、幸せな記憶なのだろう。
「あの子」について話す大熊はとても優しい顔をして懐かしんでいる。
だが、同時にどこか寂しそうでもあった。
「そうか…」
『お主にも似た所はあるが、あの子は別格であろうよ。世の全てがあの子には味方しているかのようだった』
「へー?」
そのあの子に興味がでてきたな。
いつか会えるだろうか。
『ではさらばだ人間。キノコならばいつでも取りに来い。たくさんあるからな』
「ああ、ありがとう。そうだ、あんた名前はあるのか?」
『ふふ、あの子と同じことを聞く。あるぞ、無いと言った私にあの子が付けてくれた宝物のような名前が』
「そうか、俺はシュウだ。シュウ・クロバ」
『サンダース』
大熊、サンダースはそれだけ言うと身を翻して、また奥へと戻っていった。
歩いていく先には小さい二頭の熊の姿が。
サンダースの守りたかったものには、あれも含まれるのだろうな。
俺も踵を返し、ガイアへと帰ることにする。
だが、夢中できたために道がわからず、結局アステールに乗って空を飛んだ。
道がわかるようになるスキルとかあればいいのになぁ。
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宿に戻った俺は、マーサにキノコを渡し、アステールと一緒にキノコ料理を満喫した。
ファーザのキノコ料理は絶品で、俺はそれから何度かキノコを採りに通うことになる。
だが、奥までは行かなかったのでサンダースと会うことはなかった。
あの大熊と俺が再会するのは、もう少しあとのお話。




