第66ページ 魔神討滅要請
地下水道合流地点は町の中心広場の真下だった。
地上へ出ると、先ほどの禍々しい光が真っ直ぐ空へと伸びているのがわかる。
それは雲を突き抜け更に上へと伸びている。
「「緊急事態です、シュウ様」」
「お前らか…」
急に後ろに現れた二人。
それは巫女装束を着たあの二人だった。
「お告げでもあったか?」
「「はい」」
「なんだって?」
「「破壊神の封印の一部が解けたと」」
「一部か…」
やはりそれは正規の方法で開けた訳ではないからか。
あるいは単純に霊魂の数が足りなかったのか。
わからないが完全復活よりはマシということは確かだ。
「それで?どうすればいい?」
「一度解けた封印は戻せません」
「一部とはいえ破壊神がこの場に降臨します」
「心臓を破壊してください」
「あれは破壊神がこの場に留まる為の寄り代」
「身を成す為の縁」
「壊せば破壊神は天上の座へと戻ります」
「後は神々がなんとかするそうです」
どこまで信用していいものやら。
だが、他に方法を知っているわけでもない。
ここは信じてみるか。
「破壊神の心臓を壊せと言うのは簡単だが、昔はできなかったんだろ?」
「あの時とは状況が違います」
「あの時は完全な状態の破壊神が現界していました」
「今回は不完全な状態」
「更には長年の封印状態により弱体化しています」
「それに何より」
「「あなたがいます」」
「…」
そんな過剰な期待をされても困るのだが…
神の殺し方なんて知らないぞ?
「これを」
「…これは?」
差し出されたのは桐の箱。
開けてみると中にはやはりと言うべきか、ひと振りの刀があった。
「俺は今の刀を気に入ってるんだが?」
「その刀は人が造れる武器の中では上位に位置する力を持っているでしょう」
「しかしながら、その刀では神を斬ることはできません」
「これをお持ちください」
「あなたに渡すようにと言われております」
「…」
斬鬼で神を斬ることはできない…か。
親父さんはいい鍛冶屋だが、人の域は超えていない。
人が打った刀で神を殺せてしまうということになれば、色々大変なことになるとは思う。
思うが、一抹の寂しさは覚える。
だからと言って神を斬れる刀を打ってくれなんて頼んだら何事かと驚かされそうだ。
帰った時に一度言ってみるか。
【神刀】天羽々斬
品質X、レア度10+、鍛冶と酒の神ドランバッハの作。
鍛冶と酒の神ドランバッハが丹精込めて鍛えし太刀。
竜を斬り、その血肉を吸収。更に神格を高めている神殺しの刀。
解合は「断」
日本神話に出てくる神刀と名前が同じというのは何故なんだろうか?
考えても仕方ないことだとは思うが、気になってしまう。
直に触れることで解合の意味もわかった。
だがこれはできれば使わずに済ませたい。
俺のスキルにより扱いきれるのだろうが、扱いきっても被害が甚大になりそうだ。
そもそも神剣や神刀の解合は現世で使うべきものではないのかもしれない。
天羽々斬は、大太刀に分類されるだろう長さの刀身を持ち、無駄な装飾など一切ない。
柄は白木に金の紐が巻かれただけのシンプルなもので、鞘は黒染め、鍔は鈍い金。それぞれに龍の文様が刻まれている。
刀身は見事な重花丁子を浮き上がらせ、鈍く光っている。
美しいとは思うが、それ以上に畏ろしいと感じる。
これは人が持ってはいけないモノだ。
その刀を持ち、今から神を斬ろうと言う俺は、果たして人であるのか。
…いや人を辞めたつもりはないが。
「「ご武運を」」
「ああ」
俺の覚悟が決まったことを感じてか、二人が声をかけてくる。
それに応えると、二人はどこかへと消えた。
識図展開を使えばどこに行ったのかわかるだろうが、今はそんなことどうでもいい。
「よぉ兄ちゃん!」
「…ギースか」
「なんかすげーことになってんなぁ!で、兄ちゃんがこれからあれを斬りに行くのかい?」
ギースの目は天羽々斬に向けられ、黒い光の奔流へと向いた。
そちらでは黒い光が収まりつつあり、代わりに巨大な人型の何かの影が見えていた。
東京タワーほどの大きさはありそうだ。
「俺がやるしかないらしいからな。代わりにやってくれるか?」
「はっ冗談言うなっての!俺にはそんな大役荷が重いぜ」
「激しく同感なんだがな」
ギースは笑って、わざとらしく大げさに一礼し、後ろへ下がった。
非凡な実力の持ち主であるからこそ、俺がこれからすることの意味を感覚でわかっているのだろう。
「クルルゥゥゥゥ!!」
上を見れば、こちらに向かって一直線に飛んでくる一匹の魔物。
未だ夜でありながら、存在感のあるその黒いヒッポグリフは、両翼をはためかせ、俺の前に着地した。
「乗せてくれるか、アステール?」
「クル」
もちろん、と言うように膝を折り、俺が乗りやすいようにしてくれる。
ありがたく思いながら跨り、一度ギースの方を見ると力強く頷かれた。
「飛んでくれ」
「クル!」
声をかけると勢いよく空へと駆け出す。
実際は翼で飛んでいるのだが、まるで空を走っているかのような感じだ。
……そういえば俺も空を走れるのだった。
今度空でアステールと競争でもしてみようか。
黒い巨人は動く気配がまったくない。
どこか戸惑っているような気配が感じられる。
「無抵抗な相手を斬るってのは騎士道に反するが、生憎俺は騎士じゃないんだ。悪いな」
天羽々斬を構えると、回復しかかっていた魔力と何かがごっそりと抜ける感じがし、刃が長大化した。
斬る対象により、刃の長さが変化することがこの神刀の能力のようだ。
アステールはぐんぐんと高度を上げていく。
「あの時を思い出すな、アステール」
初めて共闘した魔人巨兵もどきはこれよりも小さかったし、力もまるで違うけれど、似たような状況だ。
あの時よりも自分は強くなっている。
だが、果たしてこれを斬れるのだろうか?
やがて、黒い巨人の心臓部が見えてくる。
心臓は体内ではなく、体外に露出され、何とも気持ち悪い接合の仕方となっていた。
これも中途半端な開き方をしたが故か。
ふと気になり、上を見る。
巨人の顔を視認できる距離ではあったが、本来顔がある部分に顔はなく、あるのは頭の輪郭を象った黒だけだった。
だが、黒い巨人に意思がないかと言われると、そういうわけでもないようだった。
ならば何故動かないか、と聞かれるとわからないが、動かないことも含めてこの巨人の意思であるように思えた。
「お前が何を思っているのかわからんが、動かれるのも困る。一気に片付けさせてもらうが構わんか?」
それに応えるように天羽々斬が光を放つ。
それはまるで白い靄のような淡い輝きであったが、この世ならざる物であると思える神聖なものだった。
この大太刀では居合切りなど不可能。
本来大太刀は、馬上において突きや切り払いにより戦う武器だ。
だがこの太刀は、どうやら切断がお好みのようだ。
まるで太刀自身に意思があるかのようにそう感じられた。
「やれやれ、我侭な刀だ。では、人間の都合で呼び出されて恐縮だが、魔神さん。また元の場所に戻ってくれるかね!」
言葉と共に天羽々斬を横薙ぎに振るう。
魔神の体をいとも簡単に斬ったその一閃は、丁度心臓の中心分を切り裂き、更には魔神の体そのものを上下に切断した。
『グォォォォォォォオオオ!!!!』
「…口がないのにどこから声が出てるのやら」
魔神の断末魔は壮絶なものだったが、耐えられないほどではなかった。
しかし、アステールは嫌だったようで素早くそこから退避を始める。
「終わったかね?」
俺がつぶやいて後ろを振り返ると、斬った心臓が二つ輝きを放った。
「まずいっ?!全速力で逃げろアステール!!」
「クル!?」
その十数秒後。
盛大な爆音が轟き、アキホの町の中心分が消し飛んだ。




