第49ページ アキホ
前方にようやく外壁が見えてきた。
ガイアの街と違い、辺境伯城や教会のような大きな建物はないようで、ここからでは中の様子は伺い知れない。
だが、その喧騒は伝わってきており、盛り上がっているのがわかる。
「ようやく着いたな、アステール」
「クル」
「さぁ、久しぶりの温泉だ!」
と走り出したところで、後ろからセゾンに止められた。
いかん、すっかり忘れていた。
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「すごい人だなぁ」
「アキホは交流の街ですから。アキホより更に西へと向かうと、獣族の大陸バルファルファへと続く、陸路唯一の道があります。それ故ここは多種多様な種族が集まるのです」
門番は、アステールを見て驚いていたようだが、ここには従魔師が来ることもあるようで、従魔のしたことの責任は従魔師が取る、など注意事項の説明だけ受け、すんなりと通してくれた。
言われてみると、そこにいるのは人族だけではない。
猫耳を生やしたものもいれば、犬人の男もいる。
初めて見る人以外の存在に俺は圧倒されていた。
「更にこの街は、温泉が湧き出たことで温泉街としても有名となり、大陸中から人が集まります。その結果、儲けに敏感な商人達も集まり、繁華街としても有名となりました。ここいらの領主であるアタミ伯爵はウハウハですよ」
ここの領主はアタミ伯爵というのか、それはなんとも温泉街の領主にピッタリの名前だな。
しかし、アタミか…まさか異世界人か…?
「温泉を掘り出したのは初代アタミ卿でして、その功績により爵位を授けられたそうです」
「…いつの話だ?」
「今からだいたい150年前ほどでしょうかね」
初代は生きてはいないか…
異世界人がみんな不老になれるとも思えないし。
話を聞きに行ってみるべきか?
いや、ここは大人しくしておくか。
「それでは、シュウさん。私たちは商業ギルドの方へ行きますので」
「へー商業ギルド」
「はい。ガイアにはありませんが、商業が盛んな街にはありますよ。何か商売を始めるのでしたら登録をしておいた方がよいかと。必須ではありませんが、支援を受けられたりしますし、変な軋轢が生じたりもしません」
「商売を始めることなんてないと思うが、まぁありがとう」
断言してもいいが俺に接客は向いていない。
「いえいえ、こちらこそ。道中シュウさん達のおかげで無事に来れました。ありがとうございます」
「仕事だからな」
依頼書に仕事達成のサインを貰い、グード達と別れる。
グード達は、祭りの間一週間ほどここで商売をした後、ガイアへは戻らずに王都へ。
そこで、これからの商会の経営会議があるそうだ。
なんとも仕事熱心なことだ。
このアキホへも支店が出せないか現在検討中らしい。
「また機会があればよろしくお願いしますよ。何卒、グード商会をご贔屓に」
「時間が合えば飲みにでも行こうや」
そう笑って、足早に商業ギルドへと向かっていった。
俺たち冒険者組は、依頼達成の報告へ冒険者ギルドへと向かう。
いい機会だからと、草原の光はグード達が出す予定の王都までの護衛依頼も受け、王都見物に行くそうだ。
王都に行く際には馬車も一台だけで人も減っているらしいので十分だろう。
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冒険者ギルドへと着いた俺たちは、依頼完了を報告。
問題なく報酬を貰い、丁度いいので昼飯を一緒に食べることに。
ギルド内の食事処を利用する。
「グードさん達が出発するまでの間は、僕たちも休暇にするつもりさ。今回の報酬もあるし偶にはね。それに慣れてない土地で依頼を受けて失敗するのも嫌だしさ」
さすが、慎重派だな。
そんなこと考えもしなかった。
まぁ俺の場合はどこでも慣れてない土地だから考えても仕方ないのだが。
「今日はゆっくり休んで明日から私とテーネはショッピングよ!この街は時期によって売っている人も物も違うから飽きないのよね」
「そうですね。ついでにパーティーに必要な物資も補充しておきますよ」
「わかった。それならあまり多くならない程度にね。ここに拠点はないからさ」
「俺は武器防具屋を回ってみるかな。そろそろ新調したいところだ」
「うーん。それはガイアの方がいい物がありそうな気もするけど…いいのがあったら要相談ってことで!」
「ああ。エントはどうするんだ?」
「僕は情報を集めるよ。付近に生息している魔物や、王都に行く道の注意事項、最近の情勢や動向なんかだね」
パーティーでしっかり役割分担ができている。
腕の方も申し分なかったし、近いうちにBへ上がるのではないだろうか?
危険な依頼は受けないようだから、功績を示す機会はないみたいだが。
エントの慎重さは筋金入りだな。
「シュウはどうするんだい?」
「俺か?俺は春になるまでここにいるつもりだ」
ガイア周辺の冬の魔物というのにも興味はある。
が、しかし。
温泉の魅力には敵わない。
なにせこの世界に来て温泉には入ったことがないのだ。
風呂に入る機会は何度かあったが、大半の日は水浴びが精々。
依頼で野営なんかだとそれさえないこともある。
現代日本で育った俺にはなかなか苦痛だった。
「そうか…シュウがパーティーに入ってくれるかもと期待していたんだがな」
「悪いな。どこかに入る気はないんだ」
草原の光はいいパーティーだが、俺は集団行動というものがどうにも苦手だ。
偶に組むくらいなら問題はないが、固定となるとどうしてもな。
「また機会があれば一緒に依頼を受けよう」
「その時は頼むな」
こうして俺たち別れた。
ガイアを拠点にしていればまた会う機会もあるだろう。
俺は自分が泊まる宿を探しに行く。
アステールがいるので厩の管理がしっかりしている所ではないとダメだ。
「待たせたな」
「クル」
問題ない、という様に首を振る。
だが、その視線は一点に固定されていた。
「……」
目線の先には屋台がずらり。
向こうの世界で見たような物から、見たことない物まで。
食べ物の屋台がずらり。
「…行くか?」
「クル!!」
早く!という様に進み出たアステールに若干呆れながら歩いていく。
食費という文字が頭の中を回っていた。




