第304ページ 依頼
翌日。
アステールとウィリアムに見送られ、俺は獣都の冒険者ギルドに来ていた。
街のほぼ中心にあり、周辺の店より大きく作られた木造のギルドは、内部に作られている酒場で昼前から飲んでいる冒険者も多い。
俺がギルドに入ると視線を感じたが、少しすると興味がなくなったように話しに戻る。
獣人でないからと絡まれることはないようだ。
「さて、どんな依頼があるかな」
依頼書が張り出されている掲示板は、昼前ということもあり良さそうな依頼は既になかった。
残っているのは報酬が安かったり、距離が多かったりというものや、単純に依頼の難易度が高く設定されているものが多い。
中には、紙が古くなっており何年も前から貼りだされているのだろうものも見受けられる。
「塩漬け依頼を受けるのかい?」
興味が沸き、眺めていると後ろから声がかかる。
振り向くとそこには懐かしい顔があった。
「やぁ、ギース。久しぶりだな」
「うっす、シュウ。獣都に来ていたというのは本当だったんだな」
「ああ、まぁな。ギースこそ獣都にいたんだな」
「俺は師匠のところに里帰りだな」
世界に七人しかいないSS冒険者、野犬と呼ばれる男は片手に酒瓶を持ちながら相も変わらない人好きのする笑みを浮かべていた。
「シュウの方は色々やってるみたいだな。聞いたぞ?」
「成り行きだ」
「そうかい、獣都にはどのくらいいるんだ?」
「依頼で空けることはあるかもしれないが、当分の間はいるつもりだな」
「そうか!それじゃあまた酒でも飲むか!」
「俺は飲まないがな」
愉快なやつだが、以前Sランク昇格試験を受けた時よりも生傷が増え、身体も一回り大きくなった気がする。
あれからまだ半年ほどだというのにどれだけ鍛えたんだか。
「んで、その依頼受けるのか?」
「ん?ああ、まだ見てただけだがこのどれかを受けることになるだろうな」
おつかい系の依頼が残ってはいるんだが、こういうのは低ランクの冒険者に受けさせる依頼であり、俺が受けるのはよくないだろう。
必然的に難易度が高いものになるんだが…
「あんまり高ランクの依頼もないな、ギースが片付けたのか?」
「まぁな。師匠に言われてよ」
「そうか」
単純に高ランクの魔物討伐依頼などはギースが修行のために行ったと。
残っているのは採取依頼や、少々特別な討伐依頼。
護衛依頼もあるが、護衛依頼を受けるのはある程度獣都で活動して名が知れてからの方がいいだろう。
「そうだな、これにするか」
「助けてくれよ!!」
「ん?」
数ある塩漬け依頼から俺が興味を惹かれたものを選んでいると、ギルド内に少年の声が響き渡った。
それまでガヤガヤと話しをしていた冒険者たちも静まり、声のした方に目を向ける。
「なぁ頼むよ!お金はどうにかするから!」
「そういう問題ではないんだよ、参ったね…」
どうやらカウンターで少年が職員ともめているらしい。
職員も困っているようだが、少年はとても焦った顔をしており必死だ。
「おい坊主、あんまりうちの姐さんを困らせるんじゃねぇぞー。怖いからな」
いつの間にかそちらへと近寄っていたギースが少年に声をかける。
急に声をかけられた少年は、一瞬びくっとして振り向きギースを見たがその笑顔に少し緊張感も解けたようだ。
「で、でも…」
「どうしたんだい、姐さん。あんたが子どもと揉めるなんて珍しい」
「別に揉めちゃいないよ、飲んだくれ」
職員の女性はギースに視線をやり、酒瓶を見て一つため息をつく。
その後、なんだかんだ近づいてきた俺を見て、「おや?」と首を傾げたが、少年は尚も言い募る。
「だって、このままじゃ俺の村が!」
「村がどうしたんだ?」
少年の様子にただごとではなさそうだと俺が尋ねると、助けてくれると思ったのか期待を込めた目で俺の方を見てくる。
「助けてくれ!大変なんだよ!」
「だからどうしたんだ?」
気が急いて説明にならない少年の話を整理すると、どうやら村に魔物が出て田畑を荒らしているらしい。
肉食ではない魔物らしく、現状では人に被害は出ていないが、その田畑は村の唯一と言っていい収入源で、もしそこが食い荒らされることがあれば今年の生活は絶望的になってしまう。
「大変じゃないか。なんで依頼を受けないんです?」
「受けないんじゃなくて受けれないんだよ」
これは坊やにも話したんだけどね、と職員の女性が説明をしてくれる。
まず第一に、少年の言う村というのはここから馬車で1日もかからない距離にあり、獣都にも重要な穀物地帯らしい。
それ故に、村は獣王直轄の地として何かあればまず村長から獣王へと連絡がいく。
その後、必要であればギルドに連絡があり冒険者へ依頼として通達される。
第二に、もし獣王を通さずに依頼を受けた場合。
今代の獣王であればギルドも村側も咎められることはないし、事後となるが依頼料等の必要経費も国から出されるとのこと。
しかしながら、その場合であれば依頼の責任はギルドに発生することになり、討伐依頼であれば魔物の種類や数など要因を調査した上で冒険者へと依頼を発注することになる。
これを怠り冒険者に何かあればギルドのせいになってしまうからだ。
「どちらにしろ時間がかかってしまうんだ」
「なるほど、緊急依頼扱いにするとかは無理なんですか?」
「緊急依頼はそう簡単に出せるもんじゃないんだよ」
上位の冒険者に受注義務が生じる緊急依頼は、発令するのに縛りがあるそうだ。
今回の場合はその要件を満たしていると判断できないらしい。
「ギルドとしては一般依頼として受注した後、調査員を派遣して冒険者に発注をかける形しか取れないね」
少年はその話を聞いて悔しそうに顔をしかめた。
納得はできないが理解はしたのだろう。
「ふむ、なら少年。俺が個人的に依頼を受けよう」
「ほんとか!?」
「それも許可はできないね」
少年の目が期待に輝くのと、職員からの制止がかかるのはほぼ同時であった。
「なぜです?冒険者が個人的に依頼を受けることを止める権限はありませんよね?」
「シュウが普通の冒険者ならそうなんだがな、Sランクの冒険者がそれをすると他の冒険者のためによくない。高ランクの冒険者が善意で依頼を受けたという前例は作らない方がいいんだ」
「なるほど…」
この少年が味を占めるとは思わないが、俺が今、依頼を受けることによってあの時は受けてくれたのにという前例があっては後々困るだろう。
「なぁ姐さん、ひとまず一般依頼として受注処理しちゃくれませんかね?」
「ああ?そりゃ構わないけど…」
「よっしゃ、そんで姐さん調査員の派遣と言っても、人手が足りないって言ってましたよね?」
「うん?いやそんなことも…ああ、なるほどね。そうだそうだ、人手が足りなくて困ってたんだ。ギース、あんたちょっと依頼を受けてくれないかい?」
「仕方ないっすね、調査先での判断は任せてもらえやすか?」
「ああ、もちろんだよ」
悪い顔をしている大人が二人。
少年は何のことかわかっていないようだ。
早い話が調査員としてギルドからの依頼を受注。
調査に赴いた村で、調査員としての権限を利用して魔物を討伐してしまえということらしい。
「すごいな、ギース」
「伊達に長く冒険者やってねぇからな!」
ハハハと胸を張るギースを見直した。
何も考えないタイプだと思っていたのは申し訳なかったな。
そうこうしている間に、職員の女性が書類を用意して持ってきた。
「それじゃ頼んだよ、ギース。それから英雄さん?」
「俺のことを知っていたんですか?」
「当然さね!王から通達もあったからね。あたしはアギーラ。獣都冒険者ギルド長さ。これからよろしくね」




