第303ページ フィルン
「それではシュウ様、契約を」
「うん、従魔契約だな」
さて、そうなれば名前を付ける必要がある。
何がいいか…会って数分の相手に名前を付けろって酷じゃないか?
「よし、決めた。我ここに汝と契約を願う。我が下に従い、我の命に従い、我が家を任せる」
友とは呼ばない。
彼女の望みはそうではないだろう。
「汝が名はフィルン。俺たちの帰る場所で在ってくれ」
由来は、ドイツ語で恒星を表すフィクスシュテルンから。
これから俺たちがあちこちに行っている間も、この場所にいて守ってほしいという願いを込めて。
「確かに拝命致しました、ご主人様。私、フィルンはこの家を生涯の家とし、仕えることを誓います」
スカートをつまみ、礼を取る。
カテーシと言われる礼儀作法だ。
その瞬間、フィルンの胸が光り、あっという間に彼女の身体すべてを包んだ。
「なんだ!?」
「これはこれは…」
落ち着いているウィリアムに、この現象が特に危険な物ではないとわかる。
しばらくして、光が消えていき、その場にいたのは既に少女とは言えなくなったフィルンの姿だった。
「これは…」
「存在進化です。魔物や精霊種に起こるものですね。私も見るのは初めてです」
「すごいです、ご主人様!契約を結んだだけで位階が二つも上がりました!」
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[ブラウニー・オブ・オールワーク]名前〔フィルン〕ランクC
家に住み着き、家人の手伝いをする妖精。
家人であろうと姿を見ることは稀であるため、その姿を見た者には幸運が訪れると言われている。
あらゆる家事に精通し、眷属を使役する。
状態:従魔
性格:寛容
スキル:家事、眷属召喚、眷属使役
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先ほど視た時とは種族が変わっている。
これがフィルンの言う位階が上がったということなのだろうか?
「進化みたいなもんか?」
「左様でございます。私も本で読んだ通りですが、ブラウニーには階級があり、あがるほどに出来ることが増えるそうです。最終的には一軍を相手にできるほどの戦闘力も持つとか」
「…」
戦闘力…いるか?
家妖精に何をさせるつもりなんだ。
「それでは早速。『眷属召喚』!」
フィルンがそう叫びながら腕を開くと、ポポポンという警戒な音と共に小さな人型が三体現れた。
丸顔だが目などはついていない。
どことなく愛らしいそいつらはフィルンの指示に従い、四方へ散っていく。
ある者は箒を取り出し、外へ。
ある者は包丁を取り出して厨房へと向かった。
「新たな力をありがとうございます、ご主人様」
「ああ、そのご主人様というのはやめてくれないか?」
どうにも気恥ずかしく感じでしまう。
「それではなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「普通に名前でいいよ」
「そういうわけには参りません。私は仕える者ですから」
「そ、そうか?」
「はい。上位であることを示さなければなりません。ご主人様がお嫌であれば、御館様ではいかがでしょうか?」
ふむ…ご主人様よりはましかな。
それほど偉いわけではないが、仕方ない。
「わかった。それでいいよ」
「ありがとうございます。より一層精進致しますので、宜しくお願いいたします。御館様」
そう言って、フィルンは恭しく礼をした。
そのあと、ウィリアムが家の中のことを教える。
どうやらブラウニーとしてフィルンが住み着き、俺ならそのまま働くことを許可するだろうと思っていたはものの、主の許可なく家の中のことを教えることはできないと説明はしていなかったそうだ。
ただ、ブラウニーとして家の間取りや、ある程度の用途は住み着いた瞬間にわかってしまうものらしい。
ウィリアムとしてもそれはわかっているものの改めて注意事項などは説明しておきたいとのこと。
具体的に言うと、俺の従魔たちのことが多かった。
火竜は何を好むや、ブラックヒッポグリフの毛づくろいの仕方など俺でも知らないことを何故知っているんだろう?
今度教えてもらおう。
そうしてフィルンに家の案内を終え、眷属の子が作った軽食をもらい獣大陸のホテルへと転移した。
「家のことは我々にお任せください。お帰りをお待ちいたしております」
―――
「久しぶりでございますね、アステール殿」
「クル!」
ホテルへ戻った俺たちは、アステールに経緯を説明。
早速ウィリアムは、アステールの世話をするための環境を整え始めた。
「明日から依頼を受けていく。アステールのことよろしくな」
「もちろんでございます」
「クル!」
なんとなくアステールに頑張ってと言われたような気がした。
俺がアステールの顔を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
今日は二人とゆっくり過ごすことに決めている俺は、ウィリアムが注いでくれたお茶を堪能しながらこれからのことについて考える。
アステールの羽替わりが終わるまで二か月。
その間は獣都を中心に依頼を受け、その後は獣大陸を巡ってみたい。
この大陸には、人大陸にも魔大陸にもない物がたくさんあるだろう。
今後のことに想いを馳せながら、窓から見える夕日を眺め友たちと過ごす時間は流れていった。




