第292ぺージ 巨人&狐人vs暗黒竜
「来ますよ!」
「んだ!!」
ズシズシと音を立て、巨大な暗黒竜は二人へと一直線に近づく。
その迫力はトラックなど比ではない。
しかしこの場合、衝突される側も一般人の比ではなかった。
「ふんぬぅ!!」
「Gyaooooooo!!」
鈍い音が辺りに轟き、巨人と竜がぶつかり合う。
それは間違いなくファンタジーならではの光景であったが、この世界の住人でもそんな光景見たことある者がどれほどいるか。
「狂竜ですか。確かに切り札と言えるでしょうね」
この世界において竜と呼ばれる存在は大きく二分される。
属性竜かそうでないかである。
地水火風、それぞれの竜王に連なる竜。
一般的に竜とされ知られている者はこちらである。
ではもう一方。
属性竜とは根本的に違う竜。
それは黒と白。
単純に闇と光の力を持つというわけではなく、その絶対数が極少数の竜。
しかし彼らは属性竜とは隔絶した力を持つ。
もちろん四竜王には敵わないが、一般的な竜であるならば相手にならない程だ。
そんな竜が狂竜となった。
狂竜とは理性を失い狂った竜を指す。
だがそれはただ狂うだけではない。
「狂化」というスキルが発動している状態なのだ。
「狂化」は人のスキルとしても存在し、その効果は全ステータスの上昇。
竜の中でも破格の力を持つ黒竜が狂化し、そのステータスは倍以上となっている。
更には暗黒竜という種族となり果ては名前さえついている魔物。
いくらイザークが巨人とのクォーターであるとはいえ対抗できるものではなく、暗黒竜が少し身じろぎするだけで、イザークは頬を膨らませ顔に血管を浮かべている。
そんな、必死な形相を浮かべるイザークとは反対に静かな声を出すクイナは、イザークが押さえつける暗黒竜の頭部にいた。
「理性がなくなっているとはいえ、知性がまるでないとは思いません。その翼、貰っておきますよ」
竜種と相対する段になって、もっとも厄介であるのはやはりその翼であると言えるだろう。
制空権を取られ、遥か高所から攻撃されれば対抗する術を持たない者にはどうしようもない。
そうであるからクイナは、ただ冷静に冷徹に暗黒竜の翼へと武器を投擲した。
黒光りする苦無は狙い外さず両翼の根本へと突き刺さり、爆発した。
「Guoooooo!!!」
「特別性の爆発苦無です。効くでしょう?」
痛苦によって暴れる暗黒竜に、イザークはとうとう吹っ飛ばされ、クイナはそちらを気にすることもなく地面へと降り立つ。
同時に新たな苦無を投擲し、狙い違わず暗黒竜の足の指の付け根へと突き刺さり、爆発する。
「Gyaooooooo!!」
「指の付け根は、さすがに強度も低いようですね」
どれほど硬い鱗に包まれていようが、鱗のない部分を攻撃すればいい。
指の付け根は、たいていの生物に共通した脆い部位である。
「Gururuuuu」
「おや、怒りましたか?」
「Gaa!!」
目を血走らせ、よだれをまき散らしながら暗黒竜は吠える。
その口に魔力が充填される。
「ブレスですか!」
充填された魔力は、そのまま暗黒の火炎となって噴き出された。
属性によって異なる竜のブレス。
暗黒竜の場合は、火属性が付与された闇のブレスであった。
クイナは持ち前の敏捷性と察知力によりブレスが放たれる前にその場を飛びのく。
しかし、放たれたブレスは近くにいなくともその身を焦がし、少なくないダメージをクイナへ与える。
「くっ」
これまで優位に攻めていたように見えるクイナであるが、暗黒竜を一方的に倒しきる力は持ち合わせていない。
弱点部分を優先して攻めることによって自身の情報が渡っていないうちに少しでもダメージを与えておこうとしたのだ。
暗黒竜のブレスを受ければ一瞬で死にかねないのである。
「どくだっ!」
そこにイザークがどこから取り出したのか大斧を掲げながら走ってくる。
マジックアイテムではなく、ただただ硬度を高め壊れないことを追求したイザークの武器。
「どうりゃっ!!」
力任せの一撃が、暗黒竜の尾に炸裂する。
刃は尾に食い込み、そこに一筋の傷をつけるが、そこまでであった。
「ぐぬっ!?」
「Gyao!!」
暗黒竜は無造作に尾を振るい、その一撃はイザークの脇腹へと突き刺さる。
「んがっ!?」
「イザーク!」
「大丈夫だっ!」
イザークは斧を放り出し、その尾を掴む。
「ふんっ」
顔を真っ赤に染め、イザークが力を籠める。
踏みしめる地盤が陥没し、暗黒竜の体が若干浮く。
「Gua!?」
「ふんっだらばぁー!!」
イザークはその瞬間に更に力を強め、暗黒竜の体をハンマー投げのように回転させる。
いわゆるジャイアントスイングと呼ばれるプロレス技であるが、やっている規模は全く違う。
「ぐらぁっ!!」
そのまま放り投げると、暗黒竜の巨体は近くの林の中へと吹っ飛びその木々を押し倒しながら進む。
そこに雨あられと降り注ぐは爆発苦無。
「食らいなさいっ!!」
爆音が連続し、辺りへと響き渡った。
しかし
「Gurururu」
暗黒竜の鱗は、その全てを防ぎきる。
竜は顎を開き、自らを地に縫い付けた元凶へと走り出した。




