第288ページ 氷雪の輝き
「ウッディーケージ」
ラビエスの静かな声が響き、ポラリスとシリカ、クイナとイザークとを分断するように木の檻が形成された。
ポラリスとシリカの前には口角を釣り上げたメーアが。
クイナとイザークの前には若干疲れた様子のラビエスが立つ。
「ラビエス、そっちは任せたわよ」
「もう捕まらないでよね、メーアさん」
ラビエスの声にメーアは魔力をみなぎらせる。
本当ならば、自分のことなど放っておいて欲しかった。
勝手に捕らわれた自分の為に、危険を冒す必要などないと思っていた。
けれど、部下であるダルバインや普段から絡むことの多いラビエスはまだしも、あまり仲良くないシュテルクやビオまで来ていた。
魔王陛下の命令があったとはいえ、自分を助け出してくれた。
その恩はもはや計り知れない。
自分を拾ってくれたことも含め、一生を魔王軍に捧げる決意だ。
その手土産として、王国魔導士長の首はここで必ず。
「お師匠様…」
「あちらのことならばあなたが心配する必要はありません」
「でもっ!」
相対するはポラリスでさえ苦戦するほどの相手。
自分と同等の力量である二人が戦って勝てるのかどうか。
シリカにとって二人は、長らく任務を共にした相手で情もある。
けれどポラリスには取り付く島もなかった。
「いいのです。それよりシリカ、私は既に魔力があまり残っていません。特級魔法などの切り札は使えないと思ってください」
「わかりました」
滅多に見ない師の憔悴に、シリカもまた気を引き締める。
目の前にいるのは、自分が今まで出会ったこともない強者なのだと。
いや、正確には一人いた。
自分など及びもつかないと思った相手が。
「いきます!」
「来なさぁい?」
シリカが魔法を発動する。
人としては早い魔法起動であるが、メーアにとってはあくびが出る程のものだった。
「ウォーターカッター!!」
水が刃となりメーアを襲う。
メーアはそれを、手を振るだけで凌いだ。
「なっ!?」
「待ってあげたのに、密度が甘いわぁ?魔法というのは、こういうことよ!ダークネスライト!!」
闇色の光という矛盾した魔法。
一瞬輝いた光は、一気に周囲へと広がった。
「アイスニードル!」
しかし、闇はシリカへと迫る前に氷によって打ち消される。
シリカはその光景に自分が場違いであることを再認識する。
以前までのシリカであれば、この時点でプライドが折れていたことだろう。
ポラリスや一部を除き、自身よりも優秀な魔法師はいないと信じていた頃ならば。
だが、それは間違いであると今はもうわかっている。
あの日、一人の冒険者と出会った日。
自分たちが監視していた竜の巣である火山島に一人で行き、詳しいことはわからないが問題を解決した。
その際に海中から放たれた圧倒的な魔力、力をシリカは覚えている。
ちょうど監視任務についていたシリカには、遠くからでもその力が感じられた。
そしてそれが、自分では決してどうにかできるものでもないことを。
思い知らされた。
自分よりも上の存在がることを。
いや、知っていたことだ。
認めたくなかっただけだと。
「アイス…ニードル!!」
シリカが魔法を発動する。
それは、ポラリスと睨みあっていたメーアに完全な不意打ちとなった。
「あうっ!?」
足元へと突き刺さった氷の棘が、メーアにダメージを負わせる。
メーア自身に向かってきたのなら、気づかないわけなかったが、メーアの立つ地面に向けて発動されたことで気づくのが一瞬遅れた。
跳ねた土砂が、メーアへと突き刺さる。
「シリカ…あなたいつの間に氷属性魔法を…」
ポラリスが目を見開いて自身の弟子を見る。
練習しているのは知っていた。
だが、任務に出るまでは使えていなかったはずだ。
「認めたらすごく楽になったんです」
自分は少し才能があるだけの存在。
自分より上の者なんていくらでもいる。
それを認めたから、高望みをしなくなった。
結果として、質はポラリスよりも劣るが氷魔法を使うことはできるようになった。
なんと皮肉なことか。
それでも、自分は師に近づけたことがうれしく、自分のできる範囲でできることを努力していこうと思ったのだ。
「アイス!ランス!!」
シリカの頭上に生まれた氷の槍が、メーアへと飛んでいく。
メーアの目が怪しく光り、呼応した闇が氷の槍を砕く。
「ちょっと見くびってたわ、ごめんなさいね」
メーアの体を魔力が巡る。
だんだんと増していく魔力が、その精度までも高めていく。
「…シリカ、ここからが本番のようですよ。いけますね?」
ポラリスの言葉に、シリカの胸が熱くなる。
今、師匠が初めて自分を頼りにしてくれた。
自分の力を認めてくれた。
その思いが、彼女の魔力を更に高めた。
「はい!」
自分が今、生まれてから最もいい状態であるとシリカは感じていた。
そして今ならば、使える魔法があるとも。
「お師匠様!」
「いきますよ、シリカ!」
二人が選んだのは短期決戦。
それは当然として、ポラリスの魔力はもう残り少なく、いくら氷魔法が使えるようになったとしてシリカの実力がメーアよりも劣るのは間違いない。
二人は一緒に魔力を高め、その波長を合わせていく。
「いいわぁ」
それを見たメーアは口端を上げた。
一魔法師としてメーアはその技を受けることに決めた。
「ダークネスウェーブ」
メーアの背後から闇色の大波が立ち上り、今か今かと発動の時を待ちわびる。
「「ブリザードストリーム!!」」
「…協調魔法」
協調魔法。
それは二人以上の魔法師が完全に魔力を同調させ一つの魔法を発動させる技。
相性がいいもの同士でも必ずしも成功するわけではない一つの極致。
そして発動された魔法は両者の間でぶつかり合い、闇色の波はその吹雪の前に凍り付いた。
「見事ね」
メーアは消えていく氷雪の輝きをただ美しく思った。
しかし、今は戦場。
相手が限界なのに対し、自分にはまだ余裕がある。
戦いをやめるという選択肢は、自分には取れなかった。




