魔話② 遥か昔の約
「どういうことですか!?何故私の部隊でなく、いも、エシルの部隊を!?」
「俺の決定に異論があるのか?」
頬杖を突き、威圧感たっぷりにこちらを見上げてくるのは、今代魔王ルイジアート・ドリュッセン陛下。
軍指揮を任せればその危険や勝機を嗅ぎ分ける嗅覚の鋭さから「常勝」と謳われ、個人においても歴代有数の力の持ち主であると言われている程の猛者だ。
「そ、それは…」
「お前の妹好きは知っているが、あいつはもう俺の兵だ。異論は認めん」
「っ!」
今回の作戦は、人族大陸から侵入してきた一国の騎士団を撃滅すること。
及びその侵入経路を探ることだ。
人族大陸から魔族大陸へと来る方法は一つとされてきた。
吹雪が吹きすさぶアリアランデ山を超える方法。
しかしこの方法は、人族魔族どちらにとっても危険を伴う。
容易く何度も超えてこれるとは思えない。
にもかかわらず、人族はこの大陸に何度もやってきている。
「これは間引きである」との宣言と共に。
もちろん魔族側もアリアランデ山を見張っているが、そこから侵入した形跡は一切見つからなかった。
俺はその騎士団が、村を襲ったものと同一ではないかと疑っている。
人は違うかもしれないが、同じ場所から来た者たちではないかと。
何せあれから20年が経っているんだ。
「…エシルだけでは力不足だと思いますが?」
苦し紛れの俺のセリフに、魔王陛下はニヤリと口角を釣り上げた。
「その評価だけは正しいな。確かにまだ力不足である。才能はあるようだがな。だから安心しろ、トビーを付ける」
「トビーさんを…」
トビー・ベスティルグ。
魔王軍最高幹部六魔将第四席。
ステラさんと同じように俺を鍛えてくれた人でもある。
その実力は、俺などまだ及ばないものであの人が一緒に行ってくれるならという安心感もある。
だというのに。
「わかりました…」
俺はどこか不安を感じながら、魔王陛下の執務室を後にした。
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「よう、ヴァン!」
「あ、トビーさん…」
俺が自身に与えられた部屋へ戻ろうと歩いていると、トビーさんが後ろから肩に手を回してきた。
茶髪をざんばらに斬り、無精ひげを生やした見た目3,40歳の男性。
いつも通り笑っている男はその見た目に反して頼りになることを俺は知っている。
「あの、トビーさん」
「ああ、任務のことか?」
「え!?な、なんでわかったんですか?」
「お前がそんな顔するなんてエシルちゃんのことだけだろう」
トビーさんはニヤリと笑う。
それがまぎれもなく事実で、俺は返事に詰まってしまった。
「安心しろって!俺が守ってやるからよ」
「…ありがとうございます」
俺よりはるかに強い師。
その口から直接聞いても、その不安は一向に晴れなかった。
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「おやトビー、久しぶりじゃないかい!」
「よう姐さん!久しぶりだな!」
ヴァンと別れたトビーは、何かを考えながら歩いていると、簡単な休憩所のような場所に二人の人物がいるのがわかった。
一人は六魔性第二席ステラ・アッカーサー。
もう一人はハイレーン領主ビアッジョ・ハイレーン。
どちらもトビーと同等かそれ以上の力の持ち主であり、旧知の仲であった。
「姐さんは任務終わりか?」
「そうだよ、帰ってきたばっかりさね」
「ビアッジョは?」
「魔王陛下に定期報告をな」
「わざわざ領主が出向いてか?」
定期報告は基本的に報告書一通で済む。
いくら最寄りとはいえ領主が来るなんてあり得ない。
「ふっ、ヴァンたちの様子を見るついでだ」
「なるほど…」
この二人は、あの兄妹を本当の家族のように思っている。
トビーはちょうどいいと思い、これからの任務と自身の懸念について話す。
「なるほどね…」
「エシルちゃんのことは全力で守る。だが、俺たちの手が届かないところでエシルちゃんに何かあった場合、ヴァンがどうなるか…」
「確かに。他に家族のいないヴァンはエシルのことを何より大切にしている。しかし…」
「そうだね、エシルは兄だけに押し付けるのではなく戦いに出ることを望んでいる」
エシルは現在一部隊を預けられるほどの戦力となっている。
持ち前の魔力と、火属性適正。
ステラの特訓と合わせ、彼女の後継と目されている程に。
「煌炎聖女ねぇ…なんかちょっと恥ずかしいねぇ」
ステラはそう言って嬉しそうに笑う。
二人はそれにやれやれと首を振り、真剣な顔に戻る。
「それでも、まだまだだ」
「だね。まだ守ってやんないと」
「頼んだぞ、トビー。ヴァンの為にも、我々の為にも」
「もちろんだ」
トビーはいつもの笑みを引っ込めて頷き、二人はそれに肩を抜いた。
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「…死んだ?」
「は、はい!ベスティルグ将軍も、あの、エシル様も…」
「嘘だ…」
エシルが死んだ?
エシルがもういない?
俺はまた守れなかったのか…?
いやだだめだそんなこと許せない
誰だ殺した誰が殺したエシル殺した殺した殺した殺した殺した
「生…残っ……の…告に…れば…陽…字架…巻き付…蛇…」
言葉が頭に入ってこない。
ああ、この世は絶望の上にある
『力が欲しいか』
部下の声は入ってこないというのに、何故か頭に響く声がする。
『復讐を果たす力が欲しいか』
心に、響く。
「欲しい」
自然と俺は声を出していた。
「力が欲しい。何にも屈しない力が。すべてを壊せる力が。復讐を果たす力が!」
『ならば与えよう。我が力を用いて復讐を果たすがいい。されど、力を受け取れば汝は復讐を必ず果たさねばならない』
「途中で止める気など毛頭ない!!いいから俺に力を寄越せぇぇぇぇ!!」
『その言確かに受け取った』
笑う声が聞こえた。
激痛が胸を貫いた。




