第282ページ 約定
「エシル…」
「久しぶり、兄さん」
唖然とする魔王に、切なげに笑いかけるエシル。
そしてエシルは、魔王にゆっくりと近づき力いっぱい抱き着いた。
その感触に、魔王も切なげに顔を歪め、抱きしめ返す。
「エシルっ、ごめんっ、ごめんなっ!守ってやれなくてっ…お前だけは絶対守るって誓ったのに」
「ううん、私が弱かったのがいけないの。ごめんなさい、兄さん。勝手に死んでごめんなさい」
二人は互いに首を横に振りながらも、久しぶりの再会を噛みしめる。
エシルはいわゆる地縛霊というタイプであった為エシルにとっても魔王と会うのは久しぶりということになる。
魔王は言うに及ばず。
ひとしきり再会に涙した二人は、落ち着くと改めて回りを見回す。
「できるとは言っていたけど、本当にできるのね」
「夢殿って言ったな。エシルと会わせてくれたことは礼を言う。疑ったことは謝る。だが、ここは一体なんなんだ?」
「幽世といえばわかるか?まぁ俺も詳しいことは知らないが、生者と死者がここでは同時に存在できるということがわかっていれば十分だったからな」
本来であれば、俺に人を夢殿で会わせるという方法を取ることはできない。
だが、先の戦いで俺は「神の力」という称号を手に入れ、この夢殿を管理する死と眠りの神の使徒となっている。
いや、気づけばなっていたというのが正しいが。
その為俺の声は、死と眠りの神レーシアに届きやすくなっており、力を貸しやすい環境になっているそうだ。
神本人が現世にて力を振るうことはできないが、今回は夢殿に俺たちを招いただけでありその姿を見せないことで神のルールとやらを守っているらしい。
「さて、これで俺の役目は果たした。エシル、好きに話せ。そのあと俺とも話してもらうぞ、魔王陛下」
俺はヒラヒラと手を振りこの場を離れる。
俺がいれば話せないこともあるだろう。
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…夢殿の中で寝ても夢から覚めることはないということがわかった。
さて、あれからどれくらい経ったかわからんがそろそろいいかな?
俺は二人のことを思い浮かべながら歩く。
するとしばらくして、二人の姿が見えてきた。
「もう!どこに行ってたの!?探しても見つからないし!」
「夢殿はあらゆる場所とつながっているらしいが、逆に繋がらなくすることもできるってことだ」
俺がいたのは距離的には二人から離れていない場所。
しかし二人とは隔離された場所だ。
探そうと思っても俺が了承していなかったら無理だろう。
「それで、話はついたのか?」
「…エシルになんと言われようとも俺はエシルを殺した者を許せない」
「そうか」
「…い、いいのか?」
俺があっさりとうなずいたことに、逆に魔王は驚いたようだ。
少し間の抜けた顔になりながら聞き返してくる。
いいや、こっちが本来の姿なのかもしれないな。
「俺は復讐自体を否定しているわけじゃない。だが、お前の復讐対象とやらに俺の大事な者が含まれている限り、俺はお前の敵になる」
「お前一人の力で、俺をどうにかできるとでも?」
「どうだろうな。だが、取るに足らない程ではないと思うが?」
俺は不敵に笑う。
魔王はそれを見て、ふっと肩の力を抜いた。
「わかった。人族すべてを敵とする考え方はやめよう。だが、お前が肩入れしているらしい王国が仇なのには間違いない」
「それなんだがな…」
エシルから、自身が死んだ時の様子や、暮らしていた村を襲撃されたときの様子は聞いた。
どちらも王国の騎士の仕業と言っていたが、それは騎士たちがそう名乗っていただけ。
「どういうことだ?」
「お前たちが見たという、太陽を背にした十字架に巻き付く蛇の紋章。俺も見たことがあるが、あれは神聖国のものだと聞いた」
「なにっ!?」
アキホで会ったあの騎士団。
あれは神聖国の者たちだった。
そこから考えられるのは一つ。
魔族襲撃事件は、神聖国が起したものであり、王国にその罪をかぶせようとしている。
神聖国としては邪魔な王国と魔族が潰しあいをしてくれるという計算。
紋章をそのままにしているあたり爪が甘いとも思うが、人族と魔族は絶縁状態。
気づく者はまずいないだろうし、気づいたところで人族の話を魔族が聞くとは思えないということだろう。
「お前たちの敵は、王国ではなく神聖国だ」
「…だが、残念ながらそれで他の者が納得するかは…」
「それはお前の腕次第ってところか。王国に手を出すのならば俺は敵となる」
「肝に銘じておこう」
魔王は手を挙げてやれやれと首を振った。
「しかし、メーアは返してもらう」
魔王が言う。
それに俺は、考えていたことを直接尋ねることにした。
「…なぁ、この場にいなかった六魔将は今どこに?」
「考えている通りだ、彼らは今、王国にいる」
その言葉を聞いた瞬間、俺は夢殿から外へ出ることを願う。
レーシアはすぐにその願いを聞き届け、俺たちを外へと解放した。
夢殿で時間は経過しない。
俺たちはさっきの状態のままそこにいた。
魔族たちは、急に動きを止め戦闘状態を解除した不思議そうに見ている。
こっちサイドの者は、作戦を知っていた為うまくいったことがわかったのだろう。
「すぐに王国に向かう」
俺のその言葉に、仲間たちは怪訝な顔をするが、俺が真剣なのがわかったのか黙ってうなずいてくれた。
「行かせはしない」
「どけ」
魔王が再度、魔剣を掲げる。
確かに、魔王からすれば仲間の救出なのだろう。
その過程で何人の犠牲が出ようとも気にしない。
「俺が行けば、双方に被害が出ないままメーア・ストランクは解放されるかもしれないぞ?」
「既に手遅れだ」
六魔将が王国へと向かったのは、俺がハイレーンへと到達する前の話だそうだ。
だが、それでも。
「黙ってここにいるわけにはいかない!」
「ならば、俺もつれていけ」
「なんだと?」
「陛下!?」
魔族の頂点、魔王が直接出向くというのか?
下手すればそれこそが止めとなりかねない。
けれども、王国の、あの国王たちなら、あるいは話を聞いてくれるだろうか。
「…わかっ『ならぬ』
俺が了承の返事をしようとした瞬間。
その声は聞こえた。
重く低く響くその声は、聞いたことのある声。
そして聞きたくない声だ。
『ならぬぞ、今代魔王よ。汝の勝手、許すわけにはいかぬ』
「ぐぁっ!?」
『レーシアの力を感じた。余計な介入をしおって。汝はあの日誓った筈よ、復讐に身をやつし、その目的果たすまで修羅となると。すべての人族に死をと』
「魔王!」
魔王が胸を押さえ、苦しみ始める。
その体から、闇が噴出する。
『我との約定、違えることなど許さぬわ!!』
魔王は額に汗を浮かべ、膝をつきながら懇願するようにこちらを見る。
その口が、頼むと動くのを俺は見逃さなかった。
「…いつもいつも、邪魔なんだよ」
天々羽斬が俺の怒りに呼応し魔力を吸い始める。
その輝きが、魔王から出る闇と均衡する。
魔王の上着がはじけ飛び、その肌が露出する。
魔王の心臓付近に、紫色に輝く結晶が二つ。
「時と場所をわきまえろ!破壊神!」
混沌が、その場に渦巻いた。




