第277ページ 怒涛
「妹は、エシルは、もう死んだ!」
吹き荒れる魔力が確かな力を持って俺達を襲う。
耐性のない者ならばこれだけで意識を奪われる攻撃となるだろう。
そして、今のエシルは他者の感情を叩きつけられているといってもいいこのような状況に最も弱い。
俺はエシルの前に立ち首にかかっている魔道具を発動。
妖精女王ティアから貰った妖精の雫が結界を張り、魔力の波を遮断する。
「エシルがアンデッドにでもなったというつもりか!?」
「違う」
アンデッド系の魔物として認知されているレイス。
霊体であり死者の魂と言われている魔物だが、このレイスはレイスとして生まれた魔物であり、死んだ人の魂がそのままレイスとなるわけではない。
戦場や、墓地などで恨みある魂が集い、一定以上の魔力がその場に存在している時、新たにレイスという魔物として生まれるわけで、死体が歩き出すゾンビや、先だってのグール、魔法師が死霊魔法によって変わるリッチなどとは違う生まれつきの魔物だ。
つまり、レイスに生前の意識などはなく、エシルはレイスではない。
もちろんそれは、レイスの姿が俺や俺の従魔、そして精霊であるケミリアスにしか見えなかったことからも明らかである。
では、エシルはなんなのか。
それはむしろ、地球での言葉の方が合っているかもしれない。
それはゴースト、あるいは幽霊。
死者の魂が、未練を残し、現世にしがみついた存在。
そして、エシルの場合その未練とは
「お前だ。魔王ヴァントゥース・シングレイブ」
兄であるヴァンが、自身の為に魔王となり人族全てへの復讐を決意した。
エシルにはそれが、耐えられなかった。
「だから」
「黙れ!!」
いつの間にか魔王は、玉座から立ち上がりその腰に差している二振りの剣を抜いていた。
どちらも、神剣と変わりない力を放っているが、そのオーラはどす黒い。
「エシルは死んだ。それが全てだ。そんな話、信じられるわけないだろう!?」
「違うな、お前は信じられないんじゃない。信じたくないんだ」
「黙れぇぇぇぇぇ!!」
叫びを上げながら、魔王が走ってくる。
「これは、一度大人しくさせる必要があるな!エシル、下がってろ!」
「え?え!?」
俺は妖精の雫を操作し、結界を球形にして固定。
首からはずし、エシルを閉じ込めた状態の結界を後ろへと押しやる。
「わぁっ!?」
エシルの悲鳴が聞こえたがそれどころではない。
魔王はすぐそこまで迫っているし、魔王の動きに呼応して他の三人も動き出している。
「アステール!エリュトロス!ジャック!!」
「クル!」
「ああ!」
「任せて!」
アステールが翼を広げ、女魔族の前に。
水色髪の魔族が発動した氷魔法を、エリュトロスが生みだした炎が相殺した。
嬉々としてジャックに迫ったタナトスを、ジャックが苦笑しながら迎え撃つ。
「『怒れ』グラム!!」
右手の剣がその身を伸ばし、人の身長ほどの長さへと変わる。
その刃は床を斬り裂き、俺へと迫る。
「チッ!」
俺は天羽々斬を取り出し、その刃を受け止める。
その瞬間、左手の片刃剣が俺の頬を斬り裂いた。
だが、それはほんの少し刃がかすめた程度。
「それでも、斬れたな」
「何?」
「『啜れ』ダインスレイブ」
右手の魔剣が怪しく輝き、俺の頬についた傷から血が吹き出る。
「なんだと!?」
「魔剣ダインスレイブは血を吸う。一傷付けさえすれば、敵はいずれ最後の一滴まで血を吸われ、失血死だ!」
「だがそれなら、傷がなければいいんだろう?<黄金の秘法>!」
「何!?」
頬の傷が一瞬で塞がり、同時に血が吹き出ることもなくなった。
あの魔剣は付けた斬り口から血を吸う。
斬り口がなくなれば、血を吸うことはできない。
「…なるほど、一筋縄ではいかぬか。さすが、異世界人だな」
「そういうお前は、転生者だな?」
この街に着くまでにエシルから聞いていた。
兄は時々、だれも思いつかなかったことをすると。
しかしそれは、あちらの世界では過去の偉人たちがやっていたことだったりしたのだ。
「転生者であるならば、幽霊の概念は理解できる筈だ。俺がそんな嘘をつく理由がないこともわかっているんだろう?」
「…」
魔王が右の剣を振るう。
ギンと弾かれ、俺はその勢いのままに距離を取った。
「俺はもう、止まるわけにはいかないんだ!!」
魔王の周囲に青い炎や氷の玉が浮かぶ。
「わからずやが。なら、強引にでも話を聞かせるだけだ!!」
俺の周囲に炎の玉が生まれ、風が吹き荒れる。
二人の魔法が、当たる前から衝撃を生み、俺達は同時に走りだした。




