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とある冒険者の漫遊記  作者: 安芸紅葉
第十一章 最も危険なピクニック「目的地は魔王城」編
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第275ページ エシルの話

ジャックとの魔法模擬戦を終え、二人で新たに破壊してしまった部分も含めて土魔法や樹魔法を使い戻していく。

一日がかりでどうにか元に戻した俺達を、完全武装したハイレーンの兵たちが出迎えた。

どうやら俺達の模擬戦が、新たな襲撃かと思われたらしくビビアーナに怒られるも元通りにしたことを伝えたらなんとか許して貰えた。


そして、翌日。

俺達はハイレーンを出て最終目的地であるハスペルベへと向かう。

見送りには兵士たちとグレイ、ビビアーナが来てくれていた。


ウルデルコやヴァレンテが暴れることはなかった為それほど被害はないが、エルデミルトを筆頭に兵士たちと戦闘中容赦なく街を破壊した吸血鬼もいたようで街の復興作業中であるというのに嬉しいことだ。


「当たり前じゃない。街を私達の手に取り戻してくれた恩人の見送りもしないなんてお父様に叱られてしまうわ」


そう言って、ビビアーナは笑う。

街が落ち着いたら彼女もハスペルベに来るそうだ。

領主が死んだことを魔王へと伝え、次の領主に正式に任じられる必要があるそうで、今の肩書きは領主代理となっている。

この街内であるなら、彼女が領主の一人娘であることは周知の事実であり、全員認めている為領主として振舞うことに問題はないが、他領や国との間で何かあっか場合は今の立場では問題があるらしい。


「…気をつけて」

「そっちもな」


エシルは既にアステールに乗っていた為、俺はその前に跨る。

ジャックは走るそうだ。


「また会えたらいいわね」

「そうだな。ビビアーナが来るまでハスペルベにいるかはわからないが」

「そこは待っているって言うところじゃない?」

「特に待つつもりはないからな」

「まったく…あなたって人は」


やれやれと首を振り、諦めたように笑う。

俺はそれに笑い返し、手を振りながらアステールを駆けさせる。

アステールも「クル!」とさよならを済ませ、ジャックも笑顔で手を振っていた。


「シュウ!ビビって呼んでいいからね!」

「?ああ!」


すぐに空へと駆け始め、ハイレーンが小さくなっていく。

俺達の隣りを、ジャックは半ば黒い靄となりながら進んでいる。


「それは走っていると言えるのか?」

「僕的には走ってるんだけどね!」

「そうか…」


わからん。

俺の従魔ではあるが、こいつだけはまだまだ謎が多そうだな。


「…シュウ」

「どうした?」


エシルはハイレーンを出た時から沈痛な表情で俯いていた。

目的地が近付き、後少しで兄に会えるというのに浮かない顔だ。


「私のこと、もうわかってるんでしょ?」

「…ああ」

「兄は、ヴァン兄さんは、変わってしまったわ」


エシルの兄、ヴァントゥース・シングレイブは魔王だ。

幼い頃から二人は共に育ち、シスターテレサに助けられて二人とも魔王軍へと入った。


始めヴァンはエシルが魔王軍に入ることを拒否していたらしい。

しかし、エシルには魔法の才があり本人が希望したこともあり魔王軍への入軍は決まった。


「それでも兄は私に優しくしてくれていた。その兄が変わったのもやっぱり私のせい」


エシルはそこで口を噤む。


「あの事件があってから兄は、人族を完全に敵とみなした。すごい速さで力を身につけ、六魔将の一位へ。そして魔王へと実力だけで駆け上がった」


魔王は純粋にその力のみによって決められる。

魔族で最も強い者が魔王となる。


ヴァンは120年前、当時の魔王を下しその座に就いた。

歴代最年少の魔王就任に、一時期魔王軍は荒れたが、それも全て力によって治めたそうだ。


「それから兄は、更なる力を集め始めた」


各地にいた魔王軍に属さない強者たちを自らの旗の下に召集し、六魔将もそのほとんどが入れ替わることになる。

そして、その思想があまりに危険すぎるとして先代魔王により幽閉されていた科学者シェンツィアートを解放、魔王軍にて力を振るうようにとした。


「シェンツィアート博士の科学力により、魔王軍の力は一気に上がりあとは機を待つだけとなっているそうよ」


機とはいつか。

その時に何が起きるのか。


考えなくてもわかる。

人族と魔族、その最終決戦。


「魔族は基本的に獣族に興味はない。むしろ好意的に思っているわ、もちろん一部を除いてだけれど獣王は獣大陸の全てを一手に平定している猛者。強者に従えという思想が似てるのよ」


その為、手を出されなければ出すつもりはなく、敵は人族のみ。

ただ、獣族は人族と仲がよく、人族の大陸で最大の国家であるマジェスタ王国の国王と獣王は代々親身な付き合いをしているらしい。

その為、魔族と人族が戦争を行えば獣族は良くて静観、十中八九は人族に付くだろうとのこと。


「獣大陸から魔大陸へと来るには一本の橋を渡らなければならない。橋を渡った先に広がる森は、食人民族ダバンサの住む森。獣族はそのことを知らない筈だからかなりの犠牲が出るかもしれないけど、獣大陸、人大陸、双方から挟撃を受ければ如何に魔族といえどもタダでは済まない。それどころか…」


魔族は獣族、人族に比べ絶対数が少ない。

少数精鋭が他大陸に戦争をしかけても、決死の侵攻をされるとほぼ負けは確実となってしまう。


「そうならない為に、兄は短時間で戦争を終わらせるつもり。人大陸最大国が一瞬で敗れたとなれば、その力を見せつければ、人大陸は従うだろうと考えているのよ。その力を、ついにシェンツィアート博士は完成させてしまった」


機は熟したということか。


「もういつ戦争が始まってもおかしくない。その前に会わないと…」

「会ってどうするつもりだ?」

「…わからないわ。お願い、シュウ!私に力を貸して」


涙声で呟かれた切実な願い。

俺は、沈黙を保って話を聞いていたジャックに目線を向ける。

ジャックは歯を食いしばり声が出ないように泣きながらコクリと頷いた。


「アステール」

「クル!」


俺が声をかけると、アステールの飛ぶスピードが更に上がる。


「依頼は果す。速達で届けてやるさ」


俺は腕輪を外し、魔力をあえて放出しながら魔都へと向かう。

魔都を脅かしかねない存在が来ているならば、下手に出兵もできないだろう。

少しでも早くとアステールに魔力を譲渡しながら、俺達は超特急で魔都へと向かう。


掠れた「ありがとう」の声は、俺の耳にきちんと届いていた。

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