魔話③ 魔王軍
昨日分と合わせてサブタイトルを過話から魔話に変更させて頂きました。
内容に変更はございません。
「どうした?」
「…」
「グルゥゥゥ」
暗い道、やせ細った少年が座っている。
聞かなくても、わかった。
この少年は飢餓状態だ。
側にいる子犬が警告するように唸りを上げる。
それに頬笑み、俺は少年に手を伸ばした。
「一緒に来るか?」
そして少年は…
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「ひどいな…」
焼きつくされた村。
村人は引きずりまわされ、その身と首は分けられてそこらへんに転がっていた。
木から吊られた者も何人かいて、木に串刺しにされている人もいる。
私の村はここまでひどくなかった。
人族の魔族に対する扱いは年々悪化している。
魔族は、人族とは比べ物にならない魔力を保有している。
それは確かだが、魔族においても一般人はその魔力の使い方をほとんど知らない。
日常生活で魔法を使い、少し便利に生活している程度なのだ。
人族の騎士など、相手にできるわけない。
「離してっ!離してよっ!?」
「わっ!?」
悲鳴のような叫びが聞こえ、そちらに目をやると部下の女魔族が一人の女性魔族を介抱しようとしている姿が見えた。
どうやら生き残りがいたようだ。
その女性は、服をボロボロに引き裂かれ、それでもその目は怒りで血走っていた。
「どうして!?どうしてもっと早く来てくれなかったの!?」
女性の目が俺と合う。
部下は私に何かあってはいけないと女性の手を掴んでいた。
その悲痛な叫びに胸が締め付けられる。
女性の姿に、かつての自分が重なる。
「もっと、もう少しだけ早かったらクオトは…」
女性から力が抜け、部下もつられてたたらを踏む。
その嘆きの声に、私は思わず馬から降りた。
「へ!」
声を上げようとした部下を手で制する。
そして私は女性に近付いて行く。
「憎いか?」
女性がバッと顔を上げる。
怒りで顔を歪ませ、その目から血涙を流しながら。
「復讐したいか?その手で。ならば一緒に来るがいい。我等は其方を歓迎しよう」
私は女性に手を差し出す。
女性は何を言われたかわからないというようにキョトンとしていた。
「名は?」
「…私は…」
そして女性は…
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「私はビオ・スパンティウム。この力必ずや貴方様のお役に立ててみせます!どうか私を連れていってください!」
視察に行った辺境で、私は一人の男と出会った。
鍛え抜かれた身体は、魔族にしては珍しく。
その内包魔力も、一般よりかなり多い。
これ程の力の持ち主がこんなところにまだいたのか。
「我等魔王軍は強者を求めている。其方程の者なら歓迎だが、何故そこまで?何故それほど鍛え抜き、魔王軍を希望する?何の為に」
地に頭をつけていた男は、静かな形相で顔を上げた。
その目に、確かな怒りの感情を持ちながら。
「我が友の仇故に」
「…よかろう。共に来るがいい」
私は男に手を伸ばす。
そして男は…
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「ぐはっ」
私の前に、男が膝をついている。
その身は私の魔法で焼かれ、傷を負っているがその目はまだ死んでいない。
「何故、このようなことを?」
私は男に声をかける。
単純に理由が知りたかった。
私兵を集め、魔王軍に反旗を翻した目の前の魔族を駆りたてる理由を。
「何故!?何故だと!?決まっている!今の魔王では、魔族が死んでしまうからだ!」
「どういうことだ?」
「あのふぬけた魔王は人族と講和だなんだと言っている!そんなことをすれば、後ろから刺されるのが落ちだ!現にあいつはっ…!!」
男の顔が憎悪に歪む。
一軍に匹敵する戦力を集め、魔王城の膝もとまで迫った男。
その力は本物だった。
「講和などせぬ」
「…なに?」
「講和などせぬと言った」
「…まさか、お前が!?」
俺は男に近付き、側に膝をつく。
「私と一緒に来い。其方の力、私の為に振るえ」
男は私の差し出した手を…
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辺りには何もない荒野。
その真ん中に、魔族の死体の山に座った少年がいた。
「其方か。強者を次々襲っては倒しているという傍迷惑な者は」
「足りないんだよ。全員弱すぎる。僕を満足させることなんてできない」
「…闘えば満足か?」
「…あなたは良さそうだね。僕を満足させてくれる?」
少年が立ちあがり、手に闇の剣が生成される。
私も腰の剣を抜いた。
「へー?」
「行くぞ」
私は剣を振るう。
少年は嗤って、それに応じた。
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「私は元々、魔王軍に忠誠を誓っておりますれば」
「其方、笑ったことあるのか?」
昔のことを思い出しながら、長年の部下に問えば、こんな答えが返ってきた。
机の前に立つ表情が一切動かない部下に思わず苦笑が漏れる。
初めて会った時から、この男だけは変わらない。
「ございます」
「あるのか!?」
ここ最近で一番驚いてしまった。
そんなことでさえも真顔で言っているというのに。
「やれやれ、本当に其方は変わらないな」
「恐縮でございます」
頭を下げる男に肩を竦め、私は席を立つ。
階段を走ってくる音が聞こえた。
その魔力から、それがタナトスのものだとわかる。
ウルデルコ・ギスターブがハイレーンに現れたと聞き、私は自分が出ようとした。
しかし部下に止められ、代わりにタナトスに行ってもらうことにした。
話を聞いたタナトスは、すぐに飛んでいってしまった。
彼の実力は私が一番知っている。
負けるとは思いたくなかったが、これ程早く帰ってくるとも思っていなかった。
「ただいまぁ!」
バーンと扉を開けたタナトスは、満面の笑みを浮かべていた。
しかし、その身には確かな激戦のあとが刻まれている。
タナトスがここまでやられているのを見るのは初めてだ。
「大丈夫なのか?」
「ああ、これ?大丈夫だよ!手加減されたから!」
「手加減!?」
ウルデルコ・ギスターブの力を、私は見誤っていたということか。
まさかタナトス相手に手加減して…
「それで、ウルデルコはどうなった!?ハイレーンは!?」
「え?ウルデルコ?」
「ん?」
私が壁にかかっていた愛剣を腰に差し、自ら出る準備をしながら尋ねると、タナトスは首を傾げる。
「あー!ウルデルコね!僕が行った時にはもうやられちゃってたよ!」
「は?い、一体だれに…なら、お前をやったのもそいつか!?」
「あー違う違う!その人も強そうだったけどウルデルコと戦って満身創痍って感じでね、僕に力の入ってないパンチ一発くれただけで眠っちゃったよ」
「そ、そうか…」
いや、そのような状態でタナトスに一発当てることも十分凄いが。
いつもの油断が出たにしてもだ。
一体誰だ?
「それでは、結局貴方は誰にやられたのですか?」
成り行きを見ていたポワゾンが問い掛ける。
「そう、そうだ!其方程の者をそのような状態にするなど…」
「うん!強かったなぁ。負けたのはヴァン、君と戦って以来だよ!」
「そ、そうか。それはいいのだが、で誰だったのだ?」
「うーん、わかんないや。ウルデルコを倒した人の友人だって言ってたかな」
「友人?」
「そう!それで怒ってたみたい。僕はほとんど手出してないのにねぇ」
タナトスはそう言って、拗ねたように頬を膨らませる。
「…どうするおつもりですか?」
「決まっている。タナトスでダメなら私が出るだけだ」
「あ、それは大丈夫だと思うよ!向こうから来るはずさ!」
「…何?」
「魔王城に来いって意識を失くす前に言っておいたし!」
…それで来るだろうか?
私なら行かないと思うのだが…
「では、ここでお待ちしましょう」
「…ポワゾン、何故そうまで行かせたくないんだ?」
「決まっています。タナトス様がこうなるのですよ?貴方までやられたらどうするのですか」
「…」
負ける。
私が、負ける?
「ポワゾン、私は負けない。相手が誰であろうともだ」
「…失礼しました」
「其方の心配はわかった。よかろう、ここに来ると言うならば待とうではないか、我が城で」
私は自身の席へと戻る。
愛剣を机に置き、二人に目をやった。
「誰も手を出すなと伝えておけ。私がやる」
「…かしこまりました」
「えー僕ももう一度やりたいんだけどなぁ」
「…確か二人いるんだったか。リベンジしたいか?」
「したい!」
「ならそちらは其方に任せよう」
よし!とガッツポーズするタナトスに笑みを浮かべる。
そして、まだ見ぬ敵に思いを馳せる。
「そういえば、その友達って名乗った人がね、倒れた人の名前を呼んでたよ」
「何と言っていた?」
「シュウって!」
それは報告に上がっていた名前。
人族の大陸にいるはずの冒険者の名前。
魔王軍の作戦を悉く邪魔してきた者の名前。
私は知らず、口角が上がる。
「戦の支度を整える」
「…承知いたしました、魔王陛下」
恭しくポワゾンが頭を下げる。
タナトスがニカッと笑った。
俺は再度席を立ち、後ろの窓から外を見る。
魔大陸で唯一、夕焼けの見える窓だ。
世界は夜へと変わろうとしていた。
第二章裏話「六魔将会議」をお読みいただければ、魔族サイドのことは思いだせると思われます。
明日から主人公視点に戻ります。
ナンバリングは仕様です。




