第269ページ 冥王
「吸血鬼の次は冥王か」
六魔将というと前に王都で戦ったメーア・ストランクと同格。
第一位ということはあの女よりも力は上だろう。
それは隠す気もない魔力量によってもわかる。
「僕ね、ウルデルコ・ギスターブには期待してたんだぁ!どんな闘いが待ってるんだろうってワクワクしてたけど…君の方が強いんならもっとワクワクした闘いができるってことだよね?」
無邪気に笑うタナトスは、俺の事情など考慮してくれそうにない。
もう闘う気満々といった感じだ。
平時ならば付き合ってやってもいいが、今はこいつとまともに闘うことなどできない。
それどころか立っているのもやっとだ。
だが、どう考えても逃がしてくれそうにはない。
やるしかない。
「あは?やる気になってくれたみたいだーねっ!」
笑いながらタナトスが鳥から飛び降りる。
当然のように空中に着地した彼は、両手に魔力を凝縮させ二振りの剣を生みだした。
「じゃ!やろうか!」
『待てタナトス。そやつは既に満身創痍だぞ?少し待った方がよいのではないか?』
「え?そうかなー?うーん…無理!」
『やれやれ。すまんな、少々付き合ってやってくれ」
「…いや」
鳥がしゃべった…
いや、この世界では珍しいことではないのかもしれないが、鳥の方が常識あるってのは…
「始めるよ!」
タナトスが空を蹴る。
次の瞬間には目の前に、憎らしい程の笑顔が迫っていた。
「うおっ!?」
振り抜かれた闇色の剣を瞬時に召喚した双月で受ける。
が、既に<竜の化身>は解除済み。
受け止めきれず、威力に逆らわないようにそのまま後ろへと飛び退く。
一太刀受けただけ。
たったそれだけで、腕が痺れている。
あの細腕のどこからそんな力が出てくるのか。
「うーん?」
「チッ、<竜の化身>」
魔力はどうにでもなる。
だが体力がもたない。
失った体力はそのうち回復されるが、今すぐに回復する方法を残念ながら俺は持っていない。
魔力で強引に身体を動かすことは可能だが、それをしたところで体力は削られていく。
時間はかけられない、一瞬で決める。
「<鮮血の月夜>」
赤の竜鱗の上を赫の結晶が覆っていく。
まるでルビーをまとったかのようなその姿は、見る者全てに畏敬の念を与えるだろう。
俺が、ウルデルコに対し思ったように。
「へーすごいね。奥の手ってわけ?うん、いいよ。そうこなくっちゃね」
タナトスの目が怪しく光り、無邪気に笑っていた笑顔がニヤリとした獲物を見つけた獣のような笑みに変わる。
その目の奥にある愉しさは隠しきれず、だが真剣になった証のように、彼の全身から魔力が吹きだし、その背に黒翼が生みだされた。
スキル取得のアナウンスはない、あれは種族由来のあいつ本来の力か。
「行くぞ」
「うん、来なよ」
最後の力を振り絞り、空を蹴る。
「<赫竜の驀進>!!!」
小細工なし。
残る体力を振り絞れ!
「…がっかりだよ」
「なっ!?」
俺の渾身の一撃は、タナトスの剣一本に防がれる。
そこで俺の力は尽き、竜鱗も結晶もタナトスの剣とぶち当たっている箇所から後ろへと剥がれ散っていく。
「やっぱり連戦は無理だったんだね。僕帰るよ」
タナトスは闇の剣を解除し、クルリと踵を返す。
俺に止めを刺そうともしない。
既に興味を失ったかのように、鳥へと戻っていく。
「あーあ!つまんなかった!」
『そう言うな、タナトス。あやつは既に限界であったのだ』
「そうは言ってもさー」
こちらに見向きもせず、勝手なことを言っている。
俺の内で、激情が噴き出した。
「ま…て」
「えー?」
振り向いたタナトスの顔面を思いっきり殴りつける。
力のほとんど入らない拳は、しかしタナトスを驚かせるのには十分だったようだ。
ポカンとして殴られた頬に手を当てながらこちらを見てくる。
「忘れ…物だ…」
意識が薄れていく、限界を越えた体力はもう既になく、俺は膝から崩れ落ちた。
「へー?いいね。やっぱり君、いいよ」
再度ニコリと笑ったタナトスを見上げるが、視界がぼやけてその姿をはっきりと見えない。
「魔王城までおいで。今度は全力でやろう」
タナトスが背を向けるのがかろうじてわかり、俺の意識はフェードアウトしていく。
<天地無用>を維持することもできなくなり、俺の身体はさっきのウルデルコのように地面へと落ちていく。
「クルー!」
遠く聞こえるアステールの声を聞きながら、俺の意識は完全に消えた。




