第268ページ 決着
いけました!
「がっ…」
「何故と思っているな?」
肩を押さえ、力を振り絞り後ろへと飛び退る。
空中を足場にしよろめく俺の目に映ったのは、心臓から左腕に駆けてを赫い鱗のようなものが覆っている光景。
「私は君が力を使った時から、どんな手を使ってこようとも対応できるように考えていた」
朦朧とする意識に、ウルデルコの声が響く。
「空間魔法を使う相手と戦ったのは久々だが、相手の死角へと跳ぼうとするのは空間魔法使いの定石だな」
まるで答え合わせをするかのように、落ち着いた声音が耳に届く。
「ただし君の場合は、それ以外のスキルも併用し自身の姿も魔力も感知できないようにしていたな。これはよかった。だが、その手はその前に見せたものだ。自身も消せるのだろうという予測は容易に立てられたよ」
もはや勝負はついたかのようなその態度に腹が立つ。
「もし君が離れた場所に転移し、先に見せた剣先を伸ばして攻撃してきたならば私は気付かなかっただろう。まぁこの鎧を貫けたかは知らんがね」
太陽の光りを受けキラキラと輝くその赫い鱗は、されど禍々しさはなく、美しいとさえ思える物だった。
「もうわかっているとは思うが、これが私のユニークスキル<鮮血の月夜>だ。硬質化した血液が結晶となり攻防一体の鎧となる」
左腕の先は、手の形ではなく先が尖りまるで槍のようになっていた。
あれが、竜鱗を斬り裂き俺にダメージを与えた原因か。
「さて、愉しい一時だった。これを発動したのはいつ以来だろうか。だが悲しいかな、愉しい時間とは終わるものだな」
「ああ…そうだな。だが、その終わりはもう少し先だ」
傷を押さえていた手をどける。
既に傷は塞がり、傷跡さえも残っていなかった。
「ほう?」
「お前のおかげでまた一つ人を辞めてしまったぞ」
「ははっ!笑わせる。君は元々辞めているよ」
「放っておけ!」
新たに習得していたユニークスキル<黄金の秘法>は、どんな損傷を受けても瞬時に元の身体の状態へと戻すスキル。
傷は塞がり傷跡も残らないが、失った血は戻らず減ったHPも回復しない。
傷を塞ぐのにもエネルギーが使われ、エネルギー量は治した傷の深さに比例し、今回のような大けがであればあるほど使う。
要は疲れるのだ。
人竜の状態だから傍からは見えないだろうが、顔には汗が吹き出し力がうまく入らない。
正直に言えば、戦闘を続けられるような状態ではない。
だが、やらなければならない。
ここで負けてしまえば、待つのは死。
俺はまだこの世界を見ていない。
それに俺は、家族の遺影に誓った。
自ら生きることを諦めるようなことはもうしないと。
この世界で生きていくと。
「断ち切れ」
魔力を通しただけの神刀では、あの鎧は貫けない。
それは既に証明されている。
ならば、使うしかない。
解号を唱え、この世のあらゆるものを切断する刃を現界させる。
「…よかろう。来たまえ」
ウルデルコは、初めてその顔から笑みを消し、真剣な表情でこちらを見る。
そこには、王としての貫禄が、強者としての矜持が窺えた。
赫の鱗がウルデルコの身体全てを覆っていく。
全身鎧となり、スリムな赫の人影へと変貌する。
その身には死角なく、あの防御にウルデルコが絶対の自信を持っていることがわかる。
「だが、すまない。吸血鬼の王よ、この刃に斬れないものはない」
地や、街を斬らないよう振るう方向を考えることだけが難点のこの力。
当たりさえすれば、それで終わる。
防御無視の必殺。
「さらばだ!吸血鬼の王!」
「短距離転移」を使い、ウルデルコに近付き神刀を下から上へと斬り上げる。
「当たればな」
ウルデルコは斬り上げられた刃を見きり、刀の腹を右手の甲で払い、軌道をずらすことで必殺の刃から逃れる。
「さらばだ。人ならざる人よ」
ウルデルコの左腕、赫き槍となっているそれが光り逆に俺の心臓を貫こうと迫っている。
「ああ、わかってたよ」
これだけで終わる程、ウルデルコという男は甘くない。
洗練された戦士は、神刀さえも攻略してくるだろうと。
だからこそ俺は、更に先も考えていた。
「何っ!?」
ガキンと音がし、ウルデルコの槍が止まる。
俺の心臓部、赤い竜隣の上を更に、赫い結晶が覆っていた。
「吸血鬼の固有スキルさえもだとっ!?」
「言っただろう?お前のおかげで、また人を辞めてしまったと!これで、終わりだ!」
赤い結晶によって強化された竜の爪が、ウルデルコの防御を貫通し心臓を突き刺す。
「ぐはっ…見事だ…強き者よ…」
ウルデルコの身体から力が喪われ、地上へと落下していく。
俺もふらつきながら、風を送り墜落して死体が損壊するのを防ぐ。
彼は王として、丁重に弔うべき敵だった。
「はぁっ…はぁ…」
限界だった。
あの一撃で決められなければ、あと少しでも戦闘が長引いていれば、結果は逆になっていただろう。
ウルデルコが俺の発動した<鮮血の月夜>に一瞬意識を乱されなければ。
俺はフラフラと飛び、近くの民家の屋根へと降り立つ。
腰を下ろすと、疲れが一気に押し寄せてきて、強制的に俺の意識を眠りにつかせようとしてくる。
「あぁ…しんど」
力を抜き、身体を投げ出した瞬間。
俺の身体に影が差した。
「なっ!?」
慌てて力を振るい、その場を飛び退く。
俺を見降ろすような形で、見ていた男が目に入る。
黒い大きな鳥へと乗ったその人物に見覚えは無かったが、まだどこか幼さを残すその男は俺に向かって目を輝かせ無邪気に笑った。
「へー!ウルデルコ・ギスターブを倒しちゃったんだ!すごいね!」
「…何者だ」
見た目に惑わされてはいけない。
目の前の少年は、先程討ち斃した強敵と変わらぬ力の持ち主だ。
「僕はタナトス。魔王軍六魔将第一位、冥王タナトスって呼ばれているよ」
まるで友達に自己紹介するような気やすさで、少年、タナトスは言う。
「ねぇ、君。僕とも戦ってくれるよね?」
ニコリと笑うその笑顔に、隠しきれない闘気が混ざっていた。




