第262ページ 計算外
遅くなり申し訳ありません。
「お父様…」
「これはこれは。感動の再会かな?」
「ウルデルコ…ギスターブっ!」
ギリッと音が鳴るほどの歯ぎしりが聞こえた。
グレイは憤怒の形相でウルデルコを睨みつける。
ビビアーナは、グールとなった父親に対し、ショックが大きすぎたようだ。
「勘違いしないで欲しいんだが、私がグールにしたわけではない。その男が勝手に成ったのだ」
飄々と、ウルデルコは言い放つ。
「私は、彼を気に入ってね。私の眷族としようかと思ったのだが、彼は抵抗した。吸血鬼に成るのは嫌だと」
「それで、グールにか」
「その通り。さて、それで?君達は何をしにきたのかな?」
不敵に笑うウルデルコ。
ビビアーナはそれに返す言葉が無い。
想定していた状況と違いすぎる。
ビビアーナは戦力として数えられないし、グレイはこの場において力不足。
俺は正面に座る男を観察する。
魔力、それに威圧感。
七聖剣第一位アレックスさんに並ぶのではないかという存在感。
そしてそれは間違っていないだろう。
おそらく、ベンやフィオナ王女では荷が重い。
それはそのまま俺にも当てはまる。
今の俺は、王都で戦った時よりも様々な技術を使え、スキルを覚えた。
だがそれでも、アレックスさんと一対一の制約なしで戦えば勝てるとは思えない。
驕っていた。
一国を滅ぼすと聞いても、これ程とは思わなかった。
知らず知らずのうちに俺は、自分の力が届かない可能性を除外していたのか。
だが、やるしかない。
ここで背を向ければ、俺の中の何かが決定的に折れてしまう。
そんな気がする。
無謀だろうと何だろうと構わない。
今ここで、こいつを斬る。
「アステール!」
「グルゥ!!」
「ほう?」
バリーンと大きな音を立て、執務室の窓を破りながらアステールが飛来する。
アステールには屋敷へと抜ける道も、屋敷内も行動するには狭い為、外から飛んで回って貰ったのだ。
飛んできたアステールは、ビビアーナへと飛びかかる寸前だった元領主を弾き飛ばし、壁へと激突させる。
そのまま着地し、ウルデルコの奥にいる吸血鬼と目を合わせた。
どうやら自分の相手はわかっているようだ。
「エリュトロス、頼む」
「承知した」
進み出てきた赤髪の男。
エリュトロスが人化の術を使った形態だ。
昨夜の内に、魔力を隠す魔法陣の内でエリュトロスを召喚し、人形態になって同道してもらっていたのだ。
エリュトロスは起き上がろうとしている元領主に駆け、容赦なく蹴りあげる。
「「なっ!?」」
グールとなってしまえば戻る手段がないとはいえ、ひどいことをする。
ビビアーナとグレイが驚き口を開け、次いで怒りを顕わにしたところでエリュトロスがそちらを一瞥した。
「…シュウ、お主の戦いの邪魔はさせん」
「ああ」
「ほほう?」
だがエリュトロスは、二人には何の言葉もかけず俺にそう言ってくる。
けれど二人はその言葉で今の状況を思い出したようだ。
文句を呑みこみ、黙って状況を見守る。
本来なら、アステールとエリュトロスには二人で奥の吸血鬼を抑えてもらうつもりだった。
だが、こういう状況になり、アステールでは倒すことはできても抑えることは難しい元領主の相手をエリュトロスに任せるしかない。
娘の見ている前で、アステールに元領主を倒させるわけにはいかなかった。
しかしそれは計算外。
アステールだけでは、奥の吸血鬼を相手取ることは難しいだろう。
奴の魔力量だけ見ても、厳しい。
奥の手を出す、か?
「…マスター」
「ああ、お前は手を出すなヴァレンテ」
「はっ。そういうわけだ、そちらから手を出してこない限り、私は手を出さない」
「…」
一体どういうつもりだ?
その言葉を信じていいのか?
いや、やはり放置しておくわけにはいかない。
「アステール、その男が動かない限りはお前も待機だ」
「グル」
アステールは警戒を解かずに頷くが、ヴァレンテと呼ばれた男は本当に戦う気がないようだ。
フッと微笑んで完全に力を抜いている。
「それで、私の相手は君がしてくれるのかな?」
明らかにこの状況を面白がっている様子だ。
自分が負けるとは思っていないといったその風貌に、俺の頬も上がる。
久しく感じなかったこの感覚。
自身よりも上の存在に挑む、背筋がゾクゾクとするような。
「お初にお目にかかる、吸血鬼の王よ。俺は傭兵シュウ・クロバ」
「ふはは、良い。良いな、シュウ・クロバ。久しく見なかった純粋な闘気だ」
「不敬お許し願おう」
スラリと、天羽々斬を抜く。
この相手に対応できる武具は自然限られる。
親父さんには申し訳ないが、罅が入ってしまっている斬鬼はもちろん薄刃の双月もウルデルコにとって割ることは容易いだろう。
「貴方を斬らせて頂く」
「ふっはは、はぁはっはっは!よかろう、シュウ・クロバ。私は強者として、挑戦はいつなりと受け付ける!全力でくるといい。私はお前の全力ごとねじ伏せよう」
ニヤリとウルデルコが椅子から立ち上がる。
そして俺たちは自然と、アステールが破った窓から外へと出る。
二人ともがわかっていた。
この執務室は、俺達が戦うには狭すぎる。
俺は<天地無用>による空中歩行で。
ウルデルコはその背からコウモリの翼を生やして。
まるでそこには地面があるかのように俺達は進んでいく。
そして、街の上空。
同時に相手の方を向き、同時にニヤリと笑う。
そして同時に、空を蹴った。
この物語を始めてからジャックを除き初めての明確な格上との戦闘になります。




