第261ページ 作戦決行
『吸血鬼達は夜の住人。不昼都市にいようとそれは変わらないわ。昼間はその動きも多少鈍る筈。例えそれが些細な物でも、私はより可能性の高くなる道を選ぶ。つまり』
『作戦決行は明日、正午』
コクリとその場にいた全員が頷いた。
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「時間よ」
その言葉を今か今かと待ちわびていた男達がビビアーナの言葉に反応する。
ビビアーナは彼らを見まわし口を開いた。
「全員今日までよく我慢してくれました。今日この日、我等は我等の手で、この街を取り戻します。亡き盟友達の為に、再び剣を取り憎き吸血鬼に突き立てなさい!」
返事の声は上がらなかった。
誰もが胸の内で、その言葉に歓声を上げた。
そんな彼らを見て、ビビアーナはコクリと頷く。
「行くわよ!」
ハイレーン奪還計画が始まる。
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「シュウ!」
まずは俺が地下から飛び出す。
場所は既に領主館の中だ。
上から感じる強大な魔力に身が引き締まり、頬が緩むのを感じた。
「天は我が手に、厚き雲よ、その身を退けよ!」
薄暗かった回廊に光りが差し込む。
不昼都市を不昼都市としていた由縁、そのぶ厚い雨雲が消え、不昼都市に昼が訪れる。
射しこまれた太陽光は吸血鬼に対し何よりの奇襲となるだろう。
実際、外からは絶叫が響いてきた。
「いつも通り、街内の見回りに二人いたようね」
後ろから出てきたビビアーナが少し頬を上気させながら興奮気味に言ってくる。
昨夜作戦として雨雲を払うことは伝えていたが、本当にできるとはやはり確信していなかったんだろう。
思わぬ成果に感情が隠せていない。
「これで吸血鬼はウルデルコ・ギスターブを含め7人」
そう。昨日はそう聞き、確かにこの館内にいる一定以上の魔力は一致する。
だが、一番大きな魔力をウルデルコとして、ビビアーナ達が対処できないと言ったのはもう一人だけだった筈だ。
俺の感覚では大きな魔力源は三つある。
ああ、嫌な予感がする。
「そこまでだっ!」
「魔族め、これ以上は進ませぬぞ!」
館を進む俺たちの前に二人の吸血鬼が立ちふさがる。
俺は最初の取り決め通りその二人を無視し、そのまま直進。
襲いかかってこようとした二人を、付いて来ていた兵たちが止める。
『貴方はウルデルコだけを目指して』
それが作戦前にビビアーナに言われたこと。
例えそれまでに誰が、何人斃れようともウルデルコ・ギスターブだけを目標にしろと。
兵達も一対一で対処しているわけではない。
最低でも三人で戦うようにとは言っている。
念の為街の方にも送った兵たちが、戻ってくれば数の上では簡単に逆転する。
俺がウルデルコ、アステール達がもう一人を押さえれば十分に勝機のある策だった。
館に突入したのは俺達を含めず、ビビアーナ、グレイそして12人の兵士。
街へと向かわせたのが10人。
先程の吸血鬼に対し兵を三人ずつ割いた。
次に出てきた吸血鬼も二人。
ここで更に三人ずつ兵たちが戦いへと移った。
今のところは作戦通り、力量的に考えても余裕とは言えないが倒せるであろう。
もし相手が逃げるようならそのまま逃がすようにも伝えている。
その程度の相手なら脅威にならない。
そして俺たちと、ビビアーナ、グレイは最上階、領主の執務室へと辿り着いた。
そこに座し優雅に赤い液体の入ったグラスを傾けていたのはもちろん、ウルデルコ・ギルターブ。
その後ろに控えるようにもう一人の吸血鬼。
そしてこの部屋には、あと二つ目につくものがあった。
一つは灰。
まるで人体一つ分が灰になったような灰の山が、部屋の片隅に積まれている。
そしてもう一つ。
いや、もう一人。
犬歯が伸び、顔面は青白く蒼白。
その魔力は、ウルデルコには及ばないまでもその後ろの吸血鬼とは並ぶ程のもの。
つまり、ビビアーナ達では手出しできない。
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[グール]ランクB~
吸血鬼によって変血を行われ吸血鬼へと変貌する段階で何らかの障害により吸血鬼になれなかった成れの果て。
その力は吸血鬼のものと人だった頃のものを基準とし強力。
意識は既になく、本能の赴くまま「食事」を摂るという欲求を満たす為だけに行動する。
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手出しできないのは、それだけが理由ではない。
「そんな…お父様っ…!」
その目に意思はなく、喉からはシューシューと音が漏れる。
吸血鬼に成り損ね、屍鬼となってただ本能に従うだけの魔物と化したビアッジョ・ハイレーン領主の姿がそこにあった。




