第260ページ 討伐依頼
「だが、何故俺に依頼を?」
銀のタグは確かにそれなりの実力保障にはなるが、一国を滅ぼした吸血鬼を相手取るなど一般的には不可能だ。
その話が本当であるなら、王国の誇る七聖剣でも対応できるのは三人くらいなのではなかろうか。
まして俺は魔大陸の者ではなく、魔族ではない。
そんな大事な役目を任せられると断じれる程の評判があるとは思えない。
そもそもビビアーナは俺のことを知らないようだった。
「理由は三つあるわ。一つは貴方がギスターブの名を聞いても反応しなかったから」
「単に知らなかっただけだ」
「そのあともよ。ギスターブという男がどういう存在かを知っても、微塵も反応しなかった」
まぁ一人で一国を滅ぼせそうな奴を何人か知っているというのも大きいだろうな。
「二つ目は純粋な実力。貴方がさっき殴り飛ばした男は、口だけの男じゃないわ。ギスターブが引き連れてきた吸血鬼の中でも上位の力の持ち主」
「引き連れてきた?」
「ええ…」
単身で領主館を襲撃したように思えたギスターブだが、もちろんその間この領の兵たちがサボっていたわけではない。
彼らは蹂躙されていた。
ギスターブが従える8人の吸血鬼に。
「そのうち7人までは私達でなんとかできるわ。でも、残る一人とギスターブは…」
「わかった。どうにかしよう」
アステールの方に視線を向けると、任せろというように頷いた。
念の為エリュトロスも呼んでおこう。
…いや、あいつは目立つからその時になってでいいか。
「三つ目の理由はその腕輪よ」
「これか?」
「ええ。その腕輪と全く同じ物を見たことがあるのよ。最近は着けられてないようだけどね。でも、効果は同じでしょう。魔力の隠蔽」
「正解だ」
なるほど、この腕輪のことを知っているなら俺の本来の魔力量も想像がつくということか。
「それに…なんとなく貴方に託してみたかったのよ」
「俺に?」
「貴方、どこか似てるわ。私が見たその腕輪の持ち主、我等が魔王陛下にね」
そう言ってビビアーナは、いたずらに成功したように笑った。
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「ここにいるのは領地軍の兵…の生き残りたちとその家族、領主の館に勤めていた者、そして吸血鬼によって家族を殺された者たちよ」
吸血鬼にとって人は餌だ。
人の生き血無しに、奴らは生きられない。
だから極力殺しをしないそうだが、街を一つ乗っ取る為には、殺さなければならない最低限が必要だった。
街を守る兵や、領主などだ。
「…」
ビビアーナの街を取り返したいという気持ちは確かだ。
父親が守ってきた街を、吸血鬼に奪われそれを足がかりに国を取られるなどどうしても我慢できないんだろう。
ただしそこに、復讐がないとは言えない。
俺は復讐を否定も肯定もする気もない。
やりたいならやればいいし、やりたくないならやらなければいい。
悪だ善だと言う気は無いし、復讐がどちらとも思わない。
人を殺すという行為はなるほど悪だろう。
だがそれは、見方を変えれば善にもなる。
戦争で何万と敵を殺し凱旋した英雄は、平和の世では大量虐殺者かもしれない。
それは時代によって人によって変わるものだ。
だから、自分のやりたいようにやればいい。
それが自分にとって必要だと、己の信念に沿うならば。
この世界で人の命はあまりに安い。
俺も既に何人かこの手で殺している。
俺はその事実を忘れない。
だが、俺はその事実を後悔しない。
なかったことにはしない。
例え、殺したその日に眠れなくなろうとも。
例え、夢にうなされ眠れない夜が続こうとも。
俺はこれからも必要があるなら人を斬る。
この手が赤く汚れ、待っているのが地獄へ続く道だとしても。
俺は結局自分の生きたいように生きている。
俺が自分に誇れるように。
俺の美学を歪めぬように。
「決行は明日。いい?」
「ああ、それについては俺にも少し策がある」
ビビアーナにだけ聞こえるように口を寄せる。
俺の発言にビビアーナは驚愕してこちらを凝視してくる。
「本当にできるの…そんなことが?」
「できる」
「…お願い」
「わかった」
俺は俺の持てる力を全て使い、明日一人の男を殺す。
それは他の誰の意思でもなく、俺の意思でだ。




