勇話③ 勇者保護
本編に戻ると言ったしょっぱなが勇者(笑)のお話になるとは…
いつものように読み飛ばしていただいても構いません。
獣大陸バリファルファへと渡った俺達は、ロコの首輪を外す方法を探していた。
奴隷の首輪は無理に外すと奴隷に対し攻撃を行うらしい。
ロコを買い取った時、一緒に鍵も受け取った筈なのだが、気付けばなくなっていた。
「どうするつもりだー?ヒロフミ」
「どうにかするさ」
あの一件以来、ラザロとはどこかうまくいかない感じがする。
俺は、奴隷となってしまった少女に対しそんな奴と言い放ったラザロの言葉を忘れていないし、ラザロが邪魔者を見るようにロコを見ているのにも気付いている。
何が彼の気に障るのだろうか。
そして辿り着いたのは、獣都ライオウッド。
都市の中央には巨木が屹立し、そこが獣王の住まう城になっているという。
俺達は獣王に謁見、獣大陸から魔大陸へと渡る唯一の手段である「魔断橋」を渡る許可を貰わなければならない。
話しは通っている筈なので許可自体はすぐに下りると思うが、それまでにロコの受け入れ先も見つけておきたい。
だが、そちらがうまくいかなかった。
どういうわけだか、ロコを見た人は嫌な物を見たというように彼女を拒絶する。
同じ獣族だというのに。
なかなか受け入れてくれないその態度に俺はイラつきを抑えきれなくなっていた。
そんな時、一人の女性と出会った。
「貴方がたが、魔王退治へと赴く勇者一行ですか?」
薄金色の髪をした彼女は、耳が長く一目でエルフだとわかった。
目を伏せ、藍色のローブを纏って背丈ほどもある木の杖を突くその姿はまさに魔法使いといった出で立ちだった。
「私はフェルミナ。お願いがあります」
「願い?」
「私も一緒に、連れて行って下さい」
開かれた彼女の目は、苛烈に輝いていた。
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彼女、フェルミナは住んでいた村を魔族の襲撃によって失ったらしい。
彼女自身は、その時ちょうど薬草を摘みに森へ入っていて無事だった。
精霊が騒ぐのを聞き、村に戻ったが既に手遅れだった。
自分の家には、愛する家族が横たわっていた。
お揃いだったはずの金の髪は赤く汚れ、妹の目は見開かれ、まるで「どうして助けてくれなかったの」と彼女を責めているようだったという。
「私はそれから、魔族への復讐だけを胸に生きてきました」
昔から精霊魔法は得意だったそうだ。
あらゆる属性を使いこなす彼女を両親は誇りに思っていたのだと教えてくれた。
復讐を誓った彼女は、その誓いだけで魔法を磨き、研鑽を重ね、ついにはSランク冒険者になるまでになった。
「茨のフェルミナと言えば、獣大陸では少し有名なのですよ」
彼女はそう言って初めて少しだけ笑った。
俺には彼女の気持ちがわからない。
日本にいて平和に暮らしていた頃の俺なら、復讐なんてダメだと言ったかもしれない。
でもこの世界では、それが普通。
彼女の心が少しでも救われるならそれもいいかもしれない。
でも、やっぱりどこかで復讐はいけないことだと思っている自分がいる。
だから、俺が彼女の歯止めになろうと思った。
止まれなくなっている彼女を支えて、止められるようにと。
「わかりました、フェルミナさん。これからよろしくお願いします」
俺が手を差し出すと、フェルミナさんは震える手でその手を握り、ぎゅっと握りしめたあと深々と頭を下げてきた。
張り詰めていた彼女の気配が少しだけ和らぐ。
床が少し濡れたのは見なかったことにしよう。
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「奴隷の首輪ですか?外せますよ?」
「「ええぇ!?」」
あっさりと言ったフェルミナさんに俺と碧の声が重なる。
フェルミナさんによれば、奴隷の首輪の攻撃効果は要するに呪いと変わらないらしく、神聖魔法などにもある<ディスペル>によって解除ができるらしい。
「…ラザロ、お前は神聖魔法使えたよな?」
「ああ」
「知ってたな?」
「ああ」
平静に答えるラザロに、俺は我慢が出来なくなった。
バンと机を叩きながら立ち上がり、ラザロの胸倉を掴む。
俺が座っていた椅子が倒れ、更に大きな音を立てたが気にしていられない。
「お前っ…!!」
怒りで言葉が出て来ない。
親友だと思っていたのに。
この世界で初めてできた大事な友達だと!
「…場所を変えようぜ」
ラザロは俺の手をゆっくり下ろすと顎をクイッとし外を指す。
そのまま出ていくラザロに俺も付いて行く。
仲間たちも俺達の後に続く。碧が不安そうにロコと手を繋いでいた。
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「それで!?どういうことだっラザロ!説明してくれるんだろうな!?」
「ああ、いいぜ。何が聞きたいんだ?」
「全てだっ!何故言わなかった!?何故隠してたんだっ!?」
「そりゃそいつが危険だからさ」
ラザロは真剣な表情をして、こちらを向いた。
その顔は、俺が今まで見たことのないほどで、俺は気勢を削がれてしまう。
だが言葉の意味がわからない。
ロコが危険?どういうことだ。
「そいつは狼種だ。狼種の子どもは自分の力を制御できねぇことで有名。首輪は赤と黄色、帝国では赤が犯罪奴隷を、黄色は奴隷が生んだ子どもを指す」
つまり、この子は元々奴隷の子で、力が暴走し何かの犯罪を起こしてしまったと。
肉食系の獣人は、その力も凶暴性も他の獣人を軽く凌駕すると。
「だ、だが!勇者である俺やお前が危険ってことは…」
「お前は言ったな。獣大陸までだと。それからはどうする?」
「っ!」
確かに、俺達が側にいる間ならばどうにでも抑えきれるだろう。
フェルミナも加わった俺達なら。
ただ、俺達基準で考えてはいけない。
俺達のレベルがこの世界でも上位にあることは確かだ。
「それにお前は俺達なら抑えきれると思っているが、それも違う。おそらく本気の一対一なら俺はそいつに勝てない」
「なんだと!?」
ラザロの強さは俺が良く知っている。
剣術だけならば俺よりも上だ。
そのラザロがこんな小さい子に一対一で負ける?
「何の冗談だ?」
「冗談でも何でもない。それが肉食系獣人の力だ」
確認を求めるようにフェルミナさんを見ると、彼女もあっさりと頷いた。
「見ただろう、そいつを受け入れない街の住人を。お前は何か勘違いしているようだったが、あれは単純にそいつのことを怖がっていたのさ」
「…そうだったのか」
大人の獣人でさえ、怖がるロコ。
俺は本当に何も知らなかった。
「な、ならどうすれば!」
「どうもしないのが一番だ。首輪は付けたままどこかの奴隷商に引き渡せ」
「なっ!?そんなことできるわけがないだろう!?」
「じゃあどうする?魔大陸に連れていくか?俺達も生きて帰れるかもわからねぇ所に?それはいいことなのか?」
「っ!それは…」
そんなことが良いことの筈はない。
だけど、ロコをまた奴隷にするなんてっ!
「…私一緒に行きたい」
「ロコ!?」
苦悶する俺は、その声にバッと振り向いた。
普段自分からは一切話さないロコが、初めて自分の気持ちを言った。
「私、ヒロフミといたい。私を人として扱ってくれたのはおっとうとおっかあ以外ヒロフミ達だけ。私、みんなと一緒にいたい」
ロコの瞳からは涙が流れていた。
碧は我慢できなくなったようにロコを抱き締め、ロコも碧に抱きつく。
どうすればいいんだ。
ロコの気持ちは嬉しい。
でも、魔大陸は危険だ。
どうすればっ!
「それならばこういうのはどうでしょう?ロコちゃんの首輪を外して、彼女が自身の能力を操れるか確かめるというのは」
「「なっ!?」」
俺とラザロの声が重なった。
フェルミナさんは、力さえあれば一緒にいても問題ないんじゃないかと言う。
確かに、もし本当に一対一でラザロを倒せるならそれは十分な戦力だ。
問題はそれを操れるのかどうか。
「…頑張る」
話しを聞いていたロコが首を縦に振る。
俺はまだ彼女を戦わせるなんて判断は持てない。
でも、その意思は尊重したかった。
「わかった」
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「いいか、外すぞ」
「ああ」
しぶるラザロを説得し、神聖魔法を使ってもらう。
神聖魔法自体は俺も使えるんだが、<ディスペル>を使ったことは無かった為ラザロに任せる。
碧も使えるが、碧には少し離れてもらっている。
碧は戦闘力ではラザロよりも下だ。
もし解錠した瞬間に碧に何かあれば、ロコは自分が許せなくなってしまうだろう。
「<ディスペル>」
ラザロが呪文を唱えると、赤い首輪が一瞬光り、パキリと外れた。
ロコに変化はない。
「…大丈夫そうだな」
「まだわかりません」
安堵した俺に、フェルミナさんが声をかける。
力の暴走は使おうとして初めて起こる方が多いそうだ。
「…わかった。ロコ!俺と戦うぞ」
「え!?」
「おい!正気か!?」
「もちろんだ。大丈夫さ、ロコなら」
ロコは怖がるように首を振っていたが、俺が視線を合わせると恐る恐る頷いてくれた。
俺の少し後ろにはラザロとフェルミナさんがいて、何かあった時には助けに入れるようにしてくれている。
ありがたい。
「やぁ!」
ロコが一声、一気に近づいてくる。
速いっ!
俺はギリギリで鞘に入ったままの聖剣でロコの拳を受け止める。
「ぐぅっ!?」
重い。
聖騎士長の一撃と同等ではないかと思うような一撃。
更に攻撃は終わらない。
これは俺も少し本気でいかないとだな!
「<肉体強化!>」
俺の一つ目のユニークスキル。
純粋な身体強化よりも更に強力であり、俺のスピードは音速の域に到達する。
ロコの攻撃を受け止めていくうち、ロコに変化が表れ始めた。
だんだんと攻撃に力が乗り、荒々しくなる。
「ロコ!?」
「ガルッ」
まるで野生の獣と相対しているようなそんな感覚。
「ロコ!正気に戻れ!」
狼のように牙や、爪も使った連撃が、俺へと叩き込まれる。
スキルを使っていなければ、反応できなかったスピードだ。
「ロコ!」
「無理ですね、介入させてもらいます」
「やめろ!」
「ヒロフミ!わかるだろう!?」
「まだ大丈夫だ!」
魔法を発動しようとしたフェルミナさんを制す。
大丈夫だ、ロコなら。
「ロコ、お前は強い子だ。お前なら大丈夫だ。自分を抑えて見せろ!」
その瞬間、ロコの目に意思が戻ったのが俺にはわかった。
攻撃から荒々しさが消え、鮮麗されていく。
「そんなバカな…」
やがて攻撃が止み、ハァハァと膝をつくロコの姿があった。
「よくやったぞロコ」
「…うん!」
ロコは笑い、俺の胸に跳び込んでいた。
「ぐほっ」
俺の意識は、そこで途絶えた。
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あの後、俺は呆れる皆によって宿へと帰還したそうだ。
ロコには謝られたが、俺は「よくやった」と頭を撫でた。
そして翌日、ようやく獣王との謁見が叶った。
ライオンの獣人である獣王は、まさしく獣の王といった風貌でありながら、帝王よりも穏やかにはっきりとした品性を感じさせた。
どちらかというと帝王の方が獣っぽかった。
謁見は問題なく終わり、橋を渡る許可も下りた。
いよいよ魔大陸は目前だ。
新たな仲間フェルミナと、装備を整えたロコも加え、俺達一行は魔大陸へと続く橋へと向かう。




