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とある冒険者の漫遊記  作者: 安芸紅葉
第十一章 最も危険なピクニック「目的地は魔王城」編
301/358

300部記念SS「とある海賊王の手記」

それは、今より約350年前のお話。

一人の男がいた。

男は一人の女に惚れ、一人の女の為に死に、一人の女の為に蘇った。


そして男は、不死の呪いを与えられ海を彷徨うアンデッドとなり、陸に上がれぬ身となった。

海の平和を守る為に、男は今日も、身体だけでなく言葉も失った仲間と海を往く。


---


「今日も上はいい天気みたいだな!」


死者となった我はオルケアニス号が新たに獲得した潜水の能力で海中を航行していた。

幽霊船が真昼間に海上を航行するのはどうかと判断した次第である。


海の中は、海上とはまた違った趣があり、最近の我は専らそれを楽しんでいた。

海上を航行するのは、夜と非常事態だけだ。


自称、海の女神様によって生き返った我等は、海の声を聞くことができるようになっていた。

それは、海に生きる者たちの悲鳴として我等に届く。

届いた声に応えるように、我等はその場へと急ぐ。

もう一つ、オルケアニス号が獲得した転移と見まがうほどの急航行の力で。


「この力には助けられるが、陸に上がれぬと言うのはな…」


陸で何かがあった時には助けることができないということになる。


「やはり呪いとしての側面が強いか…」


それでも、我は我のできることをすると決めた。

亡きセイレアの為にも。


---


「ぬ?あれは…まさか国か?」


いつものように海底を進んでいると、その一か所に光りが見えた。

また、ライトポッケルかとも思ったのだが、どうやらそんな小さな灯りではない。

近づいてみると、そこには紛うこと無き国があった。


だが、我等はそれ以上近付くことができなかった。


国より泳ぎだしてきたのは三頭の竜。


「あれは、まさか水竜なのか!?」


初めて見る四大竜種の一角。

青の鱗は深海にあってなお輝きを失わず、その牙と爪は明らかな危険を示していた。


されど逃げることは叶わない。

水竜たちは既に、我等を発見している。

ここで逃げようと結果は一緒であろう。


『アンデッドか』

『海中でスケルトンとはなんと珍しい』

『我等が役は国の守護。容赦はせぬ』


厳かな声が響く。

生前であったならば全身から汗が噴き出したであろう威圧感。

我等が命はここで潰える。

そう思った。

だが。


「お待ちください!」


可憐な声が竜達の動きを止めた。

それは一人の人魚。

竜達とは比べるまでもなく矮小な存在。


『如何した、人魚の姫よ』

『人魚姫よ、何故庇う』

「水竜様方、お願い申しあげます。このお方を殺さないでください!」


その声に、我は聞き覚えがあった。

あれはそう、我等がまだ人であった時。


---


あの日我等は、年に一度のセイレアとの邂逅の為に島へと向かっていた。


その途中で、我等は嵐にあい、転覆こそ免れたものの自分たちの居場所を見失っていた。

コンパスは、その役割を果たさず、どういうわけかクルクルと回り続けるばかり。


そんな時に、声を、歌声を聴いた。


可憐な歌声に引き寄せられ、我等はそちらへと向かう。


そこには一人の小さな人魚がいた。

透き通るような白の鱗に、白銀の髪をした美しくも可憐なまだ少女と呼べる人魚であった。


「其方…」

「ひゃっ!?」


海の上に一つだけ飛び出すようになっている岩場に腰かけ、月の光りを受けて一心不乱に歌う少女に声をかけると、少女はようやく我等の船に気付き、海へと逃げてしまった。


「すまぬ!驚かすつもりはなかったのだ!我等は方角がわからぬくなってしまい、のう其方!女が一人でいる島を知らぬか?!島の中央には山があり、入江からその内部へと入れる。そこは美しく輝き、彼女によれば精霊たちが踊るというあの島を!」


少女からの返答はなかった。

ただ、海面から手だけがにゅっと現れ、一つの方角を指差した。


「ありがとうっ!」


我は既に手も隠れた海面に声をかける。

歌声に酔いしれ、呆けていた部下たちも気を取り直し、次々とその場に声をかけた。


少女が教えてくれた方角に進むと、やがて見知った島が我等の前に現れた。

話を聞いたセイレアが二度と道に迷わぬようにと黒い羅針盤をくれたのだが、それはまた別の話。


---


「其方は、あの時の…我等を助けてくれた人魚か」

「やはり、あなた達はあの時の人達なのですね…」


人魚がこちらを振り向き、悲しそうな表情をした。

そこで我は、今の我等の姿を思い出す。


「ごめんなさい…あの島は呪われていると聞いていたのに、あなたがあまりに真剣だったから…私があの時教えなければ…」

「それは違う!」


人魚は勘違いをしているようだ。

この心やさしき人魚は、我等がこのような姿となったことを自分のせいだと思っている。


「それは違うぞ」


未だあの時のことを思い出すのは胸が痛む。

だが、我はこの姿になったことを後悔したことはない。

海の平和を守る為に余生が過ごせるのだ。


『姫よ、何の話をしているのだ』

『我等にもわかるように話してくれぬか』

「あ、あの…その…」

『ならば、アンデッドよ。其方は海にいるだけでなく人語を解す稀有な存在なようだ』

『何用で参った』


…用?

特に用は無い。

彷徨っていたら着いただけだ。


我等は正直にそう言った。

竜達だけでなく人魚にも呆れたような顔をされたのは何故なのだろうか?


『…其方らのことは我等で判断できぬようだ』

『姫の願いもある。水竜王様に聞いてみよう』

『来るがよい、アンデッドよ。我等が国へ』


水竜達は身を翻し、国へと戻っていく。

突然のことにどうしたらいいかわからない我が、助けを求めるように人魚を見ると、彼女はとても美しく笑った。


「ようこそ、アトランティカへ」


---


『ほう?意思あるアンデッドとな』


その竜は、他の竜とは比べるべくもない威圧感を放っていた。

もし生身であったならば、その威圧だけで心の鼓動が止まってしまったかもしれぬ。


「水竜王アイメルティ様、彼らは決して悪しき者ではありません。どうかご寛恕を」


人魚が隣りで頭を下げてくれている。

一度会っただけの我等の為に、どうしてそこまでしてくれるのか。

人魚の後ろでは、同じ人魚や魚人、セイレーンがハラハラと見守っているというのに。


『よかろう。ここは人魚姫の顔を立て、客人として遇しよう。なれどアンデッドよ。もし万が一我等が国に敵対するようであるならば…』

「そのようなこと、この命に誓ってせぬと誓いましょう。我はもう一度死んでおりますが!」

『…ふむ、面白い男じゃ。人魚姫が庇いたくなる気持ちわからぬではないな』

「そそそそそんなことではありませぬっ!か、からかわないでくださいアイメルティ様!」


人魚は、その白き肌を赤く染め、両手をブンブンと振る。

水竜王の威圧が下がったと思ったら、後ろの人魚たちからの威圧感が上がった。


「ほっほっほ、良きかな良きかな」


いつの間にか水竜王の姿は消え、一人の高貴な装いをした女性が立っていた。

いや、その髪色や魔力の質から判断するにこのお方が水竜王か。


「客人よ、まずは自己紹介といこうかの。我が名はアイメルティ、水竜王なぞしておる」

「人魚姫などと呼ばれております、サグリア・アトランティカです」

「我が名はショーン、キャプテン・ショーン」


我等は話しをした。

我のことやこの国のこと。

そのうち談話は宴に変わり、タイやヒラメが舞い踊り、水竜たちの秘蔵の酒を貰った。


あっという間に数日が過ぎ、必ずまた来ると約束をし、我等は国を出た。


その後も、様々な海賊船を沈め、魔物を討伐していたある日。

いつものように航海をしているといつものように声を聞いた。


「助けて!」


と我が耳に届いた声は、いつもとは違い知った音をしていた。


オルケアニス号はその声の許へと急ぐ。

そして、案の定、声が聞こえたのはアトランティカからであった。


辿り着いた我等が見たのは、アトランティカを破壊しようとする巨怪。

海坊主などと言われるその魔物は、我等も初見であった。


だが、何故水竜達は迎撃に出ないのか。

我は不審に思いながらも、今はそのようなことはどうでもいいと号砲を鳴らす。


轟音が鳴り響き、海坊主の頭部に砲弾は命中した。

海坊主は、倒れそうになりながら持ちこたえ、こちらを振り向く。


「グァァァァァァァァ」


海が震えた。

ビリビリと我が骨身に響く雄叫びに負けぬよう、我も声を上げる。


「我が名はキャプテン・ショーン!海に生き、海の平穏を守る者!其処な国は我が友の住む大事な国である!死にたくなければ退くがよい。退かぬば我が号砲を持ちて海の藻屑と変えてみせる!」


海坊主の答えば巨大な拳だった。


「撃てぇっい!!」


両舷の大砲が火を噴き、拳を破壊せんとする。

指の何本かを吹き飛ばし、しかし拳はオルケアニス号に迫る。


そこで我は、三つめの能力を発動した。


「取舵いっぱーーい!!」


我が声に反応し、船が左へと進路を変更する。

これが三つ目の能力。

我は我が船と、その装備品においてのみ声だけで操作することが可能となっていた。


「主砲用意!放てぇぇ!!」


へさき部分にある砲門が開き、我がオルケアニス号最大の大砲が火を噴く。

その一撃は、まさに雷の如く、海坊主のどてっ腹に穴を開けた。


「周り込め!オルケアニス号!」


アトランティカへと倒れこみそうになる海坊主の背後へと周り、


「全砲放てぇぇぇ!!」


オルケアニス号の全力を矢継ぎ早に叩き込んだ。

海坊主は最期の悲鳴を上げ、アトランティカとは逆側へと倒れ込む。

国の中から歓声が響き渡った。


---


「遅いですよ、キャプテン・ショーン」

「済まない、サグリア」


後処理も終わり、国の警護を勤めているという魚人たちに我が案内されたのは寝室。

そこには知っている筈の者の、知らない姿があった。


美しかった(かんばせ)、身体には皺がはしり、ベッドから身を起こすことも難しくなったその人は、だが記憶にある通りに美しく笑った。


「必ず来てくれると思っていました」

「勿論だとも。我は約束を果たす男だぞ?」

「ふふふ…」


力無く微笑むサグリアに、我の心は痛む。

ああ、この人も我を遺して逝ってしまうのか。


「この子が次のサグリアです」


そう言ってサグリアが視線を向けたのは、昔の彼女に良く似た美貌を持つ、しかし同じではなく青紫色の髪と鱗をした人魚。


「サグリア・メッセリーノ・アトランティカです。この度、二代目人魚姫を就任いたしました」


どこか儚さを感じるようだったサグリアとは違い、覇気に満ちたその態度は武人のようであった。

その姿に、頼もしさと同時に危うさも感じる。


水竜達は今、国守の勤めよりも大事な古来よりの務めをしているらしい。

毎年この時期には国から不在になるそうだ。

それを聞き、我の心は固まった。


「サグリア、我は我の生涯を賭け、この国を守ることを誓う」

「ふふ、頼みましたよ、キャプテン・ショーン。我が愛しき私の友人」


サグリアがこちらに伸ばした手をしっかりと掴むと、サグリアは満足そうに笑って力無く目を閉じた。

後ろからメッセリーノが泣く声が聞こえる。

武人のような彼女でも、親が泣けば涙を流す。当然だ。


「済まんな、サグリア。不肖なこの身では泣くことすらできんのだ」


サグリアの手を掴む手が震えていた。


---


戻ってきた水竜たちに後を任せ、我等は航海へと戻った。

あの国に行くのは年に一度、水竜たちがいなくなる時。


そう思っていた我は、珍しく我が主からの呼び出しを受けた。


暗き深海の底に鎮座する我が主は、声だけを我に届ける。


『良い場所を見つけたわね、お手柄よ』

「…なんのお話ですかな?」

『無駄なことを、お前を通して妾もあの国を見た。水竜達は邪魔だけれど、一度支配してしまえばどうにでもなるわね。いない時期もあるようだし』

「…」


我の行動によってあの国が危機となる。

それは我には容認できないものだった。


『不満そうね。でも無理よ。お前は妾に逆らえぬ』


暗く重い声響く。

それはまるで鎖のように我の心を縛っていく。


『お前の手で、あの国を制するのも愉しそうね』


そんなことはさせない。

そうなるくらいならば我は。


いや、我は自死することも叶わぬ身。

なれば、この女が凶行に至る前に、その前に我を殺してくれる者を見つけなければ。


ああ、願わくば。

その者が我が死を心に病まなければいい。

きっと、我を殺しあの国を救ってくれるのは、心の優しい者だろうから。

300部記念SS第二弾。いかがだったでしょうか?

Marlboro menthol様のリクエストにより「キャプテン・ショーン」をテーマに書かせて頂きました。

難産でした。

元々キャプテンの再登場は全く考えておらず、年代だけを決めて細かいことは未定でしたのでほとんど一から作り上げたようなものです。

このような時間になってしまったのも今日の午後過ぎまでどういった話にしようかと悩んでいたからです。

休みでなければ書けませんでしたね。

満足して頂ければいいのですが。

ちなみにキャプテンの悲鳴を聞く能力は、アノマウスが負の念を集積する為に集めていた能力です。

キャプテンの人助けの意味合いとは逆の意味で使われていた能力という裏設定があります。


明日からは通常更新に戻ります。

おそらくは昼過ぎごろの更新になるのではないでしょうか。

続いていればまた400部記念SSのリクエスト募集するつもりなのでよろしくお願いします。

今回協力してくれて皆さま、ありがとうございました。

ニコ様、シュウ様のリクエストは本編と閑話でお届けする予定ですのでお待ちください。

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