300部記念SS「とある日常の風景」
普段よりはかなり長めになっています。
盛り込みました。
今日中に投稿できてよかった…
グツグツと煮えたぎる音がする火山島キラヴェイア。
この島は、火竜の住処として有名であり、近付く者はいない。
いや、いなかった。
『最近はどうなのじゃ?』
『と、申しますと?』
『あの人間じゃよ』
島の頂点に君臨する炎竜王イグリアードが向かい合うは一匹の竜。
他の火竜よりも深い紅色をした硬質そうな鱗を持つ。
『さて、あれは我には推し量れませぬ』
魔族との戦い、そして黒白の王との戦い。
戦いを経るごとにシュウの力は増している。
我等竜の力をその身に取り込み、魔神と呼ばれた者を従魔にし、今や…
『されどあの者は我が信を置くに値する者です』
『お主がそこまで言うとはの。ぬ?呼び出しかの』
炎竜王様の言葉に首を傾げるのと我の足元が光り魔法陣が浮かび上がるのは同時だった。
噂をすればなんとならのようだ。
『では炎竜王様、行って参ります』
『うむ。あやつによろしくの』
さて、次はどんな戦いが待っているのか。
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「と思ってきたのになんだこれは?」
我は今久しく使っていなかった人化の術を使わされ、人の姿をして町中にいた。
人族大陸最大の国マジェスタの首都サンデルス。
ここへ来たのは二度目であるな。
「こいつに聞いてくれ」
シュウがやれやれと首を振って親指で隣りを指す。
そこには、何がおかしいのかニコニコと笑っている金髪の男。
「いやぁ!シュウのところに行ったら王都に行こうって話しになってね!君も呼ぼうって僕が言ったのさ!」
「エリュトロスは戦いの場にしか呼んだことがないしな、今日は平和を楽しもうと」
シュウがこちらに笑いかけてくる。
…たまにはいいか。
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「エリュトロス、次はあっちだ!」
「いやいや、シュウ!あっちも美味しそうだよ!」
「クルゥ!」
三人は三様にあちらこちらの店へと突撃していく。
連れまわされる方はたまったものではないが、確かに人族の食べ物は美味だった。
シュウはなんというか薄い味付けを好んでいるようだ。
ジャックは甘味。アステールは肉。
我も肉だ。
しかしこの三人。
うち二人は魔物だが、それでも竜である我から見てもどこにそんなに入るのかというくらい食べている。
まったく良く食べるな。
我はクヤックという鳥の串焼きを食べながら方々で買い漁ってきた食物を置かれていたテラスで食べる三人を見る。
しかし、この鳥は美味いな、何本でもいけるぞ。
「あ!エリュトロス、ロック鳥の丸焼きをやるみたいだよ!」
「うむ、行くぞ」
我等竜と変わらぬ大きさにも育つ魔物、ロック鳥を丸焼きとは。
人族もあなどれぬな。
「おい、エリュトロスお前鳥肉だけで何キロ食う気だ?」
「む?そんなに食ったか?」
シュウの呆れた視線の先を見ると、積み重なり小さき子どもの背丈ほどにもなった串があった。
どうやらかなり食べていたようだ。
「だがロック鳥は食べるぞ」
「はいはい、行こうか」
「うむ!」
ロック鳥の丸焼きはショーか何かの扱いであるようで、広場で行われていた。
大きな鉄の棒に貫かれ、その下に魔法で熾したのであろう火が滾っている。
棒を回転させることで、ロック鳥の全面を焼けるようになっているようだ。
焼かれる度に滴る肉汁が、火にあぶられジュッと音を立て蒸発する。
その音だけでもうたまらぬ!!
「エリュトロス、涎出てるぞ」
「む?すまぬ」
いかんいかん。
抑えろ我。
感情を昂ぶらせるな。
「エリュトロス、人化解けてきてる」
「むぅ…」
人族の作ったタレをかけられたロック鳥から濃厚な匂いが漂って来て我の鼻をくすぐる。
なんだこれは、生殺しではないか。
「はぁ、仕方ないな。親父!そのロック鳥丸々貰おう!」
「なにぃ!?坊主、金あんのか!?ってお前さんかよ!なら大丈夫だな!しかし、他の奴も食いたいだろうし…」
「いや、親父!この国を救ってくれた英雄が言うんだ!俺達は次で良いよ!」
「そうだそうだ!」
「みんな悪いな!」
シュウが詫びるが、他の者は笑って首を振っている。
だが、それはよくないな。
確かに我はあれを食べたい。
今すぐにでもかぶりつきたい。
だが我等竜は食物は分けあう物だとしている。
故に。
「いや、シュウ。食事は皆で分けてこそ美味しい物だ」
「そうか?…そうだな。親父!やっぱ今のなしだ!皆で食べよう!」
「おう!よっしゃそろそろ焼けるぞ!」
シュウはまるでそう言ってくれるとわかっていたというようにニヤリと笑う。
まったく敵わんな。
結局我は、ロック鳥の胸肉と肝を頂いた。
まったくもって、美味である。
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「あれ、シュウ?」
「シュウ様ですか?」
ロック鳥を食べ終えた我等は、その場で宴会になりそうな雰囲気から逃れ、更なら食物を求め一番街へと来ていた。
一番街は貴族だとかいう人族の中で偉い連中が住んでいるらしい。
その為貴族街は我等が先程までいた場所とは違った料理店が立ち並んでいた。
どこに入ろうかと相談していると、前から歩いてくる人族に声をかけられた。
うち一人は我も一緒に戦ったことのある男で、その隣の少女、少女の後ろの老人からも男に負けぬほどの力を感じる。
今のシュウには及ばぬだろうが、人族の中ではかなりの上位にいるのではなかろうか。
「ベン、フィオナ殿下、トマスにゲラルトさんも。どうしたんだ?」
「今日は訓練の帰りなのです」
「ご飯でもってことになってね」
「王族がそんな簡単に」
「ふふ、お父様は私に甘いですから」
少女が可憐に微笑むが、その笑顔はどこか怖いと思うものであった。
それにこの少女から感じる力の波動…これはフェンリルか?
「シュウこそ今日はどうしたの?」
「ああ、俺達も飯を食べにな」
「その為に王都まで来たの!?確か今トウナールにいるって聞いたような…」
「さすがですね…」
「空間魔法で一瞬だったからな」
「え…でも、空間魔法は使えなくなったって聞いたような」
「こいつがいるからな」
シュウはポンとジャックを押しだす。
ジャックは待っていましたというようにニヤリと笑って手を広げた。
「やあやあベン!久しぶりだね!会えて嬉しいよ!」
「え!?君誰!?」
「やだなぁ!忘れちゃったのかい?!僕だよ!」
「え!そのテンション…まさか黒白の王!?」
「「なっ!?」」
瞬間、少女と老人の魔力が膨れ上がり、少女の背後に聖剣の列が並ぶ。
老人の足元から砂が石畳を突き破って現れた。
「おっと!?」
「あ!待って待って!黒白の王はシュウの従魔になったらしいから大丈夫だよ!」
チラリと二人がシュウに確認をするように視線を向ける。
シュウはそれにコクリと頷いた。
安心したように剣が消え、砂が地面の下へと石畳を復元しつつ戻っていった。
「シュウにジャックって名前を貰ったからそっちで呼んでね!」
「わ、わかった。なんにしても解放されてよかったね」
「うん!ありがとう!さ、ご飯に行こうか!」
「お前が仕切るのか…」
ヤレヤレとシュウが首を振りながらもジャックのあとを付いて行く。
我等と少年たちもそれに続き、自然と一緒に飯を食う流れとなっていた。
「ところでそちらの人は?」
「ん?ああ、エリュトロスだよ」
「え!?エリュトロスってあの火竜!?」
「そうだ」
少年が目を見開き、驚いたというように口を開ける。
まったく人族とは難儀なものだな。
姿が変わっただけでわからぬとは。
「わぁ…人化するとこうなるんだね」
「初めまして、エリュトロス様。私はフィオナ・ジェンティーレ・マジェスタ・フォン・アッシュフォードと申します。よろしくお願いしますね」
「ああ」
「俺もちゃんと自己紹介したことなかったよね?ベンジャミン・ハイリッヒ・フォン・シュレルンだよ。よろしく!」
ベンとフィオナ、それにトマスとゲラルトとやらも自己紹介してくれる。
我等竜にとって名は大切なものだ。
覚えておくことにしよう。
「ジャックもエリュトロスもイケメンになったねー…」
「イケメンとはなんだ?」
「え?えっと、かっこいいってことだよ!」
「ふむ…」
人族の美的感覚はよくわからぬが、褒められて悪い気はせぬな。
「ジャックは金の短髪爽やかイケメンだし」
「へへん!」
「エリュトロスは赤の長髪筋肉イケメンだし」
我等竜は人化の術を使うと本来の歳ではなく人族に換算した場合の姿となる。
我は今284歳であるが今は30前に見えるそうだ。
「それはそれとしてどこの店に行くんだ?」
「アステールも入れるところにしようか」
「クル!」
そう言ってベンが連れて来てくれたのは「美食の園」という名前の店であった。
従魔も入ることができ、完全個室の店だ。
料理の種類も豊富であり、肉、魚、野菜となんでも揃っている。
甘味もあるようで全員ご機嫌だ。
トマスとゲラルトは始め席に着こうとしなかったが、それぞれの主人に説得されて着席していた。
「お待たせいたしました」
せっかくだからとオススメのコース料理なるものを我等は頼んでいた。
前菜から始まるそれらはどれも美味しく、シュウのテンションが少しおかしなことになっていた。
我には繊細な味の違いはわからぬが、美味いというだけは確かなのでわからなくもない。
「そういえばシュウ、クラーケンを倒したんだってね」
「なぬ!?」
「ああ、一人ではないがな」
クラーケンとは聞き捨てならぬ。
あれの肉は美味いのだ。
「そうか、エリュトロスはクラーケンが食いたいのか」
「ぬ?何故わかった?」
「わかるさ、一応主だぞ?」
…我が主を持つなど、少し前では考えられなかった。
だが今は、シュウを主に持ててよかったと思っている。
不思議なものだ。
「また無茶をしますね、シュウ様。クラーケンなど個人で倒すものではありませんよ」
「余裕で倒せそうな姫様が何を仰ってるのやら」
「一人では無理ですよ」
フィオナはそう言って笑う。
「フィオナ、お主からフェンリルの力を感じるのだが」
「え?ああ、それは私の相棒の気配でしょう」
ほう。
神獣と呼ばれるほどの魔物を従魔にしているのか。
フェンリルが誰かに従っているなど初めて聞いたぞ。
「んーやはり美味しいですね、この料理は」
「そちらはメッフォのホワイトソースですな」
「メッフォっていうとトウナールでも採れる魚だったか」
「その通りでございます。ソースは…」
ゲラルトがレシピの解説をしてくれる。
この男は一口食べただけでソースに使われている物までわかるのか。
なんと料理人泣かせな。
その後もゲラルトの解説は続き、全ての料理を食べ終えた我等は店を出た。
全員が非常に満足しているが、料理人は泣きそうだったのが印象的だ。
「それでは、シュウ様。本日はありがとうございました」
「こちらこそです、殿下。また」
「うん、またねシュウ。アステールたちも!」
「バイバイ、ベン!」
「クルゥ」
「ああ、またな」
また、か。
人族に対しこのような言葉を使う日が来るとはな。
「さて、俺達も帰るか」
「クル!」
「シュウ」
「ん?なんだ、エリュトロス」
既に日は沈み、辺りは昼間の賑わいとは比べられぬ。
だが、二番街の方からはまだ喧騒が聞こえてきていた。
今日一日のことが思い出される。
「いや、我はお主の従魔になってよかったと思っておるぞ」
「はぁ?何言ってるんだ、急に。褒めたって…ああ、クラーケンの肉が欲しいのか?」
「欲しい。ぬ?いや、そういうことではないぞ!」
「まぁまぁシュウもちゃんとわかってるよ。これは照れ隠しさ、ね、アステール?」
「クル!クルルゥ」
「おや、シュウよかったね。アステールも君の従魔になれてよかったってさ。もちろん僕もだよ」
「みんなしてどうしたんだ…」
少し顔を赤くしてそっぽを向くシュウに、我等従魔は顔を見合わせ笑う。
この強力な力を持ちながら大人とは言えぬ主を支えようと、三人の心が一致する。
アステールが従魔になれてよかったという理由が、美味しい物が食べれるからというのは黙っておこう。
「ちなみにアステールがそう言う理由は美味しい物をくれるからだってさ!」
「アステーーーールーー??」
「クル!?」
裏切りだ!というように驚いたアステールがジャックにかじりつこうとするが、ジャックはそれをヒョイと避けた。
そしてアステールはシュウの手に掴まれ、体中を撫でまわされ力が抜けていく。
「そんなことを言うのはこの口か!?」
「クルゥ!!」
悲鳴なのか喜んでいるのかわからないアステールの声がこだまする。
少しだけ、本当に少しだけその光景を羨ましく思ってしまった。
「ははーん?ねぇシュウ!」
「ん?なんだ?…どうした、やけに仲良さそうだな」
「そんなことは断じてない!」
何やらシュウに告げ口をしようとしたジャックの口を後ろから封じ、持ち上げる。
ジャックの首が締まっているようで、ペンペンと我の腕を叩いてくるが、罰としてもう少しこのままでいさせよう。
ああ、こういう日も悪くない。
戦い以外で呼び出されると言うのも本当に、悪くない。
腕を離しジャックを解放する。
その前に「余計なことを言えば焼く」と耳打ちするのを忘れない。
ジャックは青い顔でコクコクと頷いた。
本気で戦えば一対一では勝てぬが、同じ従魔同士そこは信じるしかあるまい。
「さて、我はそろそろ帰るぞ。シュウ、今日のこと礼を言う」
「いいさ。こっちこそいつも世話になっているからな」
「何を言うか。何かあればいつでも呼べ」
「ああ。頼りにしてるぞ、エリュトロス」
シュウの言葉に頷くと、足元に送還の魔法陣が展開された。
「またな、エリュトロス」
「ああ、またな」
シュウ達に別れを告げ、我は火山島へと帰還した。
帰還した我は、炎竜王様のすぐ前で呼ばれたことを忘れており、更には自身が人化していることも忘れており、目の前に突然現れた大きな口に驚いてしまい炎竜王様が少し拗ねてしまった。
今度シュウにクラーケンの肉を貰ってご機嫌を取らねばならぬな。
やれやれ。
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エリュトロスと別れた俺達も、ジャックの空間魔法でトウナールへと戻る。
アステールを従舎へと入れ、ジャックも戻るということで俺はその見送りだ。
「シュウ、一つは壊した。もう一つ見つけたけれど、寸前で邪神教に持っていかれてしまったよ」
「そうか。いや、よくやってくれた」
「我が主の命令だからね。感じる波形はあと8つ。1つは動いていて、その向かっている先に3つの反応がある。おそらくそこが」
「邪神教の本拠地」
「だろうね。そして残りの4つはどうやらこの大陸にはなさそうだよ」
「そうか…」
「どうする?」
この大陸に無いのであれば、邪神教の手が伸びるのにも時間がかかるだろう。
それよりは…
「邪神教の本拠地へ行ってくれるか。正確な場所だけでも知っておきたい」
「それが主の命令ならばどこへなりと」
意味深に笑うジャックに俺は頷く。
「頼む」
「うん!それじゃまたね」
「ああ、よろしく頼む。またな。今日はありがとう」
ヒラヒラと手を振り、ジャックは転移していった。
空間魔法の使えるジャックと行動を共にすることも考えたが、やはりあいつにしかできないことをやって貰った方がいい。
ジャックは、魔神の欠片に取り憑かれた迷宮核に操られた影響で、欠片の位置がわかるようになっていた。
その為、その破壊を頼んでいたのだ。
残る欠片はあと8つ。
そのうちの4つが邪神教の手に。
少しまずい状況かもしれないな。
だが、たまには息抜きも必要だ。
俺はジャックに言われるまでエリュトロスを労っていないことなど気付きもしなかった。
今日は良い一日だった。
「まったく、俺こそお前達が従魔で幸せだよ」
アステールのいる従舎に目を向け、空を見る。
満天に星が輝いていた。
記念SS一本目、いかがだったでしょうか?
ショーグン様、シュウ様のリクエストを受けまして「ベン、王女との食道楽」「従魔3人」をテーマに書かせて頂きました。
アステールに擬人化や、心境描写をするのは少し抵抗があったので少し触れる程度になってしまったことをお詫びいたします。
さて、本当は今日二本あげる予定だったのですがかなり時間がかかってしまいましたので明日もSSの投稿となります。
本編再開は月曜日となりますのでご了承ください。




