第254ページ ディノトライホーン
「「はぁっ…はぁ…」」
魔物の群れを抜けた俺達は、集まってくる前の散らばっていた魔物を倒し一時的な安全ポイントを作り出して休憩をしていた。
正直この森でここまで疲労するとは思っていなかった。
空中を移動した時よりは大変だとは思っていたが、深淵の森よりも大変になるとは。
あの時はベンがいたからというのもある。
ジルガも強いが、やはり力が落ちていることもあり本調子ではないのだろう。
「お前っ…!あんなことっ…やるならっ先に言っとけっ…!」
「言う暇なんてなかっただろうに」
膝に手を付き、木にもたれながら息を整えている人狼にサラリと返してやると、狼の顔が不満そうに歪んだ。
「だいたいその姿はなんなんだよ。お前、竜人だったのか?」
「いいや、違う。そういうスキルなんだよ」
<竜の化身>が何だと言われれば竜化するスキルと答えるが、その性質上習得には竜の因子が不可欠だ。
詳しく解説する必要もないだろう。
「それよりも花のある場所はまだなのか…」
「もうすぐだ」
「ということは…」
「ああ。ここはもう奴の縄張りだ」
セルゲイから聞いていた、月無花が生えている辺りはある魔物の縄張りだと。
この森の中でも五指に入るだろう魔物。
人族大陸においてもランクAを誇る、地竜系亜竜種「ディノトライホーン」。
魔大陸のそれは、おそらく推定Sランク以上。
クラーケンと同格かあるいは…
「…来たぞ」
ジルガの耳がピクリと動く。
少し遅れて俺の耳もその音を捕らえた。
地面が揺れるような足音と、押しのけられ倒れていく木々の音。
「GIyoooooooo!!!」
正面にある木など見えないと、知ったことかとばかりに粉砕し現れたそれは、クジラ程の大きさもありそうなトリケラトプス。
三本の角が鋭く煌めき、硬質な鱗は刃が通りそうにない。
俺は双月を仕舞い、斬鬼を取り出す。
斬鬼でも斬れるかわからないが、薄刃の双月では砕かれてしまうだろう。
硬さが売りの斬鬼に活躍して貰うとしようか。
「ジルガ、一人で月無花を採りに行けるか?」
「ばっ!?お前一人でこれとやる気か!?」
「二人でやる必要はない!」
目を赤くしてこちらを睨みつけてくるディノトライホーンは、どう考えても俺をロックオンしている。
これから逃げるという選択肢は失われたとみていいだろう。
だが、二人で戦うというのは悪手だ。
激闘必至のこの戦いで、先程群れで襲ってきたような魔物たちはこないだろうが、それ以上の大物は漁夫の利を狙ってくるかもしれない。
最悪続けて戦闘になれば、月無花を採りに行けるかも疑わしい。
月が頂点に出ている時間には限りがある。
「行け!」
「チッ!必ず採ってくる!絶対死ぬなよ!!」
「ふっ、こっちのセリフだ!」
ジルガが走りだすと同時に、ディノトライホーンも地を蹴った。
「Gioooooo!!!」
真っ直ぐにこちら目がけて駆けてくるディノトライホーンに、俺は斬鬼を構え、迎え撃つ構えを取る。
すぐに目の前まで迫ってきた三本の角のうち、その一番長い角の頂点へと、斬鬼の刃をぶち当てる。
「ぐっ?!」
「Gyoooooooo!!」
斬鬼からピシリと音が鳴り、これ以上は無理だと判断した俺は、衝撃を受け止めずそのまま後ろに跳んだ。
が、思っていた以上の衝撃は、俺を後方へと吹っ飛ばす。
それでも、ディノトライホーンは止まらない。
吹き飛んでいく俺を追うようにズシズシと走ってくる。
チラリと斬鬼を確認すると、打ち合わせたところに罅が入っている。
それ程の力と硬さだったということか。
今度会ったら親父さんに謝らなければいけないな。
「責任取って貰うぞ。お前の角と鱗…寄こせ!!」
翼を広げ、空中で体勢を立て直し、今度はこちらから突っ込んでいく。
衝突しそうになった瞬間、翼を使い大きく身体をひねる。
「<竜の打尾>!」
「Gyaoooooooo!!!」
竜の尾がディノトライホーンの横っ腹に直撃し、強引にその攻撃を逸らす。
チラリと見た感じ、お腹まで硬質な鱗に覆われてはいなかったので、ひっくり返せば楽に倒せそうだ。
「ふんっ!」
「Gyooo!?」
ディノトライホーンの尻尾を掴み、力いっぱい振り上げる。
ぐるりぐるりと振りまわし、ディノトライホーンは周りの木を頭にぶつけながら悲鳴を上げている。
十分に遠心力がついたところで、放り投げた。
「Gyooyooooo!!!」
ドガンッとディノトライホーンは近くにあった岩山へとぶち当たり、その衝撃で岩山が粉砕される。
それでも、まだまだダメージは少ないようだ。
「はぁぁぁぁ!!」
「Guoo…」
立ち上がったディノトライホーンの目にはこちらへの恐怖がありありと浮かんでいた。
それはおそらくこいつが生まれて初めて味わう感情。
「終わりだ。<竜の爪撃>!」
長く伸びた竜の爪が、腹部からディノトライホーンを貫き、その命を終わらせた。




