第251ページ 人狼族の危機
人狼たちの住処は思っていたよりもきちんとしており、モンゴルの遊牧民が住んでいるようなゲルと呼ばれる移動式の家だった。
それが合計で6つあり、人狼達の規模がそれなりのものだということがわかる。
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[ウェアウルフ]ランクA
人狼。人の形態と狼の形態の二つを持ち、またその間である二足歩行の狼形態を取ることも可能。
人狼にとっては全てが真の姿であり、仮の姿はない。
月齢によって力の総量が変化し、満月の日が最も強い。
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けれど、ゲルの中から感じる反応は弱弱しく、人狼のものとは思えない。
何かあったんだろうか?
「こっちだ」
人形態へと戻った長の後に付いて行く。
人狼の毛の色は人形態の時は髪色に表れるらしい。
「長…」
「大丈夫だ。持ち場へ戻れ」
他の三人は心配そうにこちらを見ながら、方々へ散っていった。
長に案内されたゲルは、並んでいる中でも大きめのサイズではなかった。
その隣にあるゲルだ。
大きめの方には弱い反応が集まっている。
この感じは…
「入ってくれ」
中は案外快適そうで、フカフカそうなベッドと、家具がいくつかあるだけの広々としたものだ。
生活感はあり、一人で暮らしているわけではなさそうなのに誰もいないというのも少し不思議だがな。
いや、それを言うならここに着いた時から他の奴らと会わない。
「さて、その様子だともう気付いているようだな」
「病人がいるのか?」
「…いるなんてもんじゃない」
長は苦しげに俯いた。
長自身には病気の様子は見えないことから、病気にかかった者が心配なんだろう。
「すまない。自己紹介もまだだったな。私はセルゲイ。この群れの長をしている」
「シュウ・クロバ、冒険者…ではなく組合員だ。あのブラックヒッポグリフはアステール」
「エシルよ」
俺が名乗りを返すとセルゲイは頷いて立ち上がった。
どうやらお茶を淹れてくれるようだ。
随分人的な暮らしをしている。
「こんなものしかないが」
「いや、いい。それより群れがこんな状態でよく俺達を連れてきたな?」
「群れが万全だとしても、お主と戦うとなれば群れごと刺し違える覚悟がいるだろう。その判断はなかなかできぬ。それにお主には敵意がなかった。森の見張り番をしておった人狼、ジルガに傷を負わされたにもかかわらずな」
「そのジルガとかいう人狼は、役目を果たそうとしただけだ。あんた達の土地に勝手に足を踏み入れたのはこちらが先で、どちらが悪いと言われればこちらだろう。幸いアステールの怪我も既に癒えている」
「そう、そこだよ。私がお主たちを連れてきた一番の理由は」
セルゲイは真剣な目でこちらを見据え、地に手を付き頭を下げる。
「おいっ何を?」
「頼む。我等を救ってくれ!!」
「どういうこどだ」
「ジルガは殺すつもりで攻撃した筈だ。私が言うのもなんだがあやつはこの群れでも私に次ぐ実力の持ち主。仮に殺せなかったとしても、相応の手傷は負わせたはず。現に辺りにはかなりの血の匂いがしていた」
確かに。すぐに癒さなければ致命傷になってもおかしくはない傷だった。
人狼だけあり匂いには敏感ということか。
「その傷が、どこにも見当たらない。それ程の治癒技術があるなら…」
この群れの病を治すことも可能かもしれない、と。
だが、それは見当違いだ。
神聖魔法では病を治すことはできない。
残念ながら。
「そうか…」
「ただし、視ればどんな病なのかはわかるかもしれない」
「本当か!?」
「病がわかったところで治療できるかわからないが、それでもいいなら」
「ありがとうっ…」
セルゲイはバッと上げていた顔を再び下げる。
その肩が震えていたのは、見ないことにした。




