第244ページ 配達依頼
それから数日が経ち、俺はアステールと食事をしたり、屋台を回ったり、食糧を買い足したり、兵糧を補充したり、甘味をつまんだりしていた。
もちろん仕事もしており、昨日ようやくラバルエ家具店の依頼全26件を配り終えた。
ラバルエ店長からそれなりの額を貰っているので、もう働く必要はないのだが組合側から城壁拡張用の建築資材を運んでくれないかと指名依頼を受けたのでそれだけして町を出るつもりだ。
ここ数日で何やら「運び屋」という称号を頂いてしまい正規ルートではない依頼がきたり、依頼主と受取人の両方を衛兵に突き出して感謝されたりしたが特に変わったことはなかった。
今日までは。
「それで何の用だ?」
資材を届ける場所はもちろん外壁外。
その為、朝一で向かっている俺の前に一人の少女が現れた。
少女と言っても、ミーアと同じくらいの年齢。
いや、少し上で16歳といったところか。
この年齢に意味があるのかはわからないが。
「あなたが運び屋ね!」
「そう言われてるな」
「依頼があるわ!」
「俺は今日中にはこの町を出るつもりだ。つまり、依頼は受けない」
「それなら問題ないわ!」
少女が腰に手を当て無い胸を張る。
「依頼の届け先は魔都ハスペルベだからね!」
「ふむ…」
魔都であるなら最終目的地であるし、ついでに届けるくらいはしてもいいかもしれない。
問題は期限と品物だな。
「期限はあるのか?」
「いいえ、必ず届けてくれるならいつでもいいわ。早い方が望ましいけれどね」
早い方がいいと。
だが、期限がないというなら俺もできるだけ早く行くつもりでいたし少しの寄り道くらいは許されそうだ。
「品物は?」
「私よ」
「そうか、お前か」
品物が人となるとディメンションキーに入れることはできないから、色々めんどうだな…いや、ちょっと待て
「お前?」
「ええ、私よ」
「…冗談だろう?」
「本気よ」
「この魔大陸をお前を連れて横断しろと?」
「そう言ってるわ」
「断る。じゃあな」
「ちょちょちょっ待ちなさいよ!」
少女の横を通り過ぎ先を急ごうとする。
が、慌てた少女は更に俺を回り込んで道を塞いだ。
「レディーの頼みを断るっていうの!?」
「ああ断る。レディーなら家で大人しくしておくんだな」
「何よっ!少しくらい話を聞いてくれてもいいじゃない!」
「無理だ。現実的じゃない。守りきれる保証はどこにもない」
「守って貰わなくて結構よ!」
アステールに二人乗れないことはないが機動力は格段に落ちる。
一般人よりも多い魔力量を有しているようだがそれも有限だ。
使えるのかもわからない。
この環境のことをよく知らない俺が、即決で決めれる問題じゃない。
「じゃあな」
「あ、会いたい人がいるの!」
再度通り過ぎた俺の後ろから声が響く。
俺は仕方なく足を止めた。
「会わないといけない人がいるの…」
先程までの強気な態度や言葉とは打って変わって気弱なその震える声に、俺は思わずため息を吐いた。
これはずるいだろう。反則だ。
「とりあえず話は後だ。先に仕事を済ませてくる」
俺は振り返り少女に言ってから、資材置き場へと向かった。
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そこではちょうど屈強な魔族たちが資材を積み上げているところだった。
俺は現場責任者だという男に資材を届けにきた旨を告げる。
最初は怪訝そうにしていたが、俺がキーの中から資材を取り出してやると納得して案内してくれた。
俺は案内された場所に淡々と出していく。
かなりの量だ。
「いやぁ助かったぜ、兄ちゃん!そろそろ足りなくなる頃だったんだ。今か今かと待ちわびてたぜ!」
バンバンと俺の背中を叩いてくる現場責任者。
地味に痛いからやめて欲しいんだが、喜んでいるようなので放置し、そのまま出し続ける。
しばらくして全て出し終えた俺が振り返ると、現場責任者は口を開けていた。
「どうかしたか?」
「いや…どうかって…お前さんこの量…」
「確かに届けたぞ。ここに受け取りのサインを」
「あ、ああ」
どうやら量が多すぎてびっくりしていたようだが、そんなことは俺に頼んだ組合に言って欲しい。
というか何の連絡もきてなかったのか?
「ところで、すごいな。外壁の増築か…」
「ん?お前さんにすごいと言われると複雑な気分だが、まぁな!これが俺達の仕事よ!」
魔族ということで魔法建築によるものかと思っていたが、なんと全て人力なようだ。
いや、身体強化の魔法は併用しているが組み立てなどは手作業と言った方がいいか。
「魔法建築もできるが、俺達みたいなのは制御があんま得意じゃねぇからな!手でやった方が良い物ができるんだ!」
そう言う責任者は誇らしそうに作業現場を見渡す。
俺も昔、地球で見たことがあるようなその光景に少し懐かしくなった。
何故だろうか、魔大陸の方があちらのことを思い出す。
「危ねぇ!!」
俺が物思いにふけっていると、一際強い風が吹き抜けた。
運悪く、その風は建築途中の外壁上部で作業していた魔族のところを通りぬける。
身体強化をしていても、巨大な岩材を両肩に背負っていたその魔族はバランスを崩す。
足場から身が投げ出され、魔族はそのまま下へと落ちていく。
「くっ!」
出だしが遅れた。
今から魔法を使っても間に合わない。
アステールのスピードでも俺のスピードでも届かない!
並列思考で案を考えるが、何も思い浮かばない。
もうダメだと思った瞬間。
再度風が吹き抜けた。
ただし、今度の風は魔力を含んでいる。
「うわっ」
風は地面に落下寸前の魔族を優しく包み込み、その場に下ろした。
「おい大丈夫か!?」
「今の風魔法誰だ!?」
辺りが騒がしくなり、現場責任者も走っていく。
俺は後ろを振り向いた。
「どう?これなら私を連れてってくれる?」
彼女はどうやら自身の力を示せたことに満足しているようだ。
俺はそんな少女に近付く。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、これくらい!」
笑ってヒラヒラと手を振っていた少女だが、俺の真剣さに気付いたようだ。
顔を改めてこちらを向く。
「本当に大丈夫よ。まだこれくらいはね」
俺は少女を魔都へ運ぶことを決めた。




