第23ページ 深淵の森へ
翌朝。
朝食を食べ終えた俺は辺境伯城に来ていた。
何時に来ればいいかを聞き忘れてしまったので早めに来たが、どうやら待たられていたようだ。
城の門の前に、辺境伯一行とベンジャミン達がいる。
「遅くなりましたか?」
「何時と決めていませんでしたから、問題ありませんよ」
ベンジャミンはそう言って笑うが、明らかに準備万端という感じだ。
トマスは後ろで黙っている。
特に気にしていないようだ。
これはベンジャミンが気にしていないからだということだろうか。
判断基準がいまいちわからない。
「さて、シュウ。お前食料なんかはどうしてる?」
「一応、一ヶ月分は確保しておりますが、一人分ですね」
今回は深淵の森への調査だ。
往復で二週間、調査にかかる時間も考え一月分くらいはあったほうがいいと思い確保しておいたのだ。
ディメンションキーの中では時間が経過しないことも検証済みなので料理の形をしたものをそのまま出せる。
まったくいいもらいものだった。
しかしながら調査員が何人かもわかっていなかったので一人分しか用意していない。
どうするのだろうか。
「私たちも自分の分は用意しているので構いませんよ」
用意しているという感じではないのだが…
ああ、そうか。
ベンジャミンは空間魔法の使い手だった。
そういった魔法が使えるのだろう。
「それでは、早速出発しますか」
「そうですね」
見送りに来ていた辺境伯に一声かけ、俺と二人は歩き始める。
深淵の森に馬は連れて入れないため、待たせておく訳にもいかず今回は徒歩での移動だ。
「ところでシュウくん。敬語じゃなくていいですよ?」
「いえ、そういうわけには」
「いいから」
「…そうか?助かる」
俺がそう言ったらトマスがピクリと反応したが、声を出すことはなかった。
ベンジャミンは満足そうに頷いている。
「なんというか、俺の考えていた貴族とは違うな。お前も辺境伯も」
「まぁそのなんていうんでしょうね?私は特別で、辺境伯は例外ですかね?」
「お前ももっと砕けた言い方でいいんだぞ?立場的にはそっちが上なんだし」
「そう?ありがとう。じゃあシュウって呼んでもいいかな?」
「いいぞ」
「俺のことはベンって呼んで、親しい人はみんなそう呼んでるから。といってもそんなにいないんだけどね」
ベンがチラッとトマスの方を見ると
「私はベンジャミン様に仕える身ですので呼び捨てなどできません」
と答える。
それにベンジャミンは苦笑いだ。
どうやら何度も繰り返してきたやり取りみたいだな。
そんなどうでもいいやり取りをしつつ俺たちは進む。
道中は何の問題もなかった。
魔物も出てこないし食料もある。
当たり前だな。
一口もらったのだがトマスの料理は美味しかった。プロ級だ。
そんな道中に聞いたのだが、ベンジャミンが空間魔法を使えることは国の上層部と近しい人間は知っているとのこと。
ただ、その力は弱いということにしているらしい。
でないといろいろな方面から声がかかってうるさいからだそうだ。
確かに空間魔法なんて便利な魔法が自由に使えるとなるとうるさいだろうな。
そして六日目の昼。
ようやく森の前に到着した。
「これは…」
森の正面。
そこに大きな魔法陣が書かれていた。
ところどころ既に消えているが俺の目は全てを見抜いてくれる。
「転送魔法陣だな」
「どうしてそれが?いや、そういえば君の目は私より優秀だとマインスさんが言ってたね」
「ああ、まあな」
「具体的な効果はわかる?」
「どうやらこっちは受信専用のようだな。送信元は…ダメだ。座標が消されている」
「どう思う、トマス?」
「おそらくは考えの通りかと。これだけの規模の魔法陣を書ける者は限られております。人族には無理でしょう。となると」
「魔族か…」
人族と魔族が長年争っているのは聞いていた。
ここに来て争いが激化するというのだろうか。
「どうやらあの予言は事実のようだね」
「予言?」
「うん。魔神が復活したらしいよ」
「は!?」
なぜこいつはこんな大事なことを簡単に言うんだ!?
おいおい大丈夫なのか!?
「大丈夫だよ。魔神が復活したところでこっちにはいくつか切り札がある。君もその一枚だね、シュウ」
「…どういうことだ?」
「異世界人、なんでしょ?」
「っ!……よく知ってるな」
「精霊がね、教えてくれたんだ」
「精霊?」
「うん。まぁこっちの話だよ。シュウは日本のどこ出身なの?」
「広島だが」
…待て。
今こいつはなんて言った?
日本と言わなかったか?
なぜベンがその名称を知っている…?
俺がベンに視線を向けると、ベンは悪戯っ子のように笑っていた。
「俺はね、京都だったんだ。近いね」
「待て。どういうことだ?お前も異世界人なのか?」
「違うよ、僕は転生者。前世が地球ってことだね」
トマスに驚いた感じはない。
知っていたようだ。
俺はもう一度ベンを視る。
嘘は言っていない。
「今のところ転生者に会ったことはないけど、異世界人に会ったのは初めてじゃない。みんな総じて高い能力を保持していたよ。だから、異世界人はジョーカーと呼ばれてる。まぁ神様たちからしたらイレギュラーらしいけどね」
「異世界人は別にもいる…それに神様だと?」
「教会に行ったことは?」
「いや」
「行けば向こうから接触してくると思うよ。俺のときはそうだった」
「俺をこの世界に呼んだのは神なのか?」
「それはわからないなー。直接聞いてみてよ」
一気に情報が入ってきて軽いパニックだ。
あと、京都と広島は別に近くない。
数分後、落ち着いて俺はベンに色んなことを聞いた。
ベンのこと、神のこと、他の異世界人のこと。
ベンのことについては違うお話で、だ。
神のことについて。
この世界には神と呼ばれるものが実在しており、本来気軽に会えるわけではないのだが、俺らのような異世界人などは教会に行けばこれ幸いと天界に一度引き上げられるらしい。
これは精神体だけで実際の体は地上にて祈りを捧げているように見えるという。
帰ったらやってみよう。
どうにも教会で神に祈るというのはあまり馴染めず宗教というのに関わるのも嫌だったから教会には行ったことがない。
他の異世界人のこと。
ベンが会ったのは二人。
その二人はどこの国にも属さず、それぞれ各国を回っているらしい。
一人は高名な錬金術師となっており、もう一人は従魔師だそうだ。
錬金術師は俺たちよりも年上。
従魔師は下だったということ。
会ったことはないが神様の話から他にもいるということがわかっている。
「俺が転生者っていうのはほんのひと握りの人間しか知らない。俺の家族と仲間、国王だけ。だから秘密にしておいてね」
「ああ、わかった」
「それと、アネスト神聖国には行かない方がいいよ」
「アネスト神聖国?」
「この国から東に行けばある宗教国家だね。あまりいい噂は聞かないし、異世界人を神の使者だとして欲しがっている。いいように使われるよ」
「なるほど。異世界人を使えると思っているバカの類か」
何か特別な理由がない限りは行かないことにしよう。
「それで、これからどうするかなー?」
「入らないのか?」
「おそらく、というか絶対魔物の原因はこの魔法陣でしょ?手がかりがあるとも思えないし、帰ってもいいんだけど…入りたいの?」
「折角ここまで来たんだからな」
「…まぁいいか。俺たちがいて何かあるとは思えないし。いいよ、行ってみよう」
俺はキーからカメラを取り出し、魔法陣を適当に撮影する。
ベンはカメラなんて持ってたんだ、と呆れ顔だ。
君の方がよっぽど調査員に向いていると言われた。
確かに。
一通りの写真を撮り終え、俺たちは深淵の森へと足を踏み入れる。
どんな魔物が出てくるか楽しみだ。




