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とある冒険者の漫遊記  作者: 安芸紅葉
第十章 海の底の楽園「竜宮城と人魚姫」編
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閑話 人魚姫の思い出

「行ってしまったのぉ」

「ええ、嵐のような人でした」


遠退いていく後ろ姿を見送りながら私の心はどこか凪いでいく。

寂しい気持ちも確かにあるけれど、同時にあの方がここにずっといるとは思えなかったのも事実。


「そうかぇ?妾には春のように思えたのぉ」


アクメンティ様が私に向かってそうおっしゃる。

私の頬は、今どれだけ赤くなっているでしょうか?


確かに私はあの方に恋心を抱いていました。

しかし言われてみれば、それを除いてもあの方は春のようでした。


春のように暖かく、春雷の如く苛烈で、春雨のように優しかった。

雨や雷など私が体験したことがあるのは稀ですけれど。


あれは、私がまだ幼い時。

連れ出してくれたのは思いだしてみれば叔母様でした。


---


「アマンダ!お出かけしましょ?」

「行きます!」


毎日の勉強に飽き飽きし、ストレスが溜まっていた頃。

ムーレミア叔母様が声をかけて下さりました!

叔母様はいつもどこかに抜け出していて、私はそれがとても羨ましかったのです!


「こっちよ」


人差し指を口に当て、私の知らない通路を通っていく叔母様の後ろを付いて行きます。

私の胸はそれだけで高鳴り、声を出さないように手で押さえながら水を蹴ります。


「今日はどこに行くの?」

「春になったからね、海上に出てみようと思うの!」

「海上!?」


私はまだ海上に行ったことがありません!

話に聞くだけでいつかは行ってみたかったのでとても嬉しいです!


「さ、行きましょうか」


いつの間にかそこは、竜宮城の外でした!

叔母様はここ以外にもたくさんの抜け道を知っているそうです。

私もたくさん知りたいです!


けれど本当の試練はそこからでした。

国の上部は水竜王様による結界が張られています。

通過することはできるのですが、無断で通過すると水竜王様にはわかるようになっているそうです。


なので私達は門を通らないといけません。

もちろん門には常時門衛がいてくれますし、外壁の上、周りを見回りの兵が巡回しています。

一体どうやって国の外に出るのでしょう?


「安心していいわ、私たちには強い味方がいるから」


叔母様はそう言ってウインクをしてくださる。

なんだろう?と首を傾げながら付いて行くと、門が見えてきた。


その時、私は違和感を感じる。

周りの誰も、私達に気付かない。

私達のことを見る人はいるのに、何も反応しない。

いや、その視線は私達を素通りしていく。


「叔母様、これは…」

「シッ。この子は自分以外の音は隠せないからもう少し静かにしていてね」

「え?は、はい…」


結局私達は、誰にも気付かれることなく門を通りぬけた。


「叔母様…」

「ふふ、まだ内緒!さ、昇りましょう?」


叔母様はそう言って地を蹴り浮上していく。

その足の一本が私に絡まり、連れて行ってくれるのだとわかった。

私はまだ見ぬ海上に思いを馳せ、ドキドキが止まらない。


「わっ!?」


途中、叔母様の速度が上がった。

ううん、違う。

叔母様の足は動いていない。

まるで何かに乗って浮上しているような…


「もういいかな?セーズ、姿を見せてあげて」

「わぁ!?」


叔母様がそう言うと大きなイカさんが姿を現す。

私達はいつの間にか彼の足の上に乗っていた。


「私の相棒、インビジブルスクイッドのセーズよ。この子の能力があるから私は自由に外へ出れるの」


上まで送ってくれるしね、と悪戯な笑顔で笑う叔母様に勇気を貰い、恐る恐るセーズを撫でる。


「よ、よろしくお願いしますね」


ブルリとセーズが身を震わせる。

それがまるで「任せろ」と言っているようで私はクスリと笑ってしまった。


「そろそろ海上だけれど、これはちょっと日が悪かったかもしれないわねぇ」

「え?」

「しっかり捕まってるのよ!」


そう言って叔母様、ううんセーズはスピードを上げた。

目の前には不思議な光景。

海が揺らいで見える。

あれが海面!


「出るわよ!」


叔母様の声の一呼吸あと。

私達は海を突き破った。


「わぁ!!!わぁ!?!?!?」

「やっぱり…」


と思ったら何故か上からたくさんの水が降り注いでくる。

何これ!?


「ななななんですか、これ!?」

「大雨ね。海が荒れてるからそうかと思ったけれど…」


降り続く水は、私が経験したことのないもので、頬にあたるおそらく風と言われる物は何故だかとても心地いい。


「あは、あははっははは!!」


私は思わず笑いがこぼれる。

初めての海上はどうしてこれほど私の心を震わせるのか!


「アマンダ…?あの…これ悪天候とかそういったレベルでないのだけど…ま、まぁ喜んでるみたいだしいいか」


叔母様が何か苦笑気味に言っていたけど、私の耳には届かない。

私は思いっきり尾びれを振り、海面を飛び出す。

全身を空中に踊りださせ、全身で受ける雨は不思議な爽快感がある。


私はそのまま、初めての海上を満喫した。


---


「はぁ、はぁ…」

「ま、まぁあれだけはしゃげば疲れるわよね」


何時間経ったのかひょっとしたら数分だったかもしれないけど、私は海中に戻り肩を上下させていた。

つ、疲れた…こんなに動いたの初めてだったかも…


「あら?」

「え?」


叔母様の少し驚いたような声に振り返ると、その視線の先には海面。

けれど、さっきまでとは違う。

何か明るい光が差し込んでいた。


「これは…アマンダ!上がるわよっ」

「わっ!?」


叔母様に手を引かれもう一度海上へと浮上する。

すると、景色は一変していた。


「わぁ!!」


さっきまで私に降り注いでいた雨は止み、叔母様に教えてもらった雲と言うものがどこかに行っていた。

そして、その向こうの空と言うものが見えている。

海中と同じように暗い空、けれど海中とは違いたくさんの光りが浮いていた。


「叔母様!あれは光苔!?」

「いいえ、あれは星よ。そしてあれはお月さま」

「星!お月さま!」


叔母様の指差す方を見ると、一際輝くまんまるい物が。

あれがお月さま…


「見事ね」


この光景を言葉にすることはできそうにない。

でも…


「綺麗!叔母様あれ!クジラさんがいるよ!?海上にもいるんだね!」

「そ、そうね…?」


私は星空の海を泳ぐ白いクジラさんを見つけた。

叔母様もなんだか驚いているようだ。


「叔母様ありがとう、連れてきてくれて」


私はそう言って叔母様に抱きつく。

叔母様は私の頭を柔らかく撫でてくれた。


---


あのあと、帰った私達は門で待ちかまえていたお母様にすごく怒られた。

叔母様は強制的にお母様のお手伝いをさせられることになったし、私も外出禁止を言いつけられた。

私達がいないことに気付いたみんながとても心配していたようなので、仕方ないなとも思う。


「ムーレミアのことは聞いた。妾の責任でもあるな」

「いいえ!そんなことは!」

「…ムーレミアに闇の気配があったのは知っておった。けれど、それが混沌海女(カオラーン)のものだったとは…気付くべきであった」


水竜王様も後悔なさっているようだ。


私もしている。

何故私はこんな素敵な思い出を忘れていたのか。

何故、あれほど叔母様を怖がるようになっていたのか。


「弔いはひっそりと行ったと聞いた。妾も偉大な魂として胸に刻もう」

「はいっ」


叔母様、貴方の事は絶対に忘れません。

気付けなくて…ごめんなさい。


そして、シュウ様。

叔母様を救ってくれて、ありがとう。

私達の国を救ってくれて、ありがとう。


どうかあの人の旅路に幸あらんことを。


「水竜王様ーーーーー!!!!」

「シュ、シュウ殿がっ!虚にっ!!!」

「なんじゃとっ!?」


…無理そうですね。

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