第233ページ エピローグ
「本当にもう行ってしまわれるのですか?」
「ああ、世話になったな」
その日、朝も早い時間に俺はアトランティカを出ることにしていた。
見送りはこの国の上層部とその護衛、それからセレックくらいだ。
「こちらこそ世話になり申した」
「またいつでも来て下され」
トルーマン宰相とアレイモス近衛部隊長。武官と文官のトップが朗らかに微笑む。
その後ろからはいつの間にか全快したマーリンさんが出てきた。
この人つい先日大けがしたばかりだったよな?
「君ならいつでも歓迎だよ。もし、妹に会うようなことがあったらよろしく伝えておいてくれ」
「探さないのか?」
「必要ないさ」
マーリンさんはフッと笑って一歩下がった。
代わりに進み出てきたのは水竜王。
「改めて感謝を申す」
「いや、気にするな。うまい食事もできたし、正式な依頼だ」
「ほんに、素直でないこと」
そう言っておかしそうに笑ったあと、水竜王はもう一度頭を下げた。
「シュウさん!」
「おう、元気でなセレック」
「は、はい…!」
セレックはどこか付いてきたそうにしていたが、さすがに人魚は連れて行けない。
人魚は陸上でも呼吸的な問題はないが、長らく泳がないでいるとストレスが溜まってすごいことになるそうだ。
なので、陸との交易は魚人やセイレーンが担当している。
「シュウ様、本当にありがとうございました」
「いや、これからも大変だと思うが頑張ってください。女王陛下?」
「もうっ!」
アマンダは笑う。
その顔はやはりまだ女王というには貫禄が足りないが、彼女はまだ一歩踏み出したばかり。
彼女の後ろにはとても頼もしいメンツが揃っている。
十分に彼女を支えてくれるだろう。
実を言えば、食事のあと何人かからここに残って欲しいとも言われた。
海上司令官という新しい役職を与えるからとも。
だが、俺は断っている。
この国が嫌いということはないが、俺は地上の者であり、ここで生きることはやはり難しい。
それにそんな役職を貰ってしまったら自由に動けなくなってしまうからな。
俺には冒険者が合っているし、それが例え地上の国であろうと宮仕えをする気は無い。
おそらくこれは一生そうだろうと思っている。
アマンダは俺に何も言わなかった。
言ったところで断られるだろうことはわかっていたのだろう。
ただ、今は少しさびしそうにしている。
「また来る。元気でな」
「はいっ」
アマンダの頭に手を置いてそう言えば、目尻に涙を浮かべ嬉しそうに笑った。
「地上まではこやつらに送らせよう」
水竜王の言葉に、雄竜が二頭進みでてきた。
と言っても今は人形態だが。
「ありがとう。それじゃ、またな」
「クルゥ!」
言って俺とアステールは地を蹴る。
手を振り、海上へと向かう。
と、いきなり後ろから轟音が鳴り響いた。
なんだと思って振り返ればそれは声。
今日出立することなんて伝えていなかったはずなのに、国のみんなが俺を見送ってくれていた。
各々が、俺に声をかけてくれていた。
《称号「海底国の英雄」を獲得しました》
「また来いよー!!」
「ありがとう!!」
様々な声がかかる。
俺は少し気恥ずかしくなりながらも、大きく手を振った。
「またな!!」
竜へと戻った二頭の雄竜の後を追い、海中を目指す。
しばらくの間、後ろからはずっと声が聞こえていた。
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「大人気だな、シュウ殿」
「特に何もしていないんだがな」
「国を救っておいて何を言うのやら」
急激な浮上は俺やアステールの身体に負担となる為、俺達はおだやかに浮上していく。
国から離れるともう海中は真っ暗闇に包まれている。
水竜たちが見易いようにと魔法で光ってくれているので見失わないですんでいるのだ。
水竜たちは、近くの大陸まで送ってくれることになっており、その大陸は人族の者ではなく獣族の大陸バリファルファだそう。
帰還が遅くなるが簡易魔法陣で手紙だけはウィルに送っているので心配はされてない筈だ。
「む?あれは…」
「どうかしたのか?」
「いや…まさか…」
「どうやらそのまさかだようだ」
「なんとも珍しい…」
二頭の水竜がそう話している。
彼らの視線を追うと見えにくいが何やら海中に穴のような渦潮があった。
「なんだ?」
「虚だ」
「虚?」
「ああ。ゲートの魔法と似ているが、何処へ繋がっているかわからん」
ゲート…
ベンの師匠とやらが使っていた空間魔法か。
確かに似ているが、あんなものが海中では自然発生するというのか?
「随分物騒だな」
「近づかなければ問題はない。行くぞ」
「む?待て、ストラント!あれは!?」
「馬鹿な!?ノベルディン海流だと!?」
水竜たちの驚きに満ちた声。
轟音を立ててこちらに近づいてくるその海流が視える。
唸りを上げたそれはまるで龍のようで…
「離れろっ!」
「シュウ殿ッ!!」
「ぐっ!?」
十分に距離は取った。つもりだった。
呆気なく俺は海流に飲み込まれる。
その先には虚があった。
「シュウ殿ーーーー!!!」
「俺のことは気にしなくていい!ここまでありがとう!」
どこに出ようがまぁなんとかなる。
そんな気持ちを持って、俺はアステールと共に虚へと流された。
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「うっ…」
目が覚めるとどこかの浜辺に流れ着いたようで、近くにはアステールも横たわっていた。
揺さぶるとアステールも目を覚ましたようで、身体をブルブルと振り水を払っていた。
特に怪我もないようで安心だ。
「ここはどこなんだろうな?」
「クル」
マップは全く埋まっておらず、俺が来たことのない場所であることは確からしい。
天気は最悪で雷がゴロゴロと鳴っている。
少し見回すと、浜辺のすぐ向こうは森のようであった。
視界を飛ばすと、視たことの無いような凶悪な容貌の魔物たちが何匹もいる。
「…」
振り返り、海を見て、俺は更に驚いた。
浜辺近くだというのに、海は荒れている。
それにその色がどこか赤みを帯びていた。
鑑定すると瘴気を含み一般的には毒扱いされるものであることがわかった。
俺は記憶を思い出す。
瘴気の海、凶悪な魔物たち、いつも曇り空であり陽の射さない大陸。
「おいおい…」
ここは魔族が住まう大陸ベスペリアだ。
十章完結。
完結させてから休暇を頂けばよかったと思いました。
いつも通り閑話をいくつか入れて十一章になります。
今章は主人公にとって少し大事なお話でした。
キャプテンを主人公は忘れません。
皆さまいかがだったでしょうか?
ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。




