第225ページ 復活の混沌海女
「戻った!戻ったぞ!この私が!海の女神が戻ったぞ!」
声高らかに宣言する姿はムーレミアのもの。
しかしその声はムーレミアよりも一段高く、耳に響くような不快な声だった。
「一体何が…叔母様…」
フラリとアマンダが前に出る。
俺は彼女のところまで後退し、前に出ないように制しながら先ほど砲撃をしてきた方向に目を向ける。
そこには案の定、見覚えのある幽霊船が浮かんでいた。
「…悪い予感は当たるというが、全く嫌になる」
アマンダも俺が何を見ているのか察し、信じられないというように目を見開く。
それは後ろの兵たちも一緒だ。
俺よりも付き合いが長い分その驚きは一層だろう。
「あれは、まずいな」
いつの間にか近くへ来ていたマーリンがムーレミアだったものを見ながら言う。
彼女の言う通り、ムーレミアだった頃とは比べ物にならないほどの魔力を感じる。
破壊神のものよりも禍々しく感じるその魔力は、しかし根底で破壊神のものと同色だと思えた。
「混沌海女か」
「混沌海女?」
「ああ、私も伝承で聞いただけなんだが、破壊神の眷属で海に住むと言われる魔物だ。気象を操り嵐を呼ぶと言われている」
破壊神の眷属か…
一応は神獣扱いになるのかね?
かつて会ったことのある神獣と比べるとどうもあれが神獣などとは思いたくない。
「すべては混沌海女の仕業だったということか…余計なことを」
そう言うマーリンの魔力が雷となってバチバチと音を立てる。
海中でそれやるのやめてくれませんかね?
「だが、それ以上に厄介なのが…」
ここでマーリンも少し距離を置いて浮かんでいる幽霊船へと目を向けた。
あの距離からだと一方的に攻撃される可能性もあり得る。
それは勘弁願いたい。
「マーリンさん、あの女を任せてもいいか?」
「君はどうするつもりだ?」
「俺はあれをなんとかする。俺がしないといけないみたいだからな」
俺の言葉にマーリンさんは後ろを振り返る。
アマンダや忠臣たち、兵たちは未だ信じられないと呆然として幽霊船を見ているだけだ。
彼は、それほどまでにこの国の人々と交流し、慕われていたのだろう。
「…君に任せた方がよさそうだ。すまぬ、クロバ殿」
「ああ、行ってくる」
アステールを呼びその背に跨る。
先ほど強敵を討ったばかりというのに微塵も疲労を感じさせない相棒を一撫でし、幽霊船へと向かった。
「あらぁ悲劇の匂いがするわねぇ」
後ろから聞こえてきた怖気がする声を振り払い。
俺は幽霊船の上でいつもの笑いを浮かべている骸骨へと向かった。
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「あなたが私の相手をするってぇ?」
「ああ、そうだ。混沌海女、この国の者として例え神の眷属であろうとお前の行動を許すことはできない」
「許しなど必要ないわ。私は海の女神、この海のあまねくすべては私の物よ。その国もね」
「戯言を。お前はただの醜い魔物だ!」
前に出ると同時に私は雷撃の槍を放つ。
海中というフィールドにおいてほぼ無敵を誇ったその攻撃は、しかし混沌海女には片手で弾かれてしまう。
弾かれた先で海底と触れた雷撃が轟音を鳴り響かせた。
「この程度?」
嘲りを含むその言葉に、私は行動で返す。
私の周りに八つの気泡が生まれ、中の空気が乱雑に動く。
「エアバルーン」
風水混合属性魔法、エアバルーン。
気泡内に閉じ込められた空気はまるで小さな竜巻のように気泡内で回転している。
敵に当たれば泡は弾け、閉じ込められていた竜巻は容赦なく敵の体を切り刻む私が開発した魔法だ。
「往け!」
私の指示のもとあらゆる角度から気泡が混沌海女を襲う。
だが、混沌海女はその顔に笑みを張り付けたまま一度腕を振るった。
それだけで、海流が乱れ全ての気泡は押し流される。
激しい流れにあったエアバルーンは混沌海女とは離れた場所で破裂し海を震わせた。
「ふふふ、怖い怖い」
むしろ楽しんでいると言いたげな表情に私も久しく感じていなかった感情が顔に浮かぶのを感じた。
「…何を笑っているのよ?」
一転して不快だと言いたげな表情になった混沌海女が言ってくる。
そうか、やはり私は笑っていたか。
「いやなに、少し楽しくなってしまっただけさ。久しぶりでな、私も…全力を出すのは!」
私の意思表示に答えるかのように、魔力が雷となり辺りに迸った。
さて、街を破壊したときの言い訳でも考えておこうか。




