第222ページ 竜宮魔導師長
突如として消失した自慢の大群に茫然とするしかないらしいムーレミアは、先程までサハギン共がいた場所を振り返った後、こちらに視線を向けた。
その目には戸惑いと恐れの色が見える。
「あなた…一体…」
「シュウ・クロバ。ただの冒険者だ」
敵からも味方からも疑惑の視線が向けられている気がするが無視だ。
嘘は言ってないぞ?
「地上の者が何故ここにいるのか知らないけど、邪魔しないでくれるかしら?」
「そうはいかない。俺はこの国が気に入ったからな」
俺の言葉にムーレミアは不愉快だと眉を寄せ、イセアノスは顔に喜色を浮かべた。
わざとらしくため息を吐いたムーレミアが手を掲げる。
「あなたが悪いのよ?」
掲げた手を振りおろすとムーレミアの背後の地面から二匹の蛇が飛び出した。
その大きさは通常の蛇なんて目ではなく、その身はムーレミアらと同じように黒いオーラに包まれている。
「サ、サーペントだと!?」
―・―・―・―・―・―
[サーペント・ダークネス]ランクA
海に生息する魔物の一種。
蛇のような見た目をしており、亜龍に分類されることも。
その気性は凶暴であり残忍。自らの縄張りに入った者に容赦しない。
古の力により強化されている。
―・―・―・―・―・―
古の力による強化…ね。
これはますます怪しいか?
「アステール、一匹頼んでいいか?」
「グル」
「お待ちください!」
戦闘態勢に入ったアステールが飛び出す前にイセアノスが声を上げる。
そちらを見ると覚悟を決めた男達がそこにいた。
「クロバ殿達にだけ任せていては王国防衛隊の名折れ、我等の国を我等にも守らせてください。全てお任せするなどどうしてできようか!」
その言葉はもっともで、俺たちで全て片付けようと思うのは傲慢だったなと自嘲が浮かぶ。
そんな己にフッと笑いが漏れ、俺はイセアノス達と向き合った。
「なら、一匹は任せたぞ」
「我等が手腕、お見せしましょう!皆の者!クロバ殿にアトランティカの兵の力を見せるのだ!」
「「「「オオォォォォォオ!!」」」」
イセアノスが手にした槍を振り上げると、兵達から雄叫びが上がる。
見事な隊列を組んだ兵士たちが言葉を交わさず意思疎通ができるかのように泳ぎ始め、あっという間に一匹のサーペントを包囲した。
あれなら任せても大丈夫そうだ。
「さて…」
もう一体はアステールに任せるかとそちらを見ると、サーペントは何かに怯える様子で俺の背後を見ている。
アステールも何かに気付いているようだ。
マップを確認すると急速にこちらへ近づいてくる光点があった。
名前がわからないが青の光点なので味方ということだ。
考えているうちにも目視できる距離となり現れたのは濡羽色の翼を持った一人のセイレーン。
黒髪のショートヘアに紺の瞳。
妖艶な魅力を放つその存在は、同時に莫大な魔力を放っていた。
「マ、マーリン…」
「これは元王妹殿下、お久しぶりですな。どうなさいました、その恰好は?」
不敵に笑い皮肉を放つマーリンと呼ばれた女性。
俺がそのステータスを確認しようとするとゾクリと背筋が凍った。
「女の情報を勝手に見ようとするとは…」
こちらを見ながらチロリと舌で唇を舐めた女性に対し、俺は初めて被捕食者の気分というものを味わった。
一体誰なんだ?
「マーリン様だ!」
「マーリン様が来られたぞ!」
女性の登場に気付いた兵たちが喜びの声を上げる。
彼女の力を知り、便りにしていることがわかる。
「クロバ殿、我らが国の諍いに助力感謝する。私はマーリン・ウルクリラ。竜宮魔導師長の任に就いている。そちらの蛇は任せてもらおう。あちらをお任せしても?」
ムーレミアの方をチラリと見ながら言ってくる。
「いいのか?国の者がどうにかした方が…」
「私は少し、手加減が苦手でね」
それは暗に手加減して生きたまま捕らえろと言っているのだろうか。
まぁできると思うが。
「わかった」
「よろしく頼むよ」
バチバチと音を立て、マーリンの手に雷が生じる。
サーペントに向けられた指先から弾け、一直線に蛇を貫いた。
「ギァァァァァァ」
サーペントの悲鳴が響き、余韻を残して消えていく。
黒いサーペントがそこにいたが、それは先程までの黒ではなく黒く焦げ付いているのだとわかる。
海水の中で電気を放電させることなく操って見せた。
おそらくは雷魔法以外の魔法も同時発動している。
オリジンスキル<魔法>であれば簡単だろうがそんな気配はなかった。
二属性以上の同時行使を無詠唱で敵に気付かせることもなく一瞬で。
「とんでもないな…」
ゴクリと誰かが息を呑む音が、やけに大きく聞こえた。




