第219ページ 人魚姫とお茶
遅くなって済みません!
「まさかクロバ様に見つかるとは思っていませんでした…」
「私もまさか陛下が城を抜け出しているなんて思いませんでしたよ」
しかもあの店員の感じを見るにかなり頻繁なようだし。
俺に見つかって少し沈んだかと思えば、人魚姫はすぐに気を取り直して国を案内すると言い始めた。
ちょうどよかったので昼食を摂れるところに案内してもらい、常連らしい人魚姫からどんな料理なのか聞きながら注文し、今に至る。
考えてみると自ら案内を申し出る姫も姫だが、ならお願いと言う俺も俺だと思うが断るのもどうかと思う。
「陛下は…」
「アマンダと呼んでください。その呼び方はどうも慣れなくて、それに口調も普段通りでけっこうですよ?クロバ様は客人ですし」
「…わかった。だがアマンダ?サグリアではなく?」
「サグリアとは代々の女王が受け継ぐ名です。私が女王となった時に襲名しましたが私本来の名はアマンダです…私にとってサグリアはまだ母の名なんです」
そう言うとアマンダは悲しそうに微笑んだ。
アマンダの中で母親の急死はまだ折り合いがついていないのだろう。
いや、母が死にすぐに女王を襲名し職務に励んだ彼女にとっては、少し落ち着いた今の方が母親のことを考えてしまうのか。
「今の立場が嫌いというわけではないんです。忙しいですが、こうやって抜け出す暇くらいはあります。みんなも優しくしてくれるし、私が間違えたら叱ってくれる、大切な家族のようなものです。それはこの国の人たちも同じ」
何故かアマンダの心情吐露が始まってしまった。
なんだろう。
王族は俺に愚痴を吐くきまりでもあるのだろうか?
「家族の為に仕事をしていると思えば苦でもありません。外交などは少ししかありませんし、移住者や来客者など滅多にいませんから」
例外が俺やキャプテン、それにあの錬金術師というわけだ。
移住者は何年かにグル―プ単位でくることがあるらしい。
ただし、移住が認められるのは三月のお試し期間を終えてからとなっている。
誰でも彼でも受け入れるわけではないということだ。
その甲斐もあってこの国での犯罪率は地上と比べ圧倒的に低い。
周辺の魔物の駆除や、開拓、商業や国家運営など仕事は山ほどあるのであぶれることはない。
お金に困ることなく、満足している現状、犯罪を犯す必要もないのだ。
ただし、それはイコール犯罪者がいないということではない。
現状に満足しない者、ただ他者を害したいものなど一定数は存在する。
そういった者は反動なのか過激な犯罪を起こしやすいそうで、それらを取り締まる兵士は必要。
その為この国の軍は三つに分かれる。
一つは治安維持部隊。
地上で言うところの衛兵であり、地球でいうところの警察だ。
毎日のパトロールや危険分子の監視を行っている。
二つ目は国家防衛部隊。
魔物などの外敵からこの国を守る部隊であり、常に外を監視・警戒している。
魔物や外部からの何者かが近づいてきた場合の対処を行う。
国の門を守護しているのもこの部隊だ。
最後が王族近衛部隊。
王族の警護、それに竜宮城の警護も仕事に含まれる。
一番数が少ないが精鋭が集められた部隊である。
また、これらとは別にある戦力。
水竜王が統べる水竜たち。
滅多なことでは彼らが出ることはないが最大にして最後の砦だ。
「ですが、この国は他国と戦争をしているわけでもありません。水竜たちが戦ったことは過去に一度だけです」
過去に一度、水竜達が出なければならない程の戦いがあったことにも驚きだ。
そして何よりいつの間にか国の戦力の話になっていたことに驚きだ。
俺、昼食を摂りに来たんだよな?
そんな俺の気持ちに気付いたのか、アマンダは慌てたようにすみませんと言って続きを食べ始める。
一体彼女はどういうつもりでこの話を俺にしたのだろうか。
何か思うところでもあるのだろうか?
それからは普通に食事を摂り、この国の日常の話などをした。
アステールもアマンダが店に頼んで料理を作って貰ったのでご機嫌だった。
食事を終え、アマンダは城に戻るというのでこの国で行っておいた方が良い場所を聞き別れた。
送ろうかと言ったが、一人じゃないから大丈夫と言っていた。
アマンダも気付いていたんだな。
アマンダにはずっと護衛がついていた。
気配を消して影から見ていただけだが、俺のスキルの前では気配など何の意味もない。
気付いているのは俺だけかと思っていたのだがどうやら彼女も知っていたらしい。
「マルーシャやトルーマンは私が抜け出していることを知っていて目を瞑ってくれてます。多分息抜きの時間を与えてくれてるんだと思います。叱られますけど、みんな優しいですから。私はその気持ちを知っていて抜け出しているんですよ。私が知っていることは内緒ですけど」
そう言って悪戯っ子のように笑ったアマンダは、どこにでもいる普通の女の子のように思えた。
「ここが珊瑚の原か。綺麗だなアステール」
「クルゥ」
アマンダに教えてもらった場所。
国から少し出たところにある珊瑚の原。
一面に珊瑚が生息し、様々な色で煌めいて見える。
この深海まで太陽光は届かないから国の中でも少し暗いのだが、その暗さが自ら発光する珊瑚たちを更に際立たせており、珊瑚の間を泳ぐ魚たちの姿が美しく幻想的な光景を作り出している。
水の中では流石に写真を撮れないのでそれだけが残念だ。
「戻るか」
「クル」
珊瑚の原を眺めてどのくらいが経ったか、俺達は城へと戻った。
聞きたいことがあり、キャプテンを訪ねたがそこにキャプテンの姿は無かった。
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「あれはサハギンなのか?!」
「なんだあいつら、なんなんだ一体!」
「しかもなんて数だ!」
海に生息する魔物としてそれなりの知性を有するサハギン。
その強さはそれほどでもなく、地上のランクではD。
しかし目の前に突如現れた大量のサハギンは、禍々しいオーラを纏いそれぞれの力量がDでは収まらないことを物語っていた。
「ギギッ」
「ガギギ」
「ギガガガッ」
愉快そうにこちらを見てくる異常なサハギンの群れ。
国の守護を担っている者は、この異常事態に対処すべくすぐに行動を開始する。
ある者は城へ報告に、ある者は武器を取り外へ、ある者は他の部隊へ連絡に。
しかし、彼らの前で更に驚愕の事実が判明する。
「どきなさい、女王の帰還よ」
サハギンと同じく禍々しいオーラを纏った蛸の人魚。
黒いドレスを着たその美女は確かに知った顔だった。
「ムーレミア王妹殿下…?」
ただし、彼女の髪は幾十匹もの蛇となっており、透き通るように白く美しかった肌は黒く変色している。
その目は赤く爛々と輝き、その額にはある筈の無い三つ目の目が存在した。
「さぁ、アマンダ…私の国を還して貰うわよ?」
怪しく笑う美女が優雅に動くと同時に、サハギンの大群も進軍を開始した。




