第214ページ 海底国家「アトランティカ」
「これはすごいな…」
「クル」
国を囲むように外壁があるのは地上と同じ。
その外壁付近に幽霊船は錨を刺した。
海底に直接錨をおろす船もなかなかないだろう。
門には二人の門番。
キャプテンは慣れた様子で「やぁ」と声をかけている。
それに対し門番も頬笑み会釈。
どうやら門番にとってもキャプテンは既知の存在のようだ。
と、俺とアステールに気付いた門番が少し驚いたように目を瞠る。
キャプテンが誰かを連れてくるのが珍しいのか、人がここに来るのが珍しいのか。
後者であった。
「人族か?このような海底に人が来るなど…」
「キャプテン、そちらは?」
明らかに門番は警戒した様子を見せる。
手に持っている槍と三叉矛を構え臨戦態勢だ。
聞かれたキャプテンは何故か胸を張り
「うむ!我が友だ!」
と答えた。
同時に門番達がガクッと体勢を崩す。
気持ちはわかるがそれでいいのか、門番よ。
「地上で冒険者をしている、シュウ・クロバだ。中に入れるか?」
「…少し待ってくれ。キャプテンの友人だからおそらくは大丈夫だと思うが、人が訪ねてくることなど滅多にないからな」
滅多にということは少しはあるのか?
門番のうちの一人が連絡の為にかどこかへ泳いでいくのを見送り、俺はその辺のことやこの国のことを残っている門番に聞くことにする。
キャプテンは何やらご機嫌の様子でアステールを撫でている。
この国、海中都市アトランティカでは海中に生きる種族が住まう国。
もとは水竜たちの住処であったのだが、彼らの庇護を求めて集まったのがこの国の成り立ちである。
水竜王は集まった者達を庇護対象としたが、同時に彼ら自身の生活を保障したりはしなかった。
あくまで彼ら自身では相手にならぬ存在が現れた時についでに守ってやろうという程度でありそれ以外は好きに生きろと。
それは当然のことであり、集まった者たちもそこまで面倒を見てもらおうとは思っていなかった。
元々海中は彼らの住処でもあった為に水竜の住処に寄生するのではなく共生する生き方を選んだ。
集まった部族の者から代表を選出。
更にその中で国をまとめる者が選ばれた。
それがマーフォークの一族の長であり今では人魚姫と呼ばれている。
もっとも今の人魚姫は4代目とからしいが。
この国に住まうのは大きく4つの種族。
この門番達のような身体に魚の特徴を持つ魚人。
獣人族の一種に分類されるようで、彼らは偶に地上へと行ったりもしている。
この国と地上の国とを繋げる商人・外交官としての面もある種族だ。
代表ともなっているマーフォーク。
俗に人魚と呼ばれる下半身が魚、上半身が人の種族で、この世界では魔物に分類される。
しかし、その知能は人よりも遥かに高く、だからこそマーフォークの長が人魚姫として国を治める立場となった。
ちなみに男の人魚もいる。
セイレーン。
背中に翼を持ち、空を飛ぶこともできる種族。
一見鳥人のようにも見えるが、鰭や鱗、鰓があったりする。
マーフォークと同じく魔物とされており、その危険度はCランク以上とされている。
彼女達の声には魔力が宿り、人を操ったりすることも可能であるからだ。
ただ、好んで人を襲うような者はあまりいないらしい。
あまりというのが怖いが。
そして水竜だ。
彼らは人の姿を取って国で生活している。
共生はうまくいっており、彼らも国の住人として他の種族と手を取り合いながら過ごしているそうだ。
ただし、彼らに命令できるのは水竜王ただ一人である。
以上の四種族に加え、海に住まう魔物で穏やかなもの、知性のあるものが共生している国がこのアトランティカだ。
キャプテンはここに住んでいるわけではなく偶に訪れては子どもたちに自らの武勇伝を語り聞かせるそうで一種のヒーローのようになっているらしい。
そして、一番気になっていたこと。
ここに地上から客が来るのか。
答えは否でもあり是でもあった。
まず基本的に人はこの深海では活動できない。
呼吸もできず、水圧にも耐えられない。
俺とアステールが無事なのは加護とスキルのおかげである。
故に、人が来ることなどはできないのだが、もちろん俺のような例外が過去にいなかったわけではなく、最近では100年程前にニコラスと名乗る男が訪れたそうだ。
名前だけはよく知っているやつだろうことは間違いないな。
本当にそいつはどこにでも現れているな。
いつか俺と会うこともあるのだろうか。
…ありそうだな。
そんな話をしているうちに連絡に行っていた門番の一人が戻って来た。
おそらくは上司なのであろう人物と一緒である。
「許可が下りた。中に入ってくれて構わない。それと…」
言いにくそうに門番が後ろの上司を見ると、上司は頷いて言葉を引き継ぐ。
「シュウ・クロバ君だったな。私はアレイモス・ディグラールという。竜宮城において警備主任を務めさせて貰っている者だ。人魚姫サグリア様が貴殿に会いたいと言っているのだ。どうか一緒に来てはくれないだろうか」
いきなり人魚姫と会うとかハードルが高くないか?
そう思いながらも断る理由は特になく、俺は頷くことで返事とした。




