第211ページ 知の契約
『試練の終了を確認。知恵の試練、合格。これより契約に移行します』
声が響く。
俺達を囲んでいた霧が晴れていき、元の景色に戻った。
祭壇に置かれている水晶が淡く輝いている。
俺がそちらに一歩近づくと、水晶から光が溢れだしまるで映写機か何かで映し出されたように上空に青色の蛇が現れた。
蛇はゆっくりと形を人へと変え、女性の姿となると俺の前へと降りてくる。
「今度の契約者は優秀なようじゃの」
女性が口を開く。
その声はさっきまで祭壇から響いていたものと同じだった。
青色の長髪をポニーテールにし揺らしている。
服装はひらひらとしており和風。
七色に煌めく珠のネックレスとブレスレットを両手に着けており、美しい。
「あんたは一体…」
「む?なんじゃ、何も知らずに試練を受けたのか?」
女性が目を細めてこちらを見てくる。
その通りなのだが、どこか気まずくて肩をすくめるだけに留めると呆れたように首を振られた。
「やれやれ、このような無謀な者初めてじゃ。しかも予備知識無しで試練を乗り越えておる。まぁそれ程の魔力があれば不思議はないがの」
女性はこちらを観察するように見る。
その目は俺の中まで覗くかのようであり、サラが人の本質を見抜こうとする時の眼に似ていた。
やはり精霊の関係者と見るべきだろう。
「む?お主深淵へ到達していながら覗いてはいないのか?それになんじゃこれは…お主人ではないのか?」
深淵?深淵の森のことか?
いや、そういう話ではないだろう。
一体何の話だ?
それに人ではないのかって…
「人を辞めた覚えは無い。無いが、最近は自分でもおかしいとは思い始めている」
なにしろ種族が?になっているんだ。
最初は確かに人間となっていた筈。
確か火山島に行った時にこうなったのだったか。
エリュトロスにも竜の力が混じっているとか言われたしそういうことなんだろうか?
「ふむ…人と竜とこれは…ふふふ、面白い奴よの。では契約に入ろうではないか」
「だからその契約ってのはなんなんだ?」
女性は俺のことについてわかったような口ぶりだが、それを今聞くよりも契約のことが知りたい。
俺自身のことは今までもどうにかなったんだから知らなくてもどうにでもなるだろう。
だが、契約の内容次第ではもう一戦しないといけなくなる。
それが目の前の女性か、洞窟の地底湖で待つキャプテンかは知らないが。
「そうだった。そこからだったな。契約とは妾との契約を意味する。妾はオピス。水を司る精霊獣である」
精霊獣。
この世に六体だけ存在し、四大元素と光、闇を司る存在。
この祭壇はオピスと契約する為の祭壇であり、これと同じものが他に3つ。
ただし四大元素を司る精霊獣の祭壇は存在するが、光と闇の精霊獣は自らの力で探さなければならないそうだ。
ちなみに未だ契約した者はいないそうで、同じ精霊獣であるオピスにも所在不明。
無理ゲーだ。
彼女、オピスは水を司りその真の姿は最初に出現した時の姿である蛇だ。
契約を結べば水精霊を使役することが可能になり、水魔法の適正に補正がつく。
水の精霊を使役することも可能となり、更にはオピス本人を召喚することも可能である。
精霊獣はSランク以上の力を有しており、妾達に勝てる魔物は竜王達と神獣くらいであろうと豪語していた。
「契約してこちらに不利益はなさそうだ」
「当たり前だ。不利益があるとすればそれは試練を受けなければならないことだ。この試練は失敗が死を意味する。妾の試練は他の試練よりも簡単ではあるが、俯瞰で見ることができない者にとっては難題であろう」
確かに。
あのように微々たる動きであれば地上から見ただけだと気付くのに何時間かかるか。
それに全ての泡の円軌道の中心が重なる一点をピンポイントでなるとそれもなかなか難しい。
「妾の試練は妾が顕現しない為に途中で辞めること叶わぬ。解けなければ一生幻覚の中じゃ」
「それはそれは…」
幻覚に囚われたままということはどうなるのか。
体験した限りではあの場に生命維持の魔法などかかっていなかった。
ゆっくりと衰弱していくか、蛇に埋め尽くされ脳が自身の死を認識してしまうか…
「まぁそれはよい。契約の文言を」
「おっと」
祭壇を中心とした魔法陣が足元に現れ、俺の頭に契約の文言が浮かんだ。
俺は一度眼を伏せてから契約を唱える。
「我、シュウ・クロバ。汝との契約を望む者なり。我が知として在れ」
魔法陣が光り輝き俺とオピスの間に契約のラインが結ばれる。
「契約は成った。これより妾が汝の知となろう」
オピスの誓約によって契約は無事結ばれたのだった。




