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とある冒険者の漫遊記  作者: 安芸紅葉
第十章 海の底の楽園「竜宮城と人魚姫」編
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第207ページ 戦闘狂との模擬戦

「ようやくこの日が来たな!」

「ああ。悪かったな、ビクター」

「いいってことよ!だが、代わりに今日は付きあって貰うぜぇ」

「望むところだ」


トウナールの町より少し行った開けた場所で、二人の男が向き合っていた。

一人は手に黒く煌めく刀を持ち、一人はその肩に戦斧を担いでいる。

その二人から離れたところでフェルディナンとハリマール、オルフォーとクインテス辺境伯が見守る。

と、フェルディナンが一歩前に出て片手を挙げる。


「それではこれより、シュウとビクターによる模擬戦を開始する!勝利条件は相手が参ったと言うか意識を奪うこと!尚、相手に瀕死の重傷を負わせることは禁止する!それでは、始め!」


フェルディナンの手が振り下ろされると同時に両者共に地を蹴った。


速さはシュウの方が上であったが、ビクターは筋力により強引にその優劣を上回る。

結果として、両者が向き合っていた地点からほぼ中心において二人は激突した。

金属音が響き渡り、衝撃波が辺りに拡散する。


「ふん!小せぇ形してるくせに俺の突撃でふっ飛ばねぇとは大したもんだ!」

「ダンプカーにぶつかられたみたいだよ」

「ああん?なんだそりゃ?」

「こっちの話だ!」


シュウは斬鬼を滑らせ、鍔迫り合いの緊張状態を脱出。

返す刃でビクターの肩を狙う。

通常であるなら首を狙うところであるが、殺すわけにはいかないのだ。


ビクターは肩が狙われているとすぐに察し、その巨体に似合わぬフットワークで一歩だけ後退。

刃が自らの身体の前を通り過ぎた瞬間に腰の回転を用い思いっきり戦斧を振るう。

殺すわけにはいかない為、こちらもシュウの腕を狙って。


しかしその大ぶりな一撃をシュウが食らう筈もなく、戦斧は見事に空を切った。

ただし、ビクターの全力によって振るわれた戦斧が起こす風はシュウの軽い身体を飛ばすには十分であり、それを理解しているシュウは同時に地を蹴って自ら後ろへと飛ぶ。


《スキル「斧術」を習得しました》


「チッ、殺しは無しってのがきついな」

「違いない」


二人とも相手を殺したいと思っているわけではないが、瀕死にさせてはいけないというルールによってどうしても選択肢は狭まれる。

しかし、両者共気付いていない。

常人であるならば最初の激突で既に死んでいたという現実を。


「いやはや、見えませんな」

「ほっほっほ。同じ人族とは思えんのぉ」

「いやいや…ほんとに人族か?」

「すごいな…」


見学しているそれぞれが呟く。

それぞれが様々な種類の修羅場をくぐりぬけてきた経験があるが、これ程の戦いを見る機会というものはあまりない。

食い入るように見ているのだが、その戦いの詳細がわからないことを四人は残念に思っていた。


「お前、魔法は使わねぇのか?」

「そっちだってその斧、魔道具(マジックアイテム)じゃないのか?」

「気付いていたか…」

「少しだけ魔力を感じるからな。使って良いぞ?」

「なら、お前も魔法を使えよ?」

「そうして欲しいならそうしてやろう」


シュウが言うと周りに水球が浮かぶ。

それを見てビクターは舌打ちしたい気分にかられた。


シュウが現状戦闘において好んで使うのは火属性魔法である。

攻撃力という点において火属性魔法が最も扱い易いこともあるが、何よりも炎竜王の加護によって火属性魔法で使う魔力量が少なくて済み、尚且つ威力が上がっているという理由がある為だ。


しかし、今選択したのは火ではなく水。

相手を万が一にも殺める可能性がある火は使えない。


ただしビクターは感じ取っていた。

彼は魔法が得意ではないが、経験からその危険性を測ることはできた。


その戦闘経験に基づく勘が言う。

あの水球は油断できないと。


シュウも気付いていた。


(水も使い易くなってる?)


これは先の戦いにおいて「大海と天候の神の加護」が強まったからなのだが、彼は知らない。

まぁいいかで済ませてしまう辺りがシュウである。


「死ぬなよ」


一応とだけ告げ、周囲に浮かべていた水球の形を変化させる。

クラーケンが使っていた水の槍のように。

完全な槍の形をしているわけではないが、その威力は十分に伝わってくるものであった。


「ふんっ!」


それを見たビクターも己の戦斧の力を解放する。

ビクターの持つ戦斧。

正式名称「巨人の斧」。

巨人シリーズと呼ばれる物の一つであり、その能力は単純明快。

筋力強化である。


「来いよ」


獰猛な笑みを浮かべるビクターに対し、シュウも頬を釣り上げる。

その挑発を受けたわけではないが、幾本かの水の槍が勢いよく発射された。


「ふんぬぅ!」


発射された水の槍は、ビクターが強化した筋力によって振るう戦斧が悉く撃ち落とす。

だが同時に、シュウは地を蹴っていた。


「あれは、フィオナの!」


フェルディナンが驚愕の声を上げる。

水の槍を自らの周囲に浮かべ、それで攻撃すると同時に自らも相手に肉薄し手数で翻弄するその戦闘法は、確かにマジェスタ王国王女にして七聖剣第二位フィオナの戦闘法とそっくりであった。


そしてそれに気付いたのはビクターも同じであり、その戦い方は基本的に力と技でごり押しをするビクターと最も相性が悪いタイプであることも自覚していた。


「ぐっこのっ」


必死の形相で戦斧を振るうが、次第に押されていく。

更にフィオナと違うのが、浮かんでいるものが剣ではなく水である為にその形状が自在に変えられるという点。


槍から剣へ、剣から鞭へ、鞭から砲弾へと自在に移り変わるその水の攻めをビクターは防ぎきれず被弾していく。

そして、ビクターが膝を付いた瞬間。

全ての水が尖り、水でありながら人を貫けそうな形状へと変化、ビクターを取り囲む針山と化した。


「まだやるか?」

「…チッ!参った」


シュウが斬鬼を突き付けると、ビクターは悔しさで眉間に皺をよせながらも、荒々しく降参を告げた。

第十章スタートです。

今章のプロローグはもう少し先になります。

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