第206ページ エピローグ
「今度こそやったようだな、友よ」
「そうだな」
クラーケンの生命反応が消えたことを確認して、俺は横たわっている巨体に近付いた。
アステールが戻って来た為よくやったと撫でてやり、自分の銛を回収していると幽霊船もこちらへやってきていた。
「この死骸はどうする?」
「友に任せよう。我はいらぬ」
「そうか?なら遠慮なく」
クラーケンの死骸をディメンションキーに収納する。
後で浮かんでいる蛸足も忘れないようにしないとな。
「よし、それでは海上に出るとしよう。海の民に勝利を告げねばならぬ!」
「ああ」
結果としてキャプテンとは共闘という形を取ることができた。
自分一人でやるというタイプじゃなくてよかった。
下手したら本当に、海の守り神とか呼ばれている奴を斬らないといけないところだった。
問題なくクラーケンを倒すこともできたことだし一番いい終わり方なのではないだろうか。
「乗るがいい友よ」
「いいのか?」
「もちろんだとも、友を乗せぬ理由はない」
だから友になった覚えは…まぁいいか。
アステールと一緒に船へ乗せてもらう。
女神の加護の力なのか船は向きを変え上昇していく。
海面に近付くと日の光が差し込む美しい光景だ。
キャプテンも満足そうに頷いている。
あの曇天はクラーケンの影響だったのだろうか?
海上に浮上すると港から歓喜の声が聞こえてくる。
泣いている者もいるようだが、あれほど厚かった雲が散っている光景を見ればクラーケンが倒されたことはわかったようだ。
「足を回収してくる」
「ああ、わかった」
アステールに乗って甲板を飛び立つ。
八本の足は広範囲に浮かんでおり少しめんどうだと感じながらアステールに一本ずつ向かってもらう。
『海の秩序を乱しし怪物は!我と我が友が討ち果たした!其方らの平穏を邪魔する者はもういない!安心して海で生きるがいい!』
「「「「「ウォォォォォォォ!!!」」」」」
「キャプテン!」「キャプテン!」「キャプテン!」
後ろから聞こえてきた勝鬨と歓声、キャプテンコールに笑いながら振り向くと、雲間から差し込む陽の光を受けて輝いているように見える幽霊船がそこにあった。
ボロボロの幽霊船だろうと乗っているのがスケルトンばかりだろうと、それは紛れもない海の英雄の姿だった。
俺は無言でカメラを取り出しパシャリ。
「これが十分報酬だな」
そう思いながら足の回収は止めないのだった。
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「戻ったか友よ」
「ああ、キャプテン」
「ならば友よ。其方も町へ戻るといい」
「キャプテンは?」
「…我は陸に上がれぬ。そういう決まりだ」
「…」
海での生を保証する代わりに、陸に上がれば死が訪れるのだという。
それはやはり呪いと言うべきものではないのか。
神がそんなことをするのか…
「わかった。なら俺は町へ戻る」
「ああ。だが友よ、我はお主が気に入った。我等のとっておきの場所に案内しよう。月が満ちる時、其方を迎えに訪れる。その時にまた会おう」
月が満ちるというと満月ということか。
次の満月は確か五日後だったな。
それくらいなら漁業が復活したトウナールで魚介を食べながら過ごせるか。
「わかった」
「うむ。さらばだ、友よ。また会うその日まで!」
俺は軽く手を上げてそれに答える。
アステールが飛び上がる同時に幽霊船の周りを霧が覆い隠しそれが晴れた時、もう幽霊船は影も形もなかった。
俺達は大人しく港町トウナールへと帰還する。
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「シュウ!」
「うおっ」
港に到着しアステールから降りた俺にダンがヘッドロックをかけてくる。
そんな気はないんだろうがかなり痛かったからやめてくれ。
「はっは!まさか本当にやってくれるとは思わなかったぞ!」
「お前は英雄だ!」
「俺がいなくてもキャプテンがいれば大丈夫だっただろうよ」
おそらくキャプテンだけだったらクラーケンには勝てなかっただろうが、そんなことを言う必要はないだろう。
クラーケンと同様にキャプテンの幽霊船も規格外な存在だった。
クラーケンとは相性が悪かっただけだ。
「何言ってやがる!ありがとよ!」
「おう!ありがとう!」
「シュウ!」
「ぐふっ」
みぞおちに頭突きをくらい頭を下げると、カイリが抱きついて来ていた。
それを見てダンは腕を離してくれる。
俺はカイリを離しながら膝を折り目線を合わせてやる。
泣きはらして赤くなった目をしながらカイリが笑う。
「父ちゃんの仇を討ってくれてありがとう!」
俺は笑って頭を強めに撫でてやった。
「なんだよ!?」と言っているがやめてやらない。
あの笑顔は反則だろう。
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「シュウ君。今回は本当になんと言って良いかわからない。本当にありがとう。この町を代表して礼を言わせてもらう」
「儂からも礼を言う。まさか本当に倒してくれるとは思わなかったが…」
「礼は受け取りました。ですが仕事ですので。それより…なんであんたがここにいるんだ、爺さん?」
「騎士を率いてやってきたのじゃよ。無駄足だったようじゃがの」
ほっほっほと笑うのは前王フェルディナン。
その後ろに苦笑いしているシオンがいるので、おそらく強引に着いて行くと聞かなかったのだろう。
まったく、城にいればいいものを。
「シュウって言ったな!俺と勝負しねぇか?」
「後でな」
さっきから勝負しろとうるさいのは七聖剣の第五位ビクター。
爺さんを迎えに出ていて俺とは今まで会っていなかったのだが、会った途端に勝負しろとうるさい。
別に俺も模擬戦が嫌いなわけではないが今日はやめて欲しいものだ。
「それで報酬なのですが…」
「ああ、金でもいいんだが今回は物資で貰いたい」
「物資ですか?」
トウナールの冒険者ギルド長ハリマールが話を振ってくる。
会うのは二度目だが、俺が水中戦闘も可能かもしれないと進言したのが彼だという。
見た目気弱そうな男なのだがギルド長という役職についているだけはあるということかもしれない。
「そうだ。魚介が欲しい」
「魚介?」
「そんなものでいいのか?」
「領主がその町の名産をそんなものと呼ぶのはいかがかと思いますが」
俺がそう言うとクインテス辺境伯は慌てたように咳払いをした。
「この町に来てまだ干物しか食べれていないんですよ。新鮮な物が食べたいですし、できればうちまで定期的に届けて欲しい」
「なるほど…運送費など考えれば確かに報酬としてもいいのかもしれないが、それでも安いぞ?」
クラーケンはランクSオーバーの怪物。
白金貨、その討伐のし難さを考えると閃貨が動くかもしれないという。
だが俺はそんなに金を必要としていない。
家を建てて半分以上は消えたがまだ残っているし、クラーケンの素材を売れば十分な額は取れる。
「構いません。それでお願いします」
「そうか…本当にありがとう」
辺境伯は何か勘違いしたようで真摯に頭を下げてくる。
オルフォー組合長もだ。
俺の性格を知っている爺さんが楽しそうに笑っていやがる。
俺は数日この町で過ごすと伝え早々にこの場を辞した。
クラーケンの素材は魔石以外を冒険者ギルドに売ることを決め、面倒なので解体ごと任せることにする。
さて、これでようやく新鮮な魚介が食べれるな。
キャプテンを待ちながら海を満喫するとしよう。
これにて第九章閉幕です。
もしかしたら後で加筆するかもしれませんが、加筆分は特に読む必要がない文章となるのでお気になさらず。
いかがだったでしょうか?
この後は閑話を挟んで第十章となります。
こんなに長くつづくとは思っておりませんでした。
呼んでくださっている皆様に改めて感謝を。




