第203ページ 親
「あーカイリちゃんかぁ。あの子もかわいそうな子だよ…」
翌日、「シュピーツ武具点」を訪ねた俺は昨日あったことをシュピーツに説明し話を聞く。
どうやらカイリという少女についてはこの町のほとんどの者が知っていることのようだ。
カイリの母親は彼女が生まれてすぐ病気で死んだ。
顔すら覚えてはいないだろうとのことだ。
その後は漁師だったカイリの父親が男手一つで育ててきた。
カイリはそんな父の背中を見て育ち、これでもかという程懐いていた。
「将来は父ちゃんと一緒に船に乗る」と公言してやまなかったそうだ。
しかし、怪物が現れた。
突如現れた怪物は海に出ていた船の何隻かを海に引きずりこんだ。
ダンの乗っていた船はまだ港を出発してすぐであり、助けに行きたいと思いながらも若い衆をまとめる役についているらしい彼はとりあえず全員退避を選択せざるを得なかった。
その日、犠牲になった中にカイリの父親もいた。
カイリはダンを責めた。
何故、助けに行ってくれなかったのかと。
泣きながら詰った。
その後の調査で怪物の正体がクラーケンだったと判明。
領主から英断であったとダンは褒められた。
それを聞いてカイリは叫んだ。
「父ちゃんを見捨てたのが英断なのか!」
大人達は全員沈痛な顔を浮かべていた。
英断と言われたダン本人も。
英断と言ったクインテス辺境伯も。
カイリは両親の親友であったダンのところで面倒を見られることになった。
初めは嫌がったカイリであったが、元々家族ぐるみの付き合いをしていた間柄であり最近では態度が収まって来た。
ただし、カイリは最近全ての怒りをクラーケンへと向けた。
そして少女は、自身の手で仇を討つことを決めた。
そういうことだろう。
「ダンも…カイリのことは気にかけてる。それに、あの日カイリの父親を見殺しにしたんだと自分を責めている」
それでダンも自分で討伐に行くとか言っているんだから似ているんだろう。
だが実際問題、それを止める役割のオルフォー組長は大変だろうなと思う。
「ところで、これが頼まれてたものだよ」
「ああ、ありがとう」
シュピーツが取り出したのは俺の身の丈よりも長い物。
くるまれていた布を外し、性能を確認し満足して頷く。
「さすがだな」
「楽しかったよ」
ふふふと本当に楽しそうに笑っている。
これで武器の目途は立った。あとは…
「キャプテンが来てくれたぞぉぉ!!」
外から聞こえてきた声に、俺はシュピーツへの挨拶もそこそこに外へと飛び出す。
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普段はしないのだが、緊急事態だからと言い訳し、外で待っていたアステールに飛び乗った俺はそのまま飛翔して貰って海を目指す。
すぐにいつもより荒れた様子の海が視界に入り、海面から立ち上る三本の水の竜巻とこの世界に来て初めて見る木造大型船が見える。
大型船の方はいかにも幽霊船という出で立ちであり、マストは破れあちこちガタが来ているのがわかるがその姿は堂々としたものだった。
その幽霊船の近くには霧が立ち込めておりそれがますますホラー感を強めている。
「クルッ!」
「ん?どうしたアステール…おいおいおい」
アステールが少し慌てた様子で示す方を見ると、場違いな一隻の小さな船。
それに乗っているのが誰か、目の良い二人には見えていた。
港の方を見ると何人かの大人もそれに気付いており、ダンが慌てた様子で海に向かおうとするのを羽交い絞めにして止めている。
「…行ってくれアステール」
「グル」
戦闘態勢に入り、少し声が低くなったアステールが空を駆け、猛スピードで小さな船へと向かう。
乗っている者は自分に近付いてくる存在に気付いてギョッとしているがそんなこと気にしていられない。
「何をやっている!?」
「なっ、なんだよ!?関係ねぇだろ!?」
船へと近付き、空の上から怒鳴ると、自分がいけないことをしているという自覚があるのか少しひるんだ声が返ってくる。
その返答を聞いて、俺は説得を諦めた。
「うわっ!?」
アステールから船へと飛び降りて、一瞬で小さな漁師を抱えアステールへと戻る。
アステールは俺の考えを汲んでくれたようで港の方へと戻る。
「は、離せよ!」
我に返って言ってくるがそれを無視。
ダンの所へと直行するとこちらを唖然と見ていたダンにそれを投げる。
「うわっ!?」
「おいっ!?」
「しっかり見張っていろ」
慌ててキャッチしたダンに冷ややかに言い放つ。
ダンがごくりと息をのんだのがわかる。
「お、俺は!」
「できもしないことをしようとするんじゃない」
「っ!?」
俺の言葉に、カイリは黙る。
それができないことは自分が一番わかっているようだ。
「お前の親父の仇は俺達に任せろ。お前は…生きろ。親の分まで」
「…」
「もし生きていたら、悲しむような行動をするんじゃない」
これでは俺が死にに行くようだと思いながら、俺達は踵を返し戦場へと向かう。
後ろではカイリが泣き崩れ、ダンに泣きながら謝っている。
ダンはそんなカイリをしっかりと抱きしめながら、俺達を心配そうに見ているようだ。
「前を向いたまま後ろが見えるとか…化物じみてきたな」
「クル…」
「心配するな。大丈夫だ」
少し昔を思い出して寂しくなったのがわかったのか、アステールが心配するようにこちらを見てきた。
親がいないということで、カイリに自分を重ねてしまったのかもしれない。
俺が父さんと母さん、それに兄貴を亡くしたのは最近だが、カイリはあの歳でもう親がいなくなってしまったのだ。
「絶対に許さん」
戦場の一方。
クラーケンがいるであろう方を睨みながら、俺は魔力を放出した。




