2016年元旦記念SS
本編とは関係ないので読み飛ばしていただいても構いません!
これはシュウが異世界アルファルリアに来て初めての年越しのお話。
王都に行く前、まだシュウがアキホでのんびりと休暇を過ごしている時の話である。
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「シュウさん!あんた今晩はどう過ごすんだい?!」
「ん?どうって?」
いつもように風呂に入り、いつものように宿を出ようとしていたシュウに、珍しく女将が全く脈絡のない質問をする。
それを疑問に思いながらも、シュウは特に予定はないとそのままを伝える。
「なんだい!年越しだってのにうちの英雄様は予定なしかい!じゃあ決まりだ!私らのカウントダウンパーティーにでなよ!」
「へー今日大みそかだったのか。わかった。今日は夕方までに宿に戻っておくことにするよ」
「あいよ!私が腕によりをかけてご飯作るからね!」
「そりゃ楽しみだ」
恰幅のいい胸をドンと張り、任せろと言う女将に笑いを返す。
女将の腕は確かに良く、この宿「友の湯」は従魔と一緒に温泉に入れるだけでなくその飯の美味さでも定評があった。
嬉しい誤算だ。
アステールも毎日出される従魔用料理に舌鼓を打っているようだし。
町に繰り出した俺は、町の雰囲気がいつもより浮ついているのを感じる。
ここ最近はずっとこんな感じではあったが、理由がわかるとなおさらだ。
アキホの町の復旧は順調になされており、ほとんどの店が既に営業を再開している。
明日から新年ということもあり、屋台通りの店員達も活気づいているようだ。
何より割引の字が躍っているのがシュウにとって何より嬉しかった。
隣りで期待に目を輝かせているアステールにとっても。
冷やかしでなく、屋台通りの食べ物屋は全て覗く。
買いたい物は買い、なんともぜいたくな金の使い方をしていると、その内の一件にこちらでは初めて見る物があった。
「ほー餅か!」
「あんちゃん知ってるのかい?そうさ!この餅は初代国王様が伝えてくれたっていう由緒正しい餅さ!年の瀬にはこれを食べるのさ!」
そこまで言われると買ってみたくなるものだ。
シュウはその場の餅を何十人分か買い気が付けば暮れている夕日を見ながら宿へと戻った。
「毎度あり!」
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宿はいつもより尚一層盛り上がっており、一階にある食堂部分は料理が乗っているテーブル以外は椅子もどかし、立食パーティーという感じにも関わらず超満員であった。
「すごいな。毎年こうなのか?」
「そんなわけないじゃないのさ!今年はあんたがここにいるからだよ!」
食堂に入り、驚いて呟いた一言を聞きとった近くの客が答える。
それで客たちは、シュウが来たことを知り、たちまち騒ぎが大きくなった。
「おー!英雄のご登場だ!」
「守護神様!」
「よっ待ってました!」
既にお酒が入っているのか、赤みがかった顔をほころばせて客達がシュウを歓迎する。
一番前にいた女将が、おいでおいでというようにジェスチャーするのを見てシュウはやれやれと首を振りながらも前に出る。
「あんたのおかげで店は大繁盛さ!」
「さすが女将、商売魂たくましいな。この俺を出汁に使うとは」
「何言ってんだい!別に宣伝なんざしちゃいないよ!あんたがここに泊まっているのは周知の事実だからね!勝手に集まったのさ!」
その言葉に、シュウは集まっている客達を見回す。
どこかで見たことある顔もない顔もいるが、全員が自分に対して敬意や感謝を抱いていることがわかる。
どの顔もとてもいい笑顔だ。
少し照れくさくなったところで、女将がシュウに何か一言と告げる。
シュウは一度溜息をついたあと、握らされていたジョッキを掲げる。
「あー、なんだ。今年は色々あったが、アキホの皆は問題なく来年を迎えれそうで何よりだ。残り少ないが今日を楽しもう。乾杯!」
「「「「「「乾杯!!!!」」」」」
陽気な声が響き、パーティーは始まった。
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場所は変わり、マジェスタ王国王都サンデルス。
王城では毎年恒例のカウントダウンパーティーが行われていた。
もちろん、王侯貴族も参加しており、騎士団も交代で参加できるようにとシフトが組まれている。
「今年は色々ありましたね、殿下」
「そうですね。貴方はまた色々してくれたようでした」
その一角で、ベンとフィオナが談笑している。
その後ろには当然トマスとゲラルトの姿が。
と、そこに前王フェルディナンがやってくる。
「楽しんでいるかね、若者よ!」
「ええ」
「もちろんです、おじい様」
朗らかに笑う愛孫娘に祖父の顔も緩む。
と、何かに気付いたようにシュウがトマスの方を見ると、トマスはある物を取りだした。
「そういえば先程シュウからこれが送られてきました」
トマスが差し出したのは、シュウが買った餅の一部である。
自分も一緒に跳ぶのはめんど、魔力が大量に必要で嫌だった為、シュウは餅だけを空間魔法でベンの所に送ったのだ。
向こうの世界では普通な、年賀状代わりの手紙を添えて。
そしてそれには、フェルディナンに宛てた物も一緒だった。
フェルディナンはそれを受け取り、手紙をざっと読んでから嬉しそうにする。
「どなたです?シュウ様という方は」
「ほっほ、儂から説明しよう」
フェルディナンは楽しくてしょうがないと言った具合にフィオナに語る。
自分が会ったシュウという男のことを。
少し盛られているのがまるわかりなその内容を聞いて、ベンはただただ苦笑を浮かべる。
その内満足して語り終えたフェルディナンは、ベンからもシュウの話を聞いているフィオナを横目で見ながらシュウからの手紙を再度開く。
『今年は世話になった。来年も変わらず元気でいてくれ』
それだけのメッセージ。
たったそれだけのメッセージであるが、フェルディナンの胸には刺さった。
まさか気付かれていたのだろうか。
彼なら有り得る。
そう思うと、隠そうとしていた自分に思わず苦笑する。
「元気でいるとも…まだ、な」
思わず呟いた言葉に、フィオナとベンが振り向く。
常人以上の聴覚を持つ二人でも、人が大勢集まる中では呟きがよく聞こえなかったようだ。
なんでもないと首を振り、アキホのある方角に目を向ける。
「其方こそ無茶をするでないぞ。若き友よ」
フェルディナンは真剣な顔で呟く。
聞こえないとわかっていながら、言わなくてはおれなかったように。
この時シュウがくしゃみをしたかどうかは、神のみぞ知る。




