第198ページ 港町トウナール
翌日早朝。
俺はウィリアムとラッセン辺境伯達に見送られながらアステールと共に港町トウナールへ向け出発した。
トウナールの場所は把握していなかったが、ガイアから南東に向かって行けば着くようだった。
通常馬車で一月と少しだそうだが、アステールに乗り街道を無視することで大幅に時間を削減する。
盗賊に襲われていた寄り合い馬車を助けたり、街道で野営してると森から魔物の群れが襲いかかって来たので全滅させたり、行商の振りをしていた王国の騎士団とその真ん中にいた見覚えのある老人を素通りしたりしている内にトウナールへとたどり着いた。
「潮の匂いがするな」
「クル?」
「そうか、アステールは初めての海か」
「クル!」
目の前に広がるのは広大な海。
近くに島もなく水平線が遠くに見える。
やはりこの世界も丸いのか。
惜しむらくは天気か。
ぶ厚い雲が空を覆い、夏にも関わらず少し肌寒い気温となっている。
恒温体を発動すれば温度の影響など受けないが。
「さて、まずはクインテス辺境伯のところだな」
アステールと共に町へと入る。
もう慣れた作業ではあるが、どうも門衛にも元気がない。
やはりメイン産業である漁業が行えないということで町民にも活気がないようだ。
クインテス辺境伯の屋敷は、町の中心にあるらしい。
ガイアのラッセン城と比べたらそれ程の大きさはないようだ。
人通りもあまりなく、屋敷には簡単に辿り着くことができた。
既に話も通っていたようで、警備の兵に名乗れば少しだけ待たされた後すぐに中へと案内される。
「よく来てくれた、シュウ君。改めて挨拶しておこう、ユース・フォン・クインテスだ。こっちは息子のユスト」
「ユスト・フォン・クインテスです。
「シュウ・クロバです。早速ですが依頼の話をしましょうか」
ここに来るまでに町の様子を見ていたんだが、あまりにも活気がない。
開いている店も少なくそんな店には漁師らしき人物達が項垂れながら酒を呷っていた。
とても魚介料理を出している様子はなかったな。
「それなんだが、実は困ったことになっていてな」
「困ったこと?」
手紙に書かれていた漁師たちのことだろうか?
待ちきれなくてクラーケンに挑んだとか?
「キャプテンが出てしまったのだ」
「キャプテン?」
誰の話だ?
「そう。キャプテン・ショーンだ」
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ゆらりゆらゆらゆらゆらり
揺れる黒旗靡かせて、今日も船は海を往く
船は陽気に突き進む
ここはキャプテンの縄張りだ
心優しきキャプテン・ショーン
縄張りの全てはキャプテンの物
海も町も、魚も人も、宝も全て何もかも
キャプテンの物を荒らす奴は痛い目みるぞ
侵入者には容赦しねぇ
心優しきキャプテン・ショーン
海の平和を守る為、今日も仲間と海を往く
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「…」
クインテス辺境伯がいきなり歌いだしてどうしたのかと思ったがどうやらこの地方に伝わる歌らしい。
過去に実在した海賊について歌っているようだ。
だが故人の歌であるのならキャプテン・ショーンが出たとはどういうことだ?
「キャプテンは生きている。いや、生きてはいないな」
「キャプテンはその船と船員ごと、生きる死人となったのです」
「はい?」
キャプテン・ショーンの死んだ時の話は伝えられていない。
しかし、その死を悼んだ海の女神によって生き返り、アンデッドとなって今もなお海を守っているのだそうだ。
「…」
「気持ちはわかる。海の女神が生き返らせたのかどうかは定かではないが、アンデッドとなってまだ海にいることは事実なのだ」
「これまでも偶に目撃されていましたが、彼らは基本的に悪さをしません。陸に上陸してくることもないので放置していました」
「だが、クラーケンが沖合に居座っている今、たまたま彼らがやってきてな。接触してしまった」
クラーケンはいつも襲っていたような漁船と同じ感覚だったのだろう。
だが襲った船はアンデッド達が乗る幽霊船。
「それでどうなったんですか?」
「我々はキャプテンを舐めていたのだ。いくらアンデッドになっていようと船の上でしか戦えぬ身でクラーケンを倒すことなどできないだろう、と」
「我々はキャプテンに警告しようとしました。しかし…」
『クラーケンなど恐るるに足らず!我はキャプテン!キャプテン・ショーンなるぞ!』
「その宣言がまるで開幕の合図であったかのように海からクラーケンの触手が現れました」
『出たな、我が海を荒らす愚か者よ!我が怒りを食らうといいわ!』
キャプテンの叫びと共に、船の両舷、甲板に設置された号砲が唸った。
下手な鉄砲というわけではなく、まるで吸い込まれるように全ての砲弾が触手に命中し、海中より初めて聞く悲鳴が聞こえてきた。
「これはもしかしてと思ったのだが…」
本気になったクラーケンは水を操り海流を操った。
突如として出現した渦潮に、流石のキャプテンも為す術がなかった。
「それでもキャプテンはただで終わりませんでした。彼の操船技術は人知を超えています」
風を感じ、潮を見て、キャプテンは渦潮を乗りこなした。
「そこからはどちらかの集中が切れるのを待つ耐久戦となりました。その内に雨が降り注ぎ、風は荒れ、にも関わらず霧がキャプテンの船が覆い、それが晴れた時、キャプテンの船も渦潮もそこにありませんでした」
「だが、その時にキャプテンの声を聞いた者がいる」
『強敵よ!我は必ず其方を討ち果し、この海を我が手に取り戻す!我以外の手出し認めぬ!我以外に倒されるようなことあれば、我はその者を新たな強敵と認めよう!』
…つまり俺がクラーケンを倒してしまった場合、今度は俺にキャプテンが挑んでくるってことか?
なんともめんどうな…
厄介なことになったと、その部屋にいた全員が頭を抱えた。




