第194ページ 辺境伯と相談
先触れを出したこともあり、辺境伯城へと着いた俺たちは待つことなく中へと入れられた。
逆に先触れを出していたことを驚かれていたが。
いつもの応接間に通されると、ラッセン辺境伯、マインス、ギルバートが既に待っていた。
「つい先日帰還報告と共に従者ができたと驚かされたと思えば今度は何だ?」
嫌そうに言いながらも辺境伯の顔には面白そうだと書かれている。
後ろに立っている二人も口が緩んでいることから楽しんでいることがわかる。
ちなみS級に昇格したことはまったく驚かれなかった。
誰にもだ。
冒険者ギルドのグラハムとテメロアにも報告ついでに文句を言ったが笑って流されて終わりだった。
俺は今日の出来事を説明していき、ガイアの中心近くに自分の家を建てたいことを話す。
途中までは面白そうに頷いていた辺境伯は俺の家が塔のように上に高くなるという話で難しい顔になり、最終的に困ったような顔になった。
「話はわかったが…」
ラッセン辺境伯がチラリとマインスの方を見る。
マインスは何やら一瞬考える素振りをした後、黙って首を振った。
そうだよな、と言う風に辺境伯が鷹揚に頷き、こちらへと視線を戻す。
「結論から言おう。それは無理だ」
「…理由を聞いてもいいか?」
辺境伯たちの様子からなんとなく予測はついていた答えだが、だからといってはいそうですかと引き下がることはできない。
俺の家の話なんだ。
「ああ、もちろんだ」
ラッセン辺境伯がもう一度マインスに目をやるとマインスが一歩進み出る。
どうやらマインスが説明してくれるようだ。
マインスの説明は簡潔でわかりやすかった。
簡単に言うと、俺が望んでいる土地を含む南区の土地は、近々区画整理をするんだそうだ。
先立っての魔族襲撃は軽微な被害で済んだが、今のまま乱雑に建てられている状況ではもしもの時に緊急時の避難もままならない。
その為、一度壊して整理し建てなおすのだと。
そんなことができるのかと思ったが、その為に近々高名な魔法建築士を招くらしく、そいつの手にかかれば南区程度だと一週間もあれば終わるそうだ。
一気に全部を壊すわけではないのでその間何も生み出せないということにもならないそうだ。
つまり俺の家を建てられない理由は簡単だ。
今建てても近いうちに壊すことになるから。
「区画整理が終わった後ならば建ててくれて構わない。その時にはおそらくそれなりの広さの空き地を確保できるだろうから塔のようにする必要もないだろう」
そうラッセン辺境伯が締めくくる。
そう言われると俺から言えることは特にない。
ないが、当分このまま宿暮らしというのもなぁ。
別に「雄牛の角亭」に不満があるわけではないが、自分の家を建てる気満々だったのに出鼻をくじかれた気分だ。
「だが驚いたな」
「何がです?」
「シュウがこの街にそれほど愛着を持ってくれているとは思っていなかった。初めて会った時のお前は、この街はおろか俺達のことも通過点にしか思っていないようだった。それが従者を連れ、この地に家を持ちたいなどと思ってくれるようになるとはな」
確かに。
あの頃の俺は他者に対し思い入れがなかった。
それが変わったのは、この世界では俺もそれほど特別な存在でなくなったからか。
周りが俺を忌避し、俺も周りと距離を置く必要がなかったから。
素直に慕ってくれるララや、俺と色んな意味で対等に接することができるベンやフィオナ王女の存在。
傍にいてくれるアステールや、俺を怖がらず普通に話してくれる人々の存在が、俺の感情を変化させたのだろう。
「それ故に惜しいな…どうにか今の内に家を建てさせてやりたい気もあるのだが…」
ラッセン辺境伯はそう言うと、何か考え込むように顎に手を当てた。
俺も色々考えてみるが、やはり家を建てるまでこのまま宿暮らしをするしかないように思う。
「…一つ、提案がある」
数分して、辺境伯は真剣な顔でそう切り出す。
俺も思わず背筋を伸ばし、向き合った。
「南門から出た先、ネレル森林の更に先の土地をシュウに与えてもいい」
「ん?どういうことだ?別に俺はそんな土地いらないぞ?」
家を建てるなら勿論街の中の方が便がいい。街の中でもない場所の土地を貰ったところでどうしようもない気がする。
更にここは辺境だ。
外壁の外に家を建ててももし魔物の襲撃があれば一番に崩されそうである。
「ネレル森林の先は深淵の森まで何もない土地だと知っているだろう?」
「知っているが…それが何だ?」
「王国としては何れの日か深淵の森を攻略し、あそこで採ることのできる様々な資源を流通に置きたい」
深淵の森には魔物由来の素材だけでなく希少な鉱石や植物、その他にもあらゆる資源が眠っているらしい。
偶に命知らずな冒険者が採ってくるのであるが、それ程大量に採ってこれるわけでもなく危険度の割に利益が合わないと最近では深淵の森に踏み入る冒険者もいない。
「しかし、深淵の森に例の場所があるとなると我々人が手を出していい場所ではなかろう。そのことについて既に王の許可は取ってある」
例の場所というのは地竜王が守っている異界との境界のことだろう。
深淵の森の中にそのような場所があるのなら、人員を多数派遣して深淵の森の魔物を狩り尽くすなんてことはしない方が良い。
もしそんなことをすれば、王国は深淵の森深部に潜むというランクSオーバーの魔物に加え、SSSランク冒険者をも同時に相手しなければいけなくなる。
どう考えても不可能だ。
それ故、王国では深淵の森攻略は諦めることで意見が一致した。
「それで?」
「だが王国としては深淵の森の資源は諦め切れぬ物であり、詳しいことを報告していない貴族から何故という意見が出ている」
確かにこれまで開拓しようとしていた土地を急にしないとなれば、理由を知らない者からすると何故ということになるだろう。
「そこでだ。シュウに土地を与え開拓は彼のペースで任せることになったと言えばどうか?」
そうすると胸の内で何を考えていようと表だって何かを言うことはできなくなるだろう。
俺は王家のお気に入りの冒険者であり、王国を救った英雄としての名声がある。
ただ問題は。
「そんな土地はいらない」
「ハァ…お前はそう言うと思っていたよ…」
深淵の森開拓についての意見が出なくなったとしても、俺に対する批判的意見は多くなるのが目に見えている。
いくら王族や辺境伯が庇ってくれるとしても面倒事はご免だ。
「だがそれが許されるならネレル森林に家を建ててもいいか?」
あそこは普段魔物がいない森だ。
危険は少ないだろう。
森の中の家というのもなかなかいいのではなかろうか。
あの森はそこまで広いわけではないが。
「ふむ…ならばこういうのはどうだ?」
ネレル森林はあまり広くないし、魔物もいない。
にもかからわず薬草は生えていたりと新人冒険者が小遣い稼ぎに行くことがよくある。
俺はネレル森林に家を建て、魔物が来たりしていないかを偶にチェックし報告する。
「まぁ偶にでいいならいいぞ」
「…そうだな。ネレル森林に建てるシュウの家だが、やはり塔のような形にしないか?それならば森林を広く削る必要もなく生態系も保たれよう。更にこちらは交換条件になるが、南区の整理の際に力を貸してくれれば門を通らずお前の家となる塔から直接街の中へ飛んでくることを許そう。この城にもだ」
アステールに乗ってか、自前でかは問わないそうだ。
それはなかなか便利だな。
着地してもいい個所は指定されるそうだが、俺はその条件を呑み、黙って成り行きを見ていたティファナに塔建築用の資材発注をお願いした。




